“オルタナティブ”。
本記事の主人公である柏井万作氏は、日本を代表するカルチャーメディア『CINRA.NET』の創設者であり、編集者であり、営業マンであり、プロデューサーであり、大のカルチャー愛好家であり……。実に多面的な顔を持つ彼だが、その活動を一言で表しえるのが、冒頭の“オルタナティブ”という言葉だ。
英語の“alternative”は、日本語に単純訳すると“代替の”という意味だが、カルチャーシーンでは“主流ではない/新たな”といった意味合いで使われることが多い。つまり、誰もやってこなかったこと、誰も思いつかなかった新しい掛け合わせ──そんな“新しさ”を追い求め、柏井氏は2022年夏、新しく会社を設立した。
その名も『NiEW(ニュー)』。いったい、何をする会社なのか? カルチャービジネスが飽和状態とも言える今、新会社を設立した意図とは? さらには、誰もがメディアになれる現代において、自メディアを大きく育てていく秘訣は?
新メディアローンチに向けた準備に追われる柏井氏に、じっくりと話を聞いた。
(柏井万作氏インタビュー前編「『必死にテレアポしてスポンサー探し』元バンドマンの凄腕編集者・柏井万作氏が『CINRA.NET』を巨大カルチャーメディアに育て上げた20年間」と合わせてご覧ください)
アーティストをもっとダイレクトに支援するために会社を作った
カルチャーメディア『CINRA.NET』を立ち上げ、編集長を15年間務めた経験や、2007年から続く無料音楽イベント『exPoP!!!!!』の企画・運営をしてきた知見から、柏井氏が日本の音楽シーンに対して抱いた感情はこうだった。
「自分たちが応援したアーティストがちゃんと世の中に認められて、音楽で食べられるようになるのって、WEBメディアの力だけでは難しいんだなって思いました。だから、いいと思ったアーティストのことをもっと直接的にサポートして、二人三脚していきたいと。『CINRA.NET』はメディア『CINRA』へリブランディングした過渡期なので、CINRAとは資本提携しつつ、音楽のエンジニアをやっている兄と新しい会社をつくることにしたんです」
『NiEW』がアーティストを支援するために行なう事業は多岐にわたる。直接的なアーティストのエージェントやレーベル業務はすでに始動しており、柏井氏と学生時代から縁の深いバンド『Emerald』や、1999年生まれの女性シンガーソングライター・みらんなどは、『NiEW』が全面的に活動を支援することが決定している。
「『Emerald』のボーカルの中野陽介くんとは長い付き合いで、彼が前のバンド『PaperbBagLunchBox』、僕が『メカネロ』で活動してた2000年代、一緒にツアーを回ったりしていたんですよ。『Emerald』を10年見てきて、すごく実力のあるバンドだからこそ、これからさらにどう脱皮していくのか、僕だったらこういうディレクションをしたい、というような話を彼らにしたら、興味を持ってくれて、本格的にかかわることになったんです。今はまさに彼らの次のアルバムに向けて、お互いリファレンスを出しながら“こんなアルバムにしよう”と話し合っているところなんですけど、その時間がめちゃくちゃ楽しくて。きっとすごくいいアルバムができると思います」
“インディーズ”という言葉もすっかり浸透し、インディペンデントな活動をするミュージシャンも増えている中で、『NiEW』のサポートを受けるメリットとは? 柏井氏が強調したのは、ミュージシャンの“成長のスピード”だ。
「僕は『NiEW』がアーティストとかかわることで、そのアーティストのビジョンやユニークネス、ブランド感を明確にしたいと思っているんです。そして、そのビジョンをなるべくスピーディーにビジネスの軌道に乗せることが、僕らの使命だと思っています。
若いミュージシャンたちにとって、20代の1年間とかって本当に重要ですし、たった数か月だって無駄にしたくない。自分がそうだったからわかるんです。だからこそ、僕らがネットワークや知見を生かしたプランニングやプロモーションをして、2か月や3か月後にプランどおりに進んでいるかを一緒にチェックしながら、計画を実行していく。そうやってアーティストの成長スピードを早めるのも、僕らが行うアーティスト支援の重要な側面だと思います」
日本国内だけ見ていればいい時代では、当然ない
そのほかにも『NiEW』の始める新しい事業には、まさにオルタナティブな仕掛けが満載だ。そのひとつには、FMラジオ局・J-WAVEの番組『GRAND MARQUEE』とのパートナーシップが挙げられる。
「アーティストをサポートしていく中で、日本国内だけ見ていればいい時代ではもうなくなったなと当然思っていて。どんどんアジアや欧米に進出することは、いまアーティスト自身もトライしているし、僕らみたいな会社が一番やっていかなきゃいけないことだなと思ったんです。J-WAVEさんも“TOKYO POP CULTUREを世界へ”というミッションをお持ちで、タッグを組もうという話になりました。
具体的には、『GRAND MARQUEE』の中に『NiEW』のコーナーを設けてもらって、そこで紹介した最新のカルチャー情報を日々Podcastでも配信していきます。日本はまだ黎明期ですが、世界的には音声コンテンツ市場の拡大がめざましくて、日本もこれからぐっと音声メディアを使う人が増えていくと思います。カルチャー情報へアクセスする方法もどんどん多様化しているから、文字で読みたい人はウェブサイト、動画で見たい人はYouTube、音声で聞きたい人向けにPodcastと、それぞれスタートしていきたいと思っています」
さらにそのPodcastは、4月4日にローンチしたばかりの新カルチャーウェブメディア、その名も『NiEW』のサイト上から、直接聴取できる仕組みが実装される。
「WEBメディアに再生プレイヤーを実装するの、20年前に『CINRA MAGAZINE』でもやっていたんですが(笑)、昨日のニュースを耳で聴くみたいな感じで、記事を見ながらPodcastを聴いてもらえるサイトのつくりにしました。カルチャー情報を毎日発信するPodcastを作ったらどうなるんだろうと思って。意外とみんな、移動中とかに聴いてくれるような気がしたんですよね」
『NiEW』のサイトはカルチャーシーンのニュースやコラム、レビュー、アーティストインタビューなど多岐にわたるコンテンツを届けるメディアだが、驚くべきことに、日本語版だけでなく、英語版と中国語版も同時にローンチした。この点にこそ、柏井氏の“オルタナティブ”精神が宿っていると言える。
「欧米やアジアの人々から見て面白い!と思ってもらえる日本のカルチャー情報を届けたいと思っています。今までだったら、僕は特に洋楽が大好きだったから海外に対する憧れが強くて、日本のカルチャーが海外に追いつく、みたいな感覚でやってきた部分があったし、日本の多くのミュージシャンも、向こうの音楽をリファレンスにしたサウンド感を目指してきたと思うんですよね。でもそれって、当の海外の人から見たらあまり面白くないだろうなと思うし、そういう感覚でものづくりをしても、グローバルの中で半歩先を行くもの、オルタナティブなものってなかなか生まれないわけで。
そんな状況が一変してきて、去年あたりからSpotifyで日本の音楽がかなり聴かれるようになってきたんですよ。それも、例えばYOASOBIや藤井風さんといった、日本独自の文化から出てきた音楽が世界で聴かれるようになってきたんです。特にYOASOBIは、海外にはない日本独自のネットカルチャー的な文脈から生まれてきたもので、ああいうポップスがグローバルから見たらすごく新鮮なものに映るんだというのは、大きな発見でした。
日本のシティポップも世界中でブームになっていますが、それも『はっぴぃえんど』や山下達郎さんが作ってきたものが、世界からみてオルタナティブな音楽として評価されたということですよね。彼らだって洋楽に憧れがあったけど、それを日本独自にどう作り直せるんだろうって考えて、1970年代にはもう完成させていた。それが日本の音楽文化の潮流のひとつになって、藤井風さんのような世界的なヒットにつながっていったと思うんです。そういう視点をもって、世界に対して日本のカルチャーをどうプレゼンテーションできるのか、少しずつトライしてみたいと思っています」
Z世代の楽しみ方、最高じゃないですか
現在41歳の柏井氏。インタビュー前編で「いいものを知ってもらうための“玄関”でありたい」と語ってくれた気持ちは、自身とは年の離れた若者たち、いわばZ世代に対しても変わることはない。タイムパフォーマンス=タイパを重視し、カルチャーに積極的に親しまないZ世代の若者が増えてきたと言われる昨今、柏井氏はどのような戦略で若者たちの心をつかんでいくのだろうか。
「やっぱりコロナ禍を境に、地域も、世代も、いろんなものが断絶したなと実感しています。特に日本の場合は、海外とのカルチャー的な断絶って結構あって、向こうでトレンドになってることや楽しみ方が、日本では知られていないということも多いです。ただ、必ずしもそれが悪いことだとも思っていなくて、そのぶん日本独自のヒップホップとか、日本独自の音楽カルチャーや遊び方が生まれてきてもいる。先ほどのシティポップと同じように、その時代その時代の若者たちが、自分たちのスタイルを探して遊んでる。それは何も否定しようがないし、むしろ最高だなって思っています。
今だと例えば、自分が体験してきたようなクラブカルチャー、ダンスミュージックの文脈って日本ではあまりお客さんが集まらないんですけど、それとは別のクラブカルチャーが若い人たちの中で生まれていて。DJバーと呼ばれるような小箱が元気で、数十人くらいのパーティーで熱狂している若者が増えているとか(編注:下北沢SPREADの姉妹店ILLASなど)。自分は全然コミットできていないですけど、そこにも日本独自のカルチャーが生まれているのだと思うし、そういう話を聞くとワクワクします。
自分は編集者として、いろいろなカルチャーがミックスして、未知の刺激が生まれる楽しさや幸せを大切にしたいので、そういう若者独自の新しいオルタナティブな遊び方と、我々世代とで、どんどんクロスオーバーしていけたらいいなと思っています。若い子たちからしたら、勘弁してよって思うかもしれないですけど(笑)」
PV数でメディアを評価するのはやめようよ!って言いたい気持ちはあります(笑)。
ネット上に情報があふれ、飽和状態とも言えるこの時代に、新しい会社でありウェブメディア『NiEW』を立ち上げた柏井氏。多くの人が簡単に自分のメディアを持って発信することが可能となった今、ズバリ自メディアを大きく育てるために大切なことは何だろうか? 20年以上にわたってウェブメディアビジネスの最前線に身を置くプロフェッショナルの答えは、まさにオルタナティブな視点を提示してくれるものだった。
「サイトを大きくしたいという思いはもちろん大切ですけど、どんなポイントで大きくなりたいのか、その指標を何に設定するのか、議論されることが少ないように思っていて。PV数は一番わかりやすい指標だけど、PV数だけ追いかけていると、どのメディアも扱うトピックがどうしても似てきてしまいますから。
もちろん『CINRA.NET』も、PVを指標にしていた時期はあったんですけど、“カルチャーと言えばCINRA”と言われるようなブランドを作りたいと思って、PV数を指標にするのをやめたんです。数字で定量的に評価されることより、記憶に残って、必要なときに思い出してもらえるように、EXPT(experience time)という独自の指標を作りました。それは、サイト上での読者の滞在時間を見るもの。今月、このメディアに何万時間滞在してくれた、みたいなことです。
100万PVだけど平均滞在時間が5秒の記事より、5万PVだけど滞在時間2分の記事のほうがEXPTは高いし、そっちのほうが自分としてもよい記事だと思うことがほとんどだったので、そういう記事をつくる編集者を大切にしたかったというのもあります。結果、PV数は7割くらいになりましたが、売上は倍以上になって、大きなお仕事の相談も増えていきました。だからもう、PV数でメディアを評価するのはやめようよ!って言いたい気持ちはあります(笑)。自分たちのメディアブランドのあり方を考えて、本当にPV数を指標にするべきなのか考えてみることが、僕は重要だと思います」
「いま、情報もメディアも飽和している中で、新しくメディアを始めること、読者に集まってもらう難しさは当然あるだろうと思っています。でも僕は、カルチャーメディアの中での競合意識はまったくなくて、むしろカルチャーメディアがもっと増えたらいいと思っているし、それでもっとカルチャーファンが増えれば、最終的にはみんなハッピーになると思っているんです。本当にみんなでカルチャー好きを増やしたい、その思いだけですね」
(取材・文/篠田冴、編集・撮影/福アニー)
【Profile】
●柏井万作(かしわい・まんさく)
NiEW Inc.代表取締役 / CINRA, Inc.取締役
1981年、東京都生まれ。バンド「メカネロ」のメンバー / プロデューサーとしてアーティスト活動を行いながら、エンジニアとして様々なアーティストの作品制作に携わる。 2006年に取締役として株式会社cinraを創業し、カルチャーメディア『CINRA.NET』を中心にオンラインストアや音楽レーベル、カルチャースペース「MADO」(渋谷ヒカリエ)などの責任者・編集長として事業を運営。 イベントプロデューサーとして入場無料の音楽イベント『exPoP!!!!!』、カルチャーフェス『NEWTOWN』、音楽フェス『CROSSING CARNIVAL』などを成功に導く。 プロデューサー / クリエイティブディレクターとして、ナショナルクライアントや官公庁、地方自治体などの課題解決に従事。2022年7月、あらゆる領域でオルタナティブを提示するアーティストやチーム、組織と共に歩むカルチャーカンパニー「NiEW Inc.」を設立し、新たにアーティスト事業、メディア事業、イベント事業を創業。
【Information】
●NiEW presents 『exPoP!!!!! 150回スペシャル!!!!!』
2023年4月28日(金)
会場:Spotify O-nest
時間:OPEN 18:30 / START 19:00
料金:入場無料 (must buy 2Drinks)
出演:Summer Eye、みらん、SADFRANK、TAMIW
チケット予約フォーム:https://expop.jp/tickets/150
※ご予約のない方は入場できない場合がございます。