コロナ禍になり、あらゆる生活様式が変化した中で、海外旅行や国内旅行など遠出をする機会が減った影響は大きかったと思います。でも、身近な周りを見渡してみるとこれまで見落としていた楽しみや、見知らぬスポットもまだまだあるはず……。そんな半径3キロで見つかる日常生活の中の幸せにスポットを当てていきます。
今回は、東京都杉並区高円寺にある創業88年の老舗銭湯『小杉湯』の三代目で代表の平松佑介さんに、昨今の銭湯ブームや、現代の若い人にとっての銭湯の意義についてお聞きしました。
都内の銭湯の数は、マクドナルドとモスバーガーを足した数!?
──今、都内には数多くの銭湯がありますが、自分に合った銭湯を探すにはどうすればよいですか?
「東京都浴場組合の公式サイトを見るのが一番いいと思います。サイトに銭湯マップがあるので、駅名で検索すれば自宅近くにある銭湯を見つけることができます」
──今、都内にはどれくらいの数の銭湯があるのですか?
「一般公衆浴場と呼んでいる銭湯は、東京都に472件ほどあります(2022年5月現在)が、これは都内のマクドナルドとモスバーガーを足したくらいの店舗数になります。みんなが銭湯って呼んでいるのが一般公衆浴場で、それ以外がスーパー銭湯やサウナという位置づけです」
──一般公衆浴場とスーパー銭湯はどのように違うのですか。
「一般公衆浴場は、家にお風呂がなかった時の公衆浴場としての機能を持っている。つまりインフラに近い。だから入浴料金も統一で、480円になっているんです」
※編集部注:公衆浴場法の適用を受ける公衆浴場は、「一般公衆浴場」と「その他の公衆浴場」がある。一般公衆浴場は地域住民の日常生活において保健衛生上必要なものとして利用される施設で、入浴料金が統制されており、いわゆる「銭湯」はこちらに分類される。保養・休養を目的としたスーパー銭湯や健康ランド、サウナなどは、その他公衆浴場である。
──銭湯は少なくなっているというイメージでしたが、思ったよりあるのですね。
「第二次世界大戦前は約2900軒あった銭湯が、戦争で400軒くらいまで減ったんです。戦後、東京の人口が一気に増えて、1000万人を超えた。その頃はほとんどの家にお風呂がなく、銭湯を利用していましたので、1967年には都内の銭湯の数は2687軒まで増えたんです。2687軒って現在、都内にあるセブンイレブンと同じくらいの数なんです」
──かつては、都内はどこにいっても銭湯があったのですね。
「そうですね。コンビニの数くらいあったのが、今はファストフード店くらいになった感じです。戦後に人口が増えた場所に銭湯も増えたので、東京と大阪に銭湯が多いんです」
──銭湯にも、地域で軒数の違いがあるのですね。
「平成29年の厚生労働省の調査だと、銭湯の数では全国で東京が一番多いですね。一般公衆浴場はピーク時、全国に約1万5000軒あったのが、現在は減ってしまって3000軒くらい。でも実際には、公衆浴場としての総数は減っていないんです。それは銭湯はどんどん減っているのに、スーパー銭湯のような施設が増えているからなんです」
──確かに、最近は車で行けるような場所にスーパー銭湯を見かけます。
「東京の銭湯は23区内に多くて、西(市部)に行くと、スーパー銭湯が建つエリアになるので銭湯も少なくなるんですよ。銭湯は家にお風呂がなかった時代に生まれたビジネス。だから、家にお風呂がある時代になれば減っていきます。もしかしたら公衆浴場は途絶えてしまう可能性もあったのかもしれないけど、現在はスーパー銭湯という形に変化をして、“他者と一緒にお風呂に入る文化”が残っているとも言えます」
利用者の3割は地元以外。若い世代に支持される銭湯
──小杉湯の利用者は、地元の方が多いのですか?
「土日は全体の3割が、電車か車で高円寺以外から来ているお客さんです。あとの6割は半径2キロぐらいの地元の方です。小杉湯から歩いて30分、自転車で10分圏内の方が多いです」
──現在の利用者数はどれくらいですか?
「平日が400人で、土日で800人台ですね。土日は朝8時から深夜1時45分まで営業しているので、営業時間が長いのが影響しているのかもしれません。男女比は、男性6割、女性4割。小杉湯のお客さんは30代までが多いですね」
──銭湯は年配の人が多いイメージでしたが、30代がメイン層なのですね。
「それは高円寺という土地柄もあると思います。銭湯のお客さんって、半径2キロのエリアにどんな世代が住んでいるのかが関係しているなと感じています。隣駅の中野に大学が増えたので、高円寺は若い人のひとり暮らしが増えた。それがこのエリアの特徴だと思います」
──若い世代が小杉湯に通うようになった理由をどう考えていますか?
「理由はいろいろとあると思うのですが……。銭湯って、いわゆる『シェアリングエコノミー』(個人や企業が持つモノや場所、スキルなどの有形・無形資産を、インターネットを介して取引するサービスのこと)の一種なんです。それが若い世代のシェアの価値観に合っているのではないでしょうか。大切なのは半径2キロ、徒歩30分のエリアの中での日常で小さな幸せを感じられること。小杉湯では銭湯はそういう位置づけだと考えています」
──身近にある幸せを見つけるということですね。
「“人と人”というよりも、“場所と人”とのコミュニケーションであることが大きいと思います。銭湯って番台でお金を払った後は、セルフサービスなので小杉湯側との接点ってあまりないんです。でも番台では家の中で使うような“おやすみなさい”、“いってらっしゃい”というような言葉を使うようにしています。それだけで癒やされるって言う人もいるんですよ」
──昔ながらのコミュニケーションが、銭湯にはあるのですね。
「ひとりで来られるってところが若者にとっても大きい。ひとりで来られる場所だけれど、その中で“サイレントコミュニケーション”(会話のないコミュニケーション)が成り立つ。そしてコミュニケーションが目的ではなくて、あくまでお風呂に入って気持ちいいっていうのが目的なんです。だから誰かとしゃべらなくてもいいけど、その土地の人を感じられる」
──ちょうどよい距離感なのですね。
「番台でやりとりがある。目を合わせると、知っている顔の人がいる。シェアリングエコノミーの中で、そういうサイレントなコミュニケーションを選択できる。そのさじ加減が、若い世代に合っているのだと思います」
──若者には数多くのレクリエーションがある中で、なぜ銭湯が選ばれていると思いますか?
「小杉湯では銭湯の定義として“ケの日のハレ”というのを掲げています。日常の中にある小さな幸せに気づくっていう意味なんです。日常をケの日、非日常をハレの日とした時に、日常の中で機能的で不可欠であることが“ケの日のケ”。これが、インフラとして銭湯が存在していた頃の銭湯です。反対にスーパー銭湯は“ハレの日のケ”。これを余暇(レジャー)だとした時に、銭湯で過ごす時間はちょうど“ケの日のハレ”。“日常の中での幸せ”っていう定義が、小杉湯に当てはまるんです」
しゃべらなくても他者を感じられる銭湯。中距離な関係性とは
──若い子が銭湯に癒やしを求めるのはどうしてなのでしょうか。
「小杉湯の若いスタッフたちを見ていると、物質には恵まれているのに、寂しいと感じている子が多い。だからこそ、ひとりでも来られて、緩やかに他者を感じられる“中距離な関係性”の銭湯が、自己受容につながっているように感じるんです」
──銭湯での癒やしが、自己受容になるのですね。
「今の若い子たちは、自己否定しちゃう子が多いと思います。SNSなどを見ているとどうしても他者と自分を比較してしまうので、それが自己否定につながりやすい。でも自己否定が強かった子が、銭湯でのコミュニケーションを通じてありのままの自分を受け入れられる、自己受容できるようになってくるんですよ」
──例えば、どのようなきっかけで自己受容できるようになりますか。
「銭湯って緩やかに他者をおもんぱかったり、思いやることが大切な場所だったりします。他者に配慮しながら、自分のことも大切にしてほっと一息つける。そういう場所に来ることで、頑張った日も、頑張らなかった日も自分を受け入れられるようになっていくんです」
──それが身近で見つけられるのが銭湯なのですね。
「そうです。“救われた”と言う若い子も多いんです。半径2キロの幸せの大事さって、自己受容できることだと思うんですよ。日常の中で“小さな幸せ”を感じられるってことが、すごく大切になってきていると思います」
毎年建物の修繕費が500万円。480円の入浴料で生き残るには!?
──平松さんが三代目として小杉湯を継がれてからは長いのですか?
「小杉湯を継いだのは2016年10月からなので、6年目くらいです。20代は営業職、30歳からベンチャーの創業をして、36歳から小杉湯です。36歳という年齢になって、“いよいよだな……”みたいな。覚悟を決めるのにずいぶんと悩んで、なかなか踏み切れなかったんですよ。僕の代で終わらせるならいいけど、家業って駅伝みたいなもの。おじいちゃんから父親までいいタイムで走ってきたのに、ここで辞めるわけにはいかないと思っています」
──小杉湯の建物はいつ頃、建てられたものですか?
「小杉湯は昭和8年に建てられて以来、建て替えをしていない、登録有形文化財です。同じ場所で、同じ建物で、同じ商いを続けています。変わらないっていうのが大前提。小杉湯では、50年後もこの建物を守りながら小杉湯を続けていくということを一番の目標に掲げています」
──これだけの小杉湯ファンがいる中でも、経営は難しいのでしょうか。
「銭湯というビジネス自体が難しいんです。前提として成り立ってない。成り立っていないって言うとよくないのかもしれないけれど(笑)、非常に非効率なビジネスモデル。これだけの敷地を持っていても、客単価は480円で、毎年修繕費が500〜600万円ずつかかり続けているんです。率直に言って、今のままだと続けられない」
──伝統的な建物なぶん、ランニングコストもかかるのですね。
「一番正解なのは壊してマンションにするか、ビル型の銭湯にすること。でもここの地域は高さが3階までしか建てられないから、そんなに収益性がないんです」
──それでも、新しい建物にしない理由はあるのですか。
「今は会社もサービスも、どんどん変わっちゃいますよね。人の寿命より会社の寿命が短い。小杉湯って神社仏閣に似ているんです。神社に集まるように人が集まっている。それは、この建物が変わっていないから。社会的で精神的な価値が高くなっていると思うんです」
──では銭湯を経営していく上で、危機感を感じられていますか?
「僕が継いでから思うのは、このままじゃ続けられないという圧倒的な危機感と絶望。でも光の部分もあって、これから大切になる“徒歩30分、半径2キロの関係性”が多世代に求められているって思うんです」
──小杉湯の経営を続けているうえで、意識していることはありますか?
「入浴料金だけでは難しいんですよ。広告費もかけられない中で、いかにお客さんが集まってくるかが重要。そう考えると、小杉湯と関わりたい人が集まる環境を作ることが大事なんです。週3回6〜8時間働ける子をひとり雇用するなら、その人件費で5、6人採用する。もちろん、小杉湯を好きな人から採用する。アルバイトも小杉湯にかかわる人を増やすための1つのきっかけなんです。隣接する『小杉湯となり』というシェアスペースは、小杉湯ファンのお客さんが集まったことで、会社になりました」
──今は、若い世代の人たちを中心として支えられているのですね。
「僕は子どものころからずっと、実家が銭湯だとわかると“大変だね”と言われていたのですが、2015年頃から銭湯ブームが起きて、銭湯の価値観に若い世代が向いてきてくれた。ある意味、時代のほうが銭湯が持っている価値観に合ってきていますね」
──事業を続けていく上で、大事にしていることはありますか?
「“きれいで清潔できもちのいい銭湯”っていうのがわが家の家訓としてずっと大切にされてきたもので、身についています。その中で、どうすれば続けられるのかが僕の代のミッションなんです。うちは儲かっている銭湯だってお客さんもスタッフも思っているかもしれないけれど、現実として今みたいに電気代やガス代が高騰すると、昨年度の同じ時期と比べて50万円くらい上がってしまっているんです。10円、100円をどう削減をするかを考えても、エネルギーが一気にあがると利益が吹っ飛ぶ。そういうビジネスなんです」
──このままでは銭湯自体の存続が、どんどん難しくなっていきますね。
「でも銭湯だけが厳しいわけではない。これだけの場所があってこれだけの資産、価値があるものって他に代えられません。なにか続けられる道って作れるはずだと思っています」
◇ ◇ ◇
銭湯業界のトップランナーといえる小杉湯。地域を超えて親しまれるようになったのには、老舗ならではの歴史ある建物にひかれた人々たちが集まったのが大きいかもしれません。これからも、古き良き部分を残して、銭湯はみなさんの生活の一部として幸せを届けていくでしょう。
第2弾では、「小杉湯となり」の運営を手掛ける、株式会社銭湯ぐらしの代表取締役の加藤優一さんに、銭湯ぐらしのユニークな成り立ちと銭湯の楽しみ方についてお聞きします。
(取材・文/池守りぜね)
〈PRIFILE〉
平松佑介(ひらまつ・ゆうすけ)
1980年、東京生まれ。昭和8年に創業し、国登録有形文化財に指定された老舗銭湯「小杉湯」の三代目。空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」など、銭湯を基点にしたつながり、また、さまざまな企業や団体とコラボレーションした独自の企画を生み出している。2020年3月に複合施設『小杉湯となり』、2021年春には『小杉湯となり-はなれ』がオープン。