『らんまん』第9週、寿恵子(浜辺美波)はドレス姿を披露した。きれいだった。結果、実業家・高藤(伊礼彼方)に目をつけられた。「見染められた」とするのが穏当かもしれないが、昨今の視点で見れば十分なセクハラ行為があり、やっぱり「目をつけられた」でよいと思う。
説明するなら、寿恵子は鹿鳴館でダンスを習い始める。いろいろはしょるが、高藤に説得されたことも大きい。で、室内演奏会にドレス姿で現れる。とある事情で「足が痛い」と訴えたところ、高藤にいきなり足を触られ、ハイヒールを脱がせられ、抱き上げられ、部屋から連れ出される。書いていても、少々不愉快になる。
高藤は高藤なりに「これからの日本」について考えているし、寿恵子の聡明さを認識したうえでダンスを習うことをすすめたことも描かれた。そういう人にああいう行為をさせた制作陣の狙いを、最大限意味を持たせて想像すると、あのころの権力者の女性観を示すことだろう。彼らにとって女性は「保護すべきもの」、保護のためなら何でもオッケー。その意味で高藤に悪気はない。そして高藤は既婚者だと明かされたから、これから寿恵子に提示するであろう「保護策」への布石とも想像している。
セクハラシーンを経て、万太郎は寿恵子への愛を自覚した。万太郎の女性観は権力者とだいぶ違うはずだが、セクハラシーンを目撃し、嫉妬心が湧き上がったことが自覚のきっかけだった。納得できるようなできないような展開だが、とにかく万太郎は45話、寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)に「わしはわしにできる一番の早さで、お嬢様を迎えに来たい」とプロポーズを予告した。予告は変化球だが、結婚は既定路線、あまり驚きはなかった。
母・まつと叔母・みえ、それぞれが考える「女の幸せ」
それより9週の途中、あることを知り、とても驚いた。ストーリーではなく、『らんまん』のホームページで知ったのだ。「登場人物相関図」の「東京の人びと」の中に寿恵子がいて、こう紹介されていた。
《植物研究に金をつぎ込む夫のために、あの手この手で苦しい家計をやりくりし、最終的にはあっと驚く方法で家族を救う》
え、そうなの? これまでもホームページは見ていたが、こういう記述に初めて気づいた。ここまでのところ寿恵子は明るいオタク女子でしかなく、結婚後の貧乏生活をどうするのかと心配していた。それが家族を救うとは。もしやオタク的手法で? とにかく、寿恵子はたくましい女性になるらしい。熱烈歓迎だ。
何度も書いているが、お坊ちゃん男性が主人公の『らんまん』には、共感できる女性が必要だ。高知編には姉の綾(佐久間由衣)がいてくれた。東京には不在だったが、成長した寿恵子がそうなのか。すでに種はまかれている。そんな気もしてきた。
母・まつと、その妹のみえ(宮澤エマ)だ。2人の会話はいつも、「女の幸せ」がテーマになるのだ。新橋で料理屋をしていて、政府の役人とも近いみえの持論は「これからは女の時代、女も才覚ひとつでのし上がれる」だ。だから、玉の輿(こし)に乗れと寿恵子にすすめ、ダンスを習う話を持ち込んだ。一方のまつは、元売れっ子芸者。武士のお妾(めかけ)さんになり、“夫”亡き後に手切れ金で和菓子屋を始めた。娘の「玉の輿」に反対なのは、庶民の娘は所詮「妾」だという冷静な分析、そして「男にすがって生きていくような娘にだけはしたくないんだよ」という思いがある。この種が、どう寿恵子で開花するのか。楽しみだ。
コスト意識に目覚めた万太郎、寂しさを隠せない竹雄
さて次は万太郎だ。プロポーズ予告は置いておき、実は成長した姿を見せていた。こちらはすごく驚きだった。金銭感覚が、いきなり進歩していたのだ。
始まりは植物学雑誌。学生たちと話して出版を思い立ち、教授の田邊(要潤)に認めてもらおうとする。すると、ひょんなことから「学会誌」にすればよいということになった。怒ったのが講師の大窪(今野浩喜)だ。学会の事務局長は自分で、自分は大変忙しいのだといきり立つ。そこからの万太郎が今までとまったく違ったのだ。
編集も印刷も自分たちがやる、大窪にお願いするのは、自分たちの監督と費用面だけだと説明する。「学会誌として出すわけですから、まあ、経費は学会にご負担していただけると」。そんなふうに話を持っていく。なんと、万太郎にコスト意識が芽生えているではないか。そう驚いていると、さらなる進化に出会う。大窪に「学会誌ですき、事務局長のお言葉をいただかんと」と巻頭文の執筆を依頼するのだ。ことを円滑に進めるため、持ち上げてみせる。万太郎、ビジネス書でも読んだのか。
万太郎の変化に敏感なのが、竹雄だった。雑誌の話が進展する以前、竹雄は万太郎の体力が人並み以上になっていることに改めて気づく。「病弱な万太郎」の見張り役を、タキ(松坂慶子)に命じられたのが幼き日の竹雄だ。「丈夫な万太郎」を前に、すごく複雑な表情を浮かべる。万太郎の成長は喜ぶべきことだが、己の存在意義が失われることでもある。それらの感情が重なって、一瞬の寂しさとなって表れる。別れの予感がする。竹雄と私が重なった。勤め人はつらいし、友との別れは切ない。こういう琴線に触れる感じが、万太郎には足りないと思う。
そんなこんなで3人は、いよいよ大人として自分の道を歩み出す。その分岐点になりそうな第9週だった。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。