『らんまん』最終週、万太郎(神木隆之介)は寿恵子(浜辺美波)に、「愛しちゅう」「愛しちゅう」と繰り返していた。終盤、「植物が好きすぎる男」から「植物と妻をひたすら愛する男」に急カーブを切った万太郎。その総仕上げが「スエコザサ」の命名で、満を持して最終話で描かれた。そして寿恵子亡き後も、植物採集の現場にはいつも寿恵子が──。破綻(はたん)のない大団円だった。
「ありがち」を排した終わり方でもあった。関東大震災後、東京郊外の大泉村に土地を買った寿恵子。「すごいのー、寿恵ちゃん」という万太郎の言葉から主題歌が入り、次は万太郎の死後になっていた。「槙野植物標本館」と看板のかかった建物が映る。標本の整理をしているのはバツイチだという娘の千鶴。演じるのは松坂慶子さんだった。
ヒロインの幼年期を演じた子役が終盤に再登場、娘や孫を演じるというパターンは見たことがあるが、祖母役→娘役は初めて見た。標本の手伝いをすることになるのは、ナレーション役の宮﨑あおいさん。2人のやりとりは2話にわたり、東京大空襲もくぐり抜けた標本を後世に伝えるという“志”が浮かんだ。
ほかにもサプライズはいろいろあったが、十徳長屋の文学青年・堀井(山脇辰哉)が坪内逍遥になっていたのは、なんだか嬉しかった。シェークスピア全集を完成させ、届けに来たら図鑑の編集作業に駆り出される。「むしろ全力で祝われにきたのに」と嘆く様子が若き日のまま。振り返ると堀井は、遊女を身請けするといって長屋を出ていった。坪内の史実と照らし合わせ、最初から坪内だったのね、と感心する。
視聴者に通じた『らんまん』スタッフの熱意
最終話、完成した図鑑を見た寿恵子が「万ちゃん、らんまんですね」と言った。ドラマのタイトルを夫婦愛の証(あかし)とする。脚本家の長田育恵さんと制作陣は、昨今の視聴者が欲しいものをよくわかっている。『らんまん』の平均視聴率は前2作の15%台を脱し、16%台が確実だ。朝ドラと真剣に向き合った、その熱意が伝わってきたからだと思う。
『らんまん』とは結局、「新しい酒にして新しい皮袋に盛るぞ、おー」という朝ドラだったと思う。「新しい酒は新しい皮袋に盛れ」を微妙に変えたのは、どう見ても万太郎のモデルである牧野富太郎氏が“古い酒”寄りだというところによる。『らんまん』と関連づけて報じられてもいたが、経済観念のなさや女性観の古さなど昨今からは「?」な点が満載な人なのだ。
一方で小学校中退という学歴にもかかわらず、学問の権威・東大に飛び込み博士にまで上り詰める姿は、昨今の実力主義にも通じる。ここは“新しい酒”寄りだ。つまりは古さと新しさの同居する富太郎をバージョンアップし、今どきの女性も心を寄せられる万太郎という“新しい酒”にする。そのために前半は育ちのよさから来る優しさや屈託のなさが描かれ、寿恵子と出会ってからは妻への一途な愛に目覚める人となっていった。この「万太郎“新しい酒”化計画」がハマった人には、とても良いドラマだったろう。かく言う私は一貫して万太郎におぼっちゃんの気ままさを見てしまい、冷めたままだったのだが……。
万太郎という人物を盛る“新しい革袋”については、決して嫌いではなかった。寿恵子がビジネス上手の叔母・みえ(宮澤エマ)に感化され、槙野家の家計を立て直し成功していく姿は小気味よかった。何より姉の綾(佐久間由衣)が大好きだった。酒造りがしたいのに、「女は穢(けが)れている」と遠ざけられる。その理不尽さは今にも通じるものだから、綾がいてくれて本当によかった。仕事への情熱を理解してくれる人への恋心や、新たな挑戦を始めた途端の思わぬ失敗など、節目ごとに「わかるわかる」と心を重ねた。
一生に一度の「本当の意味が宿る言葉」
『らんまん』マイ・ベストシーンも、綾の思わぬ失敗(=火落ちからの廃業)にかかわる場面だ。いつも綾たち本家に反発していた分家の後継ぎ・伸治(坂口涼太郎)が、竹雄が願い出た借金への援助を断る。そこから後だ。竹雄が「伸治さん、お達者で」と言うと、伸治がくるりと向きを変え、「(達者でいるのは)おまえらがじゃろうが、アホ、竹雄のくせに」と答える。そして綾と竹雄の肩を抱き、立ち上がってからの「達者での」という台詞。思い返しても泣けてくる。
この回が放送された日の午後、長田さんがX(旧ツイッター)にこうつぶやいていた。
《井上ひさし先生が教えてくださったことの一つに「人が一生に一度だけ口にする『本当の意味が宿る言葉』を書く」というのがあって。今日の「達者で…」という言葉には、まさにそんな願いと祈りが息づいていました》
長田さんは最後の一言がうまい。最終週の1週前、十徳長屋のりん(安藤玉恵)が万太郎の娘・千歳(遠藤さくら)に差配役を譲ったシーンもそうだった。「千歳、おばちゃんの頼みだよ、どうかね」とりんが差配役を依頼する。千歳が引き受け、寿恵子や子どもたちが次々とりんに礼を言う。最後が万太郎の「りんさん、ほんまに今までありがとうございました」だった。そこでりんの台詞は、「だから、こちらこそなんだよ」。差配という仕事をやりきった後の、心からの言葉だなあと泣けた。「本当の意味が宿る」台詞だった。
『らんまん』の最後の一言は、万太郎の「おまん、誰じゃ」だった。泣けなかったが、許してほしい。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など