建築家・安藤忠雄が語っていた「東大の勇気」

 そんなこんなで万太郎のことを考えているうち、「万太郎は明治の安藤忠雄さんなんだなー」と思った1997年、高校卒業という学歴の安藤さんが東大教授になった。建築家として世界的な名声を得ていた安藤さんと万太郎はまったく違う。それでもあのとき、安藤教授が大変な話題になったことを思い出した。平成の安藤さんでさえそうなのだ。明治で無名で小学校中退。万太郎の大変さはさぞやと思う。

 安藤さんの東大入学式での祝辞(2008年)を、東大ホームページで読んだ。「独創力」と何度も言っていた。己の力だけで生きてきた人の自負だろう。教授就任については、周囲はみな反対だったと振り返っていた。意外だった。それでも自分は優秀な人と学びたかった、高卒の人を教授に招く東大の勇気はすごいと思う、感謝する。安藤さんはそう言い、こうまとめた。「私にできることがあるとすれば、東大が私に託した、その勇気というものの大切さを、私なりの形で、あなたたち学生に伝えることだと思って今こうして話をさせていただいています」

建築家の安藤忠雄さん 撮影/JMPA

 勇気という言葉が迫ってきて、34話に重なった。万太郎が東大への出入りを許可されたと知り、同じ長屋に住む落第した東大生・堀井(山脇辰哉)が身悶(みもだ)えしていた。“神童”だったこと、文学への熱い思いなどを一気に語り、万太郎に「おまえがいてよかったと思わせろ、頑張れ、頑張りやがれ」と言っていた。

 存在そのものが、人を刺激する。勇気を与える。安藤さんに通じる、万太郎の道の始まりを告げていた。万太郎、頑張れ、お金の使いすぎだけは注意して、進め、ゴーゴー。


《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。