2023年3月から上演されるミュージカル『おとこたち』で、主人公・山田を演じるユースケ・サンタマリアさん(51)。数々の映画やドラマでの名演技は評価されて久しいが、彼の歌声を知る人は、さほど多くないかもしれない。
ミュージカルで歌声を披露! でも実際は歌というより……!?
『おとこたち』は、劇団『ハイバイ』を主宰する岩井秀人氏の脚本・演出による作品。2014年にハイバイが初演した際は、テレビ番組でも取り上げられるほどの話題を呼んだ。
その『おとこたち』が今回、ミュージシャンの前野健太氏と岩井氏のタッグにより、初のミュージカル化。4人の登場人物・“おとこたち”の22歳から85歳までの壮絶な人生を、ユースケさんをはじめとする豪華キャストが音楽とともに表現していく。
ユースケ・サンタマリアが歌を歌う──意外にも思えるこの組み合わせに、注目が集まっている。歌声を披露するにあたっての心境を、ユースケさんはこう語ってくれた。
「歌に関しては今回、バリバリ本職の共演者さんもいるので、じゃあ俺に何が求められてるんだ? って考えたら、歌の上手さとかそういうことじゃないと思っています。自分が歌が得意だとは決して思わないけど、人とは違うものがあるなとは思うので、俺にしか歌えない歌をやるしかないですね。
とは言っても、俺のパート、ほぼラップなんですよ(笑)。岩井くん(岩井秀人氏)がこのミュージカルの話をくれたときからラップラップ言うから、ちょっと節々でラップみたいなものが入るのかと思ったら、ほとんどがラップ。“いや俺にも歌わせてくれよ!”って岩井くんに言ったくらいです」
歳をとって少しずつ見えてきた、人生の「幸せ」
ユースケさん演じる山田は、契約社員として働き続けながら未婚のまま老後を迎える。何歳になってもこれといった大事件も起きない、山田の地味な人生を、ユースケさんは「メロディのない人生」と表現した。ゆえにメロディを持たない、セリフとリズムの狭間を漂う独白のようなラップが、山田のパートに多いのだと岩井氏も明かしている。
山田をはじめ、ひと口に幸せとは言えない人生を送る4人のおとこたちを描くこの作品と向き合う中で、ユースケさんは“幸せ”について何を思うのだろうか。
「僕の人生って、山田のようなものですよ。山田にはすごくシンパシーを感じます。僕は自己肯定感がものすごく低くて、嫌になっちゃう。日常の中でたくさんの幸せをいつも感じてます! とかは全然思わないし、そんなこと言ってる人はウソだと思ってます。
でもこの歳になってちょっと思うのは……、人気のドラマで『孤独のグルメ』っていう作品がありますよね。あれ、ごはんを目の前にして心の中でブツブツ言ってるでしょ。“これが俺の勝負飯”とか。普通、ごはんを食べるときにそんなこと考えないですよね。でも本当はみんな、ああいうのに憧れていて、ひとつひとつのことに感動しながら生きていきたいんだろうなって思うんですよ」
「確かに、自覚してなかっただけで、俺にもあるっちゃある。いま幸せなんだなと思う瞬間は、歳をとって増えてきた気がします。
例えば、自分の役者という仕事。深夜2時くらいに撮影をしていて、泥まみれで壁に寄りかかってたら“ちょっと照明直すのでお待ちください~”とか言われてね。“寒い中、俺何やってんだろう?”とか思いながらも、“いや、こんな仕事できるヤツ、あんまいねぇな”って気づいたり。“うわ、俺ら特殊な仕事してるぅ!”とか思う瞬間は、やっぱり幸せを感じますね」
そんなユースケさんも舌を巻くのが、岩井氏による“終わりのない演出”だ。
「岩井くんの演出って稽古のたびに毎回変わるんですよ。“今日はちょっと〇〇さん、そのセリフ号泣しながら言ってください”とか、ムチャクチャなこと言うんですよ(笑)。前回、舞台で一緒にやったときも、本番が始まってからも最終日までダメ出ししてたから、要は千秋楽が終わるまで、彼の演出って終わらないんです。で、今回はそれにプラス歌があるでしょ。ますます終わらないんだと思います」
「結構早いうちに通し稽古とかもやるんですよ。やれたらそこからまたいろいろ、“じゃあ次は配役を変えて通してみましょう、台本なしで”とか。はぁ? みたいな(笑)。本当に終わりのない稽古ですよね。
岩井くんの演出って、完成形というものを目指してるんじゃなくて、そのとき、そのシチュエーションでのベストを感覚で探っていくものだと思うんです。いつまでも変わり続ける。だから、公演を見に来られる方にとっても、全部の回がとてつもなく違うものになっていると思います。ラップにしても、俺なりの“ラップのような新しいもの”を生み出すつもりでやりますよ」
50代のリアルなおとこを演じるために、あえて「しないこと」
進化し続けるタフな本作を演じ抜くために、何か日々コツコツと積み重ねている努力はあるか、聞いてみた。
「この舞台だからと特別なことはしていませんが、普段から体調管理は当然意識しています。役者って結構大変な仕事で、朝早くから夜遅くまで撮影したりね、最近は減ってきましたけど、全力疾走のシーンをずっと撮ったりすることだってありますし。……だからってじゃあ、何かトレーニングをしてるかって言ったら、していないんだけど。
なぜしないかって理由があって、やっぱりこの年齢の一人の男として役を演じるわけだから、めちゃめちゃキレキレの動きをしていたらそれはおかしいじゃないですか。身体つきがめちゃマッチョっていうのも変だし。うだつの上がらないサラリーマン役とか演(や)るときに、ちょっとお腹とかがボテッとしているほうが、それらしい。だから、あんまりトレーニングはやらないようにしています(笑)」
「逆もあって、僕はあんまり痩せるとすごく病的になってしまうので、痩せないように気をつけたりね。
だんだん歳をとってきて、自分のぷにぷにのお腹とか見るとウワァ! って思うし、本当はなくしたいんだけど、でもこれが確かに実年齢のリアルな身体だよなぁとも思うから、そのせめぎ合いですよね。
俺はインフルエンサーじゃなくて役者だから。身体づくりもその一環と思って、日々模索しています」
『おとこたち』の公演は、東京会場だけでも丸3週間続く。超のつくハードな公演期間を乗り切るには、体力はもちろんのこと、強靭(きょうじん)な精神力も必要になるという。
「芝居ってつまりは想像力。例えば人殺しの役を演じることだってあります。人殺したことないのに。それでも、もし俺が人を殺すとしたらこんな感じかな? って、病まない程度に想像しながら演じるわけですよ。そんなふうに想像力をフルに使って、日々役者をやっているんですね。
舞台に入ると1日2公演とか、5時間くらいを張りつめた状態で、たくさんの方々を前にしてやるわけでしょ。やっぱりけっこう削られるものがあるんですよ。それに耐えうる精神力っていうのは必要だと思います。俺にはないですけど」
「だから、ネットでエゴサーチとかはあんまりしないようにしてます。絶対に自分のことをボロクソに書いている人がいるだろうから(笑)。そんなの見て鬱々(うつうつ)としたくないので……。自分のことを褒めちぎっている投稿だけをまとめてスクショしてくれ! って感じです。それを見て、いい気分で舞台を演じ切りたいですね」
やっと見つけた、大切にしたい“おとことしての信条”
最後に、ユースケさん自身の“おとこ”としての生き方の信条を聞いてみると、少し考えながらこう答えてくれた。
「50歳を過ぎて、もっと達観しているだろうと思ったのに、“まだこんなんなの俺?”って思います。自分はまだまだ子どもだなぁと思ったまま、天に召されるんだと思います。もっと……いろんな意味で優秀なおとことして生まれたかったし、そういう生き方をしてきたかったです。この歳になって、自分がどれだけ愚かだったかがわかるんですよ。人に優しくなかったし、いつでも自分を最優先にして生きてきてしまったなと。
だからここ3~4年は、思いやりというものを常に考える日々です。そういうことを気づかせてくれる人が身近に出てきてくれたというのもありますね。だから前よりは“ごめんね”とか、ちゃんと言えるようになってきましたよ」
(取材・文/篠田冴)
《PROFILE》ユースケ・サンタマリア ◎大分県出身。1994年、ラテンロックバンドBINGO BONGOのボーカル&MCとしてデビュー。現在は俳優、司会者、タレントとして幅広く活躍している。主な出演作は、舞台『海王星』(2021)、『タンゴ・冬の終わりに』(2015)、『その族の名は「家族」』(2011)、映画『アキラとあきら』(2022)、『食べる女』(2018)、『あゝ、荒野』(2017)、『交渉人 真下正義』(2005)、ドラマ『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』(2022・Amazon Prime Video)、大河ドラマ『麒麟がくる』(2020・NHK)、『テセウスの船』(2020・TBS)、『ドクターX~外科医・大門未知子~』(2019・テレビ朝日)、『わたし、定時で帰ります。』(2019・TBS)などがある。情報バラエティ番組『ナゼそこ?』(テレビ東京)のレギュラーMCも務める。
●公演情報
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ
ミュージカル『おとこたち』
脚本・演出:岩井秀人 音楽:前野健太
出演:ユースケ・サンタマリア/藤井隆/吉原光夫/大原櫻子/川上友里/橋本さとし 他
◎東京公演:2023年3月12日〜4月2日@PARCO劇場
◎大阪公演:2023年4月8日~4月9日@森ノ宮ピロティホール
◎福岡公演:2023年4月15日~4月16日@キャナルシティ劇場
※公演詳細やチケット情報は公式サイトへ→ https://stage.parco.jp/program/otokotachi