朝ドラの歴代キスシーンと比べてみると

 するといきなり、カメラが遠くなった。しかも二人が完全にぼやけている。手前の狛犬(こまいぬ)にピントが合っていて、ここは幼いころの万太郎が天狗ならぬ坂本龍馬(ディーン・フジオカ)と会った神社なのだとわかったけれど、ちっともうれしくない。狛犬よりキスでは? それとも朝ドラってキス禁止?

 一瞬そう思ったが、そんなことはない。例えば『あさが来た』(2015年度後期)。ヒロイン・あさ(波瑠)は夫・新次郎(玉木宏)の突然のキスに、ずっと目を開いたまま。新次郎が離れると、「今の、何だす?」と聞いていた。

『あさが来た』試写会に出席した玉木宏と波瑠 撮影/渡邊智裕

  『スカーレット』(2019年度後期)はヒロイン・喜美子(戸田恵梨香)の夫・八郎(松下洸平)が人気になり、「八郎沼」という言葉も流行(はや)った。まじめそうに「僕も男やで」と言ってからのキスは、「沼落ち」組にはたまらなかったに違いない。ことほどさように朝ドラにもよくあることなのに、なぜ竹雄&綾のキスだけ遠くぼやけていたのだろう。

『スカーレット』八郎役の松下洸平と、喜美子役の戸田恵梨香

  「未来への不穏さ」があるから。そんな気がしてならない。『あさが来た』『スカーレット』はこれから夫婦として歩んでいく、幸せの予感に満ちたキスだった。だけど峰屋には不幸せの影があり、二人のキスを能天気に映すことができない。結果、遠くてぼやけたキス。そんな深読みをしたのだ。

 でも。峰屋には不幸が待っていたとしても、二人の関係はすごく幸せだと思う。茨(いばら)の道をともにしたい相手こそ人生の伴侶だし、竹雄と綾ならなんとか峰屋を立て直せるかもしれない。これからの万太郎&寿恵子より、竹雄&綾が気になる──。

 と思っていた6月30日、とんでもないニュースを目にした。志尊さんがツイッターを更新し、「来週からは一視聴者として楽しみます」と投稿したという。えー、竹雄、もう出ないの? 綾も? 峰屋の行く末もスルー? などなど、心が乱れての『らんまん』折り返し。竹雄&綾が消えるって、ありえない。と思う。
 


《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。