一生に一度の「本当の意味が宿る言葉」
『らんまん』マイ・ベストシーンも、綾の思わぬ失敗(=火落ちからの廃業)にかかわる場面だ。いつも綾たち本家に反発していた分家の後継ぎ・伸治(坂口涼太郎)が、竹雄が願い出た借金への援助を断る。そこから後だ。竹雄が「伸治さん、お達者で」と言うと、伸治がくるりと向きを変え、「(達者でいるのは)おまえらがじゃろうが、アホ、竹雄のくせに」と答える。そして綾と竹雄の肩を抱き、立ち上がってからの「達者での」という台詞。思い返しても泣けてくる。
この回が放送された日の午後、長田さんがX(旧ツイッター)にこうつぶやいていた。
《井上ひさし先生が教えてくださったことの一つに「人が一生に一度だけ口にする『本当の意味が宿る言葉』を書く」というのがあって。今日の「達者で…」という言葉には、まさにそんな願いと祈りが息づいていました》
長田さんは最後の一言がうまい。最終週の1週前、十徳長屋のりん(安藤玉恵)が万太郎の娘・千歳(遠藤さくら)に差配役を譲ったシーンもそうだった。「千歳、おばちゃんの頼みだよ、どうかね」とりんが差配役を依頼する。千歳が引き受け、寿恵子や子どもたちが次々とりんに礼を言う。最後が万太郎の「りんさん、ほんまに今までありがとうございました」だった。そこでりんの台詞は、「だから、こちらこそなんだよ」。差配という仕事をやりきった後の、心からの言葉だなあと泣けた。「本当の意味が宿る」台詞だった。
『らんまん』の最後の一言は、万太郎の「おまん、誰じゃ」だった。泣けなかったが、許してほしい。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など