今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1970年、80年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年7月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、1987年にデビューした酒井法子とともにSpotifyでの現在の人気曲を考察していきたい。前回は、第1位の「碧いうさぎ」と第2位の「世界中の誰よりきっと」を中心に振り返ったので、続いて見ていこう。
人気曲の「夢冒険」は「ファンのみなさんの青春とともに駆け抜けた作品」
Spotify第3位は、’87年の4thシングルだった「夢冒険」。デビュー1年目の4作はいずれもオリコンTOP10入りするものの、発売2週目か3週目にはTOP10圏外になってしまうというコアファン中心の売れ方で、本作も当時のシングル・レコードの売り上げは上から12番目。それでも、現在はSpotify第3位と、酒井法子の代表曲となっている。
「これもすごいことですね! ランキング結果を見て、『碧いうさぎ』『世界中の誰よりきっと』『夢冒険』『鏡のドレス』の4曲は、(初めてのお客さんも多い)ディナーショーなどでは外せないラインナップなのだと、勉強になりました。『夢冒険』は、今でもライブでほぼ必ず歌いますので、ファンのみなさんにも、私が10代のころの代表曲として認識されているのかなと。
この歌は当時、春の選抜高校野球の入場行進曲や、NHK『アニメ三銃士』のテーマソングにしてもらったこともあって、みなさんの青春とともに駆け抜けた作品なんだと思います。あと、10代のときにたくさんの作品でお世話になった森浩美さんの歌詞も素敵ですよね。当時の事務所には、なぜか森さんがいつもいらして、お兄ちゃん的な存在でした。とても仲良くしていただき、私のことをよく理解して歌詞を書いてくださっています」
「アクディブ・ハート」「DON’T STOP GENKI」がライブで大盛り上がり♪
Spotify第5位は、これら4作とはやや開きがあるものの、なんとアルバム収録曲の「アクティブ・ハート」がランクイン! ちなみに、カラオケでも酒井法子の中で4番目の人気となっている(JOYSOUND調べ)。しかも本作の強みとして、海外リスナーが6割で、国別では日本、アメリカ、メキシコがTOP3に。本作は、SFロボットが主人公のOVA(オリジナルビデオアニメ)『トップをねらえ!』の主題歌だが、当時の彼女の魅力を凝縮したような元気なナンバーとなっていることも人気を後押ししているのだろう。
「この人気はアニメの影響が大きいのでしょうね。デビュー当時のライブではずっと定番で、とにかく歌っていて元気が出るし、気持ちがいいんです! 楽曲のほうも突き抜け感がありますから、ファンの方も、“ハイ! ハイ!”って、みんなで息を合わせて応援してくださいます。カラオケで強いのは、画面にアニメの映像が出てくるのが喜ばれているのかもしれませんね」
Spotify第14位にも「アクティブ・ハート」と同系統の元気ソングで2ndアルバム『GUAMBARE』収録の「DON’T STOP GENKI」がランクインしている。
「『DON’T STOP GENKI』は、コンサートのオープニングでも歌っていました。とにかく、私のファンはみなさんお元気でいらっしゃいまして(笑)、途中でTシャツをお着替えされるほど汗をかいて応援していただきました。私も、“ミック・ジャガーさんかよ!”ってツッコまれるほど、ステージ上で走り回っていました。懐かしいですね~」
テレサ・テンのカバー曲が海外でも大人気「この曲は鬼のように練習しました」
さらに、Spotify第6位と第10位は、’10年代に発表した2作のミニアルバムからカバー曲がランクイン。第6位は『涙ひとつぶ』に収録の「時の流れに身をまかせ」、第10位は『Truth~飛べない鳥よ~』内の「グッド・バイ・マイ・ラブ」となった。「グッド・バイ・マイ・ラブ」はアジア圏を意識して選曲したそうだが、海外リスナー比率は約6割で国別では日本、ブラジル、台湾、香港での人気が高く、まさに狙いどおりの結果となっている。また、「時の流れに身をまかせ」はテレサ・テンのカバーということもあって、海外リスナーが約7割と非常に高く、日本とも親和性の高いブラジルや台湾で人気だ。
「この結果も本当にビックリです! 今後、テレサ・テンさんの楽曲をもっとカバーしようかな♪ なーんて(笑)。このミニアルバムは、新曲の『涙ひとつぶ』以外はカバーで構成しようと決めていて。収録曲は、一緒にお仕事させていただくことが多かったアジア圏の方がピンときて、かつ私のメッセージも届けられるような曲を、ボイストレーニングの先生と相談しながら決めました。やっぱりテレサ・テンさんは、歌えば歌うほど素晴らしいなと実感しますね! 声はきれいだし、日本語で歌われると、何とも言えない健気な雰囲気になるところが素敵で」
「時の流れに身をまかせ」は、とても柔らかい声で、特にサビのファルセット部分がふわっと軽やかに聴こえることからも、近年の酒井法子の魅力が感じられる。
「そう言っていただけて、とてもうれしいです。この曲は難しかったので、鬼のように練習しましたよ!」
『涙ひとつぶ』には「時の流れに身をまかせ」のほか、「PRIDE」(オリジナル:今井美樹)や「生きてこそ」(オリジナル:Kiroro) も選曲されている。
「『PRIDE』は前向きな気持ちになれるので、私の好みで選びました。そして、『生きてこそ』も超絶に難しいんですが、当時、息子が(テーマソングとなっていたアニメの)『ムシキング』(甲虫王者ムシキング 森の民の伝説)が大好きだったので、ちょっと歌ってみようかなと思ったんです」
本人としてはオリジナル曲の「涙ひとつぶ」と「Truth~飛べない鳥よ」(Spotifyではそれぞれ52位と31位)への思い入れも強いようなので、聴きどころを語ってもらおう。
「これもランクインしていてうれしいです。『涙ひとつぶ』のほうは、母の立場として歌っているので、歌うたびに息子が小さかったころの顔が浮かんできて、胸がいっぱいになります。そして『Truth~飛べない鳥よ』は、作曲の中崎英也さんに“今の私の曲を作ってください”とお任せしてできた楽曲で、“暗闇の中でも朝は必ず来るから”という、温かくも力強いメッセージを込めていただきました。どちらも大切な曲です」
「ノ・レ・な・い Teen-age」の歌唱は、プレッシャーを抱えながら全力投球!
SpotifyのTOP10に戻ると、第7位は3rdシングルの「ノ・レ・な・い Teen-age」。1stシングル「男のコになりたい」、2ndシングル「渚のファンタシィ」がメジャー調の“ザ・アイドル”なミディアム・チューンだったのに対し、こちらはマイナー調のアップテンポで、当時の映像を見ても、酒井がシリアスな表情で力んで歌っているのが印象的だ。いったいどういった心境の変化があったのだろうか。
「そうそう! これは“一生懸命のかたまり”で歌っているんですよ! 心のハチマキを巻き散らかして(笑)、カッ、カッ! って歌っていますよね。昔の映像でもこの歌は、鼻の下に汗をかきまくっています。新人賞レースで勝ち抜けという事務所からのプレッシャーもあり、また『夜のヒットスタジオ』などの歌番組に出演した際は、サプライズで恩師の先生や同級生たちが来てくださるということもあり、歌が上手、下手というよりも、とにかく何かを伝えなきゃ! って頭がいっぱいでした」
そういった真剣なメッセージソングが、当時のレコード売り上げ以上に、今のリスナーに響いているのかもしれない。そう伝えると、酒井は時代背景を読み解いて、以下のように考察を加えた。
「この楽曲は、《誰か教えてすぐに こんなハズじゃない ノレない青春 お断りっ!》と、少女の葛藤が力強く描かれています。表現方法は異なりますが、中森明菜さんやアン・ルイスさんもカッコいい系の人気曲がありますから、この時代らしいというのも人気の理由なのかもしれませんね。でも、確かに力みすぎて、サビでは声が裏返りそうになっているから、母からは“あなたの歌を聴いていると、肩が凝るわ!”って言われたこともありました(笑)」
「お願いダーリン」「ウインクに染めて」意外な2曲が上位のワケを考察
そしてSpotify第8位には、世界初のVHDソフトでのデビュー曲となった「お願いダーリン」がランクイン。こちらは、本格デビューの約3か月前に発売され、大々的にデビュー曲とされている「男のコになりたい」(第13位)よりも上位となっている。
「『お願いダーリン』は、所属しているビクターさんが考えに考えて、“世界初”という華を持たせてくださいました。VHDは当時、カラオケの機械などで映像が出て音楽が流れるというソフトで、おそらく一般の家には存在しなかったんじゃないかな? その中で、“エイリアンハンターP”として、キャラクターの女の子を私が演じ、小中和哉監督に撮っていただいたんです。テレビではあまり披露していませんが、デビュー前後のライブではよく歌っていましたね。思えば初めての誕生日イベントがなぜか後楽園ホールのリングの上で、スタッフに騎馬戦のスタイルでかつがれながら入場しました(笑)。とにかく、“のりピー”というキャラクターでみんな遊ぼうと考えていたんでしょうね。(第54位の)『のりピー音頭』がその頂点でした(笑)」
ちなみに、「お願いダーリン」の海外リスナー比率は約8割。国・地域別ではアメリカ、日本、メキシコ、の順で、なんとアメリカでの人気が日本を上回っている。シティポップにも通じるキラキラなサウンドが海外に支持されて、デビュー曲以上の人気となっているようだ。
さらに、Spotify第11位に’88年のアルバム『Lovely Times』より「ウィンクに染めて」がランクイン。アルバムの先行シングルとしてオリコンにも5週間TOP10入りしたヒット曲「1億のスマイル」とほぼ横並び、という大健闘ぶりだ。陽気なサウンドとムーディーなリズムが特徴で、こちらも海外リスナー比率が約8割でアメリカ、日本、カナダで人気となっている。これを本人に伝えてみると、彼女なりに考察してくれた。
「『1億のスマイル』はASKA(飛鳥涼)さんの作曲だけど、『ウィンクに染めて』のほうは、CHAGEさん作曲。CHAGEさんのほうが提供作が限られている分、その中で私の作品がたまたま検索されやすかったということもありませんか? この曲はとてもゆったりしている心地いい曲で、ライブでも当時歌っていましたね」
確かに、ストリーミングサービスではアーティストを検索する際、提供した楽曲が検索候補に挙がることも多いので、その可能性もあるだろう。この『Lovery Times』は、アルバムジャケットからもわかるように、ロンドンでの録音ということも話題となった。
「当時、“ヒットすれば、なぜか海外へ行けちゃう”というメリットが発動しまして(笑)、音源は日本で作っていたものを持っていき、歌入れだけ向こうでさせてもらったのですが、新鮮な気持ちで取り組めましたね。写真集の撮影も入っていましたし、『1億のスマイル』でランキング番組に入ったときには、現地から中継で出演できたのも貴重でした。当時は日本食のレストランなども少なくて、現地でお味噌汁を作って食べたのも懐かしい思い出です」
◇ ◇ ◇
今回も、自身の楽曲がなぜ「いま」ヒットしているのかを、当時の経験を交えてさまざまな角度から即座に考える、という酒井の瞬発力に驚かされた。それは、バラエティー番組やライブイベントで瞬時にレスポンスする経験を積んできたからなのか、あるいは、マルチタレントとして多くのアイデア出しを求められてきたからだろうか。いずれにせよ、35年の芸能生活で学んだあれこれが、インタビューの随所から垣間見えることが感慨深い。ラストとなる次回は、最新アルバム『Premium BEST』についても語ってもらおう。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
酒井法子(さかい・のりこ) ◎1971年、福岡県生まれ。1987年2月5日、シングル「男のコになりたい」でレコード・デビュー。以来、ミリオンセラー「碧いうさぎ」を始めとし、多くのシングル・アルバムを発表。また、女優としてテレビ・映画・CMでも活躍。中国・香港・台湾をはじめとするアジア各地でも人気を博し、現地でのコンサートも成功させている。2023年7月には35周年記念ベストアルバム『Premium Best』をリリースし、日本各地でのイベントも開催。
酒井法子が35周年を記念して、セルフセレクション・ベストアルバムをリリース!
限定盤にはテレビ映像コレクションを収録したSpecial DVDとフォトブックも封入♪
◎酒井法子 公式Instagram→https://www.instagram.com/noriko_sakai_official/