『らんまん』第15週、万太郎(神木隆之介)は植物図鑑(『日本植物志図譜』)を完成させた。寿恵子(浜辺美波)が石板印刷機を買うと決め、長屋に置いて印刷したのだ。資金源は峰屋。綾(佐久間由衣)が持たせてくれた1000円をそっくり使った。明治時代の1円がいくらに相当するかを調べると、尺度によっては2万円にあたるという。2000万円をポンと出す。寿恵子はなかなかな度胸の持ち主だ。
見せ場の多い週だった。植物学教室の講師・大窪(今野浩喜)が波多野(前原滉)と藤丸(前原瑞樹)とともに万太郎を十徳長屋に訪ね、自分語りをするところもそのひとつ。万太郎の反応が珍しく「植物が好き、以上終わり」だけでなく、大人としての万太郎像を打ち出していこうとしているのだと思ったりもする。
大窪の訪問の目的は、教授の田邊(要潤)が独占しようとしていた万太郎の標本を見ることだった。新種だと考えているという万太郎の言葉に、大窪は頭を畳にこすりつけるようにして「俺を研究に参加させてくれ」と頼む。「みんなでやればいい」と気楽に反応する万太郎に、同行した波多野と藤丸がここは考えどころだと指摘する。新種だった場合は大学の功績になる、共同研究の申し出は田邊の差金ではないか、と。大窪はそれを否定し、こう言った。「今、初めて俺は、植物学を学びたいと思った」。
ここは自分の家だから、ここでの話は誰にも言わない。何でも言ってくれたら、その後で決める。そう万太郎が言う。このあたりから、これまでの万太郎とちょっと違う。その言葉に誘われて、大窪が語り始めた。
恵まれた万太郎と大窪の悩みには「泣けない」?
父は旗本の出で、東京府知事から元老院の議官になった。三男の自分は留学をしても就職先が見つからず、勝海舟の紹介で植物学教室のご用掛に採用された。必死に学んだが、植物学教室に来たことをずっと恥じていた。それなのに万太郎は、ただ草花が好きだと笑っていた。このままでは誰も万太郎に勝てない。そうみんな気づいている。だから自分も植物を好きになりたい。万太郎の横で、植物に抱く心を知りたい。
「それは違いますき」。それが万太郎の反応だった。植物学雑誌の創刊号に載った大窪の「まめづたらん」の論文、好きでないならどうしてあんなに素敵な原稿が書けるのか。そう語る。まめづたらんは生きる場所を探して、岩の上に着生する。そこに引かれたのだろうと大窪の心を読み、「どうしてここへ来たかより、それでもみんなぁ、今ここにおって、今日も植物学を生きゆう。それだけでええがじゃと思います」、そう言うのだ。
過去よりも未来。それが万太郎の哲学だとわかった。自己肯定感にあふれる人だから、他人にも寛大になれる。そう分析し、泣いてもいいシーンだろうな、と思う。が、涙は出てこない。エリートの話だからだと思う。万太郎も大窪も、結局は恵まれた人たちだ。2人の会話から“いい話”が出てきても、「ふーん」としか思えない。
どうしても、『あまちゃん』と比べてしまう。NHK BSプレミアムで『らんまん』の前に再放送されている。毎日のように、泣きそうになる。例えば第15週では、オタク男子2人にもっていかれた。中学生か高校生くらいの大きめ男子と、小さめ男子で、ヒロインのアキ(のん)が所属するアイドルグループの握手会に来る。大きめ男子がアキにこう言う。「あの、こいつ、小野寺ちゃん推しだったんですけど」。小さめ男子が続ける。「こいつも小野寺ちゃん推しなんで、話し合いの結果、今日から俺、アキちゃん推しでいくことにしました」。アキは「そうか、ありがとー」と言っていた。
クラスの一軍には決して入れない男子2人が、話し合って「推し」を分けることにした。アキはそのおこぼれに預かった。笑う場面なのに泣けた。オタク男子同士の友情と知恵、素直なアキ。それを感じて、グッとくるのだ。石板印刷機を即金で買ったり、勝海舟に推薦してもらったり、そういう人はどうぞご自由に。そんなふうに思ってしまう。
最近、ハマり役が多い成海璃子に期待したい!
と、どうも『らんまん』に素直になれなく、申し訳ない気持ちだ。だから最後に、15週の見せ場をもうひとつ紹介する。十徳長屋のえい(成海璃子)と隼人(大東駿介)夫婦が、100円を返しに来た。もともとは隼人が万太郎のスーツケースを盗み、中に入っていた植物標本を万太郎が100円で買い取ったのだ。「おまえもおまえの戦いをしているんだろう」。そう言う元彰義隊もカッコいいが、返すきっかけを作ったのがえいだと思われる描写がうれしかった。えいと質屋で会った寿恵子が、100円に困っている事情を語る。その場面の後に、えいと隼人が100円をきれいに包んで、持ってきたのだ。
『らんまん』が朝ドラ初出演だという成海さんは、今どきの女性を演じさせるととても上手だ。できる女性ではなく、ちょっとダメな女性が似合う。諦めもある。だけど意地もある。そんな女性を演じさせると、ピカイチだと思う。2年前、深夜ドラマ『スナック キズツキ』(テレビ東京系)でファンになり、最近でも同じくテレ東の深夜ドラマ『かしましめし』でいい味を出していた。
『らんまん』も期待して見ていたが、これまでは「惚れた夫と子どもを守る主婦」の感じだった。もっと成海さんらしさを。と願っていたら、15週のえいは、隼人を上手に正しく導いている感じが出ていた。いいぞ、えい。泣けない『らんまん』だから、えいに泣かせてもらいたい。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。