高円寺三角地帯で『原稿執筆カフェ』を運営する、株式会社ヒマナイヌ代表の川井拓也さん。前回はSNSでも話題沸騰中の『原稿執筆カフェ』について、最適化されたカフェの運営方針と、ニッチな層を取り込むための戦略についてお伺いした。【第1弾インタビュー→「そこのアナタ、領収書たまってません?」『原稿執筆カフェ』でも話題の川井拓也さん。経費精算への新たな挑戦に迫る!】
今回お邪魔したのは、使われなくなった機器を展示した『絶滅メディア博物館』と、ジャーナリストの田原総一朗さんをはじめ、多くの著名人による収録が行われる『ヒマナイヌスタジオ大手町』。
第2弾記事では『原稿執筆カフェ』とはまるでコンセプトの違う2つのスペースを運営する理由と、次々に楽しめる空間を仕掛ける、川井さんのモチベーションの源泉を伺った。
過去の機械に“永遠の命”を与える
──この絶滅メディア博物館はどんな場所なんですか?
「絶滅メディア博物館では、今はもう使わなくなったカメラやVHS、タイプライターやパソコンといった機械を全国から寄贈してもらい、展示しています。
最初はそんなに集まらないかな……と思ってたんですが、Twitterで募集したら思いのほかたくさんの人に協力してもらえて。家にあるとガラクタになっちゃうけど、ここに送れば文化遺産として残すことができる。そんなプロジェクトに賛同してもらいたいと思って立ち上げた企画です」
──テレビやネット記事でしか見たことがなかったような製品を、こうやって間近で見れるのは貴重ですね。
「各世代によって盛り上がる機器が違うことも面白いですよね。Macintoshが出始めたころに盛り上がってた人や、ベータマックス懐かしい!みたいに思う人もいて。いずれはスマホが古いっていう時代が来るかもしれないですよ?“え、まだ端末持ち歩いてんの?”みたいな(笑) 」
──確かに(笑)。この取り組み自体はなぜ始めようと思ったんですか?
「芸術系の大学に通っていた際、授業で8mmフィルムカメラをよく触ってたんです。でも動画カメラってどんどん新しいフォーマットが出て、しばらくすると陳腐化して再生や編集もできなくなってしまう。マニアでない限り、そういう機械たちは捨てるしか術がないんですよ。
でも、これまで愛する人を記録するために頑張ってくれたカメラの数々を、もう使えないからといってお役御免にしてしまうのも寂しいじゃないですか。だから、こうやって自由に撮影できる博物館をつくって、来た人がSNSにアップして、デジタルの世界で過去のメディアが生き続ける。僕らを支えてくれた機械たちに永遠の命を与えることができる。それがこの博物館のコンセプトにもなっています」
──新しい文化の継承方法ですね。
「普通の博物館だったら触れないし基本、撮影禁止ですからね。
入場時は“保存協力費”という形で1000円をいただいてるんですが、ただ過去に流行(はや)った機械を見るだけで1000円って、ちょっとお高めじゃないですか。でも、この展示物への“保存協力費”をお支払い頂ければ、文化の継承者として名を連ねることができる。そこに価値を感じてもらえればうれしいです」
多くのビジネス層に認知されはじめた、ヒマナイヌスタジオ大手町
──すごい本格的なスタジオですね! いつからこのスタジオはやっているんですか?
「初めてスタジオを作ったのは2016年で、その前は出張配信ユニット「LiveNinja」というのをやっていました。記者会見や新商品発表会などを、ライブ配信して……というのを、だいたい年間200本くらいやってました。
ただ、出張配信って大勢のスタッフがいて、たくさんのカメラや機器があって、設営もすごく大変。それで、“もう普通に常設しちゃった方がよくない?”って思って、神田にスタジオを構えました。その後2021年に今の場所に移転して、今の『ヒマナイヌスタジオ大手町』に至ります。せっかくなんで座ってみます?(笑)」
──いいんですか! じゃあちょっと失礼します……。
「これは5台のフルサイズ一眼レフが自動スイッチングで切り替わって、出演者だけで対談を収録・配信できる世界初のシステムなんです。内容によって自動でも手動でも自由自在にテレビ品質の動画を作れます。実際に最近はテレビの対談番組もここで収録してるんですよ」
──スタジオを対談形式にしたのは理由があるんですか?
「テレビでよく見る横並びのバラエティ型スタジオってあるじゃないですか?自分もああいう現場をよく撮影してたんですけど、人同士が対面して喋るのと、ディレクターの指示を見ながら話すのとで、演者の緊張感や白熱度がまったく変わってくるんです。ひな壇で横並びだと、進行ディレクターやカメラのタリーランプ(※)を見ながら話さなければいけないけど、対談式であれば相手を見て話せるんですよ」
※タリ―ランプ:テレビカメラやモニタ等に取り付けられた赤や緑の表示灯
──そうなんだ……。今こうやって喋ってますが、さっきより話しやすい気がしています(笑)。
「テンション上がるでしょ?(笑)。やっぱり自分でスタジオをやる以上は、利用する人には気持ちよく利用してもらいたいし、そのために邪魔なものはすべて排除したかったんです。一般の方が利用するときも、最初は緊張してモジモジしていても、配信しているうちに自然と白熱していくんですよね。それを別室から見ながら“しめしめ”と感じています(笑)」
──なるほど(笑)。利用する人はどんな人が多いんですか?
「YouTubeチャンネルの配信や動画撮影からテレビ番組の収録など、ビジネス層にもだんだんこのスタジオが認知されてきた感はありますね。手ぶらで来て座ったらすぐに配信・収録できるので、ジャーナリストや政治家の人などによくご利用いただいています」
このスタジオは、コロッケ定食しか出さない
──番組をひとつ作るのって、結構な労力がかかりますよね。
「なかなか大変ですよ。構成作家、進行ディレクター、カメラマン、サウンドミキサー、スイッチャー、配信テクニカルディレクターと携わる人も大勢いて、スタジオを抑えて、セッティングして……とやってると、丸1日かかっちゃうしコストも莫大になる。
このスタジオは、レンズは85ミリと35ミリしか使わないし、画角もバストショットだけです。画面は切り替えられるけど画角も一定。出演者は4人までスタッフ含めても8人以内に定員を制限しています。でも、それくらいの人数が入るスタジオの中では最高に品質がよくて、価格もちょうどいい。だから使ってくれた人のリピート率も高いんです」
──スタジオをカスタマイズして演者をたくさん用意して、企画から何からすべてしてほしい……という層はそもそもターゲットではない。
「そうです。必要十分な設備があるので、最小限の労力で自分たちの映像作品を作ることができる。高円寺三角地帯と同様、“刺さるターゲット層にしか提供しない”というコンセプトです。うちは食堂だけどコロッケ定食しかありません! みたいな(笑)」
カフェもスタジオも博物館も、すべては「遊び心」
──2日にわたってありがとうございます。ずっと気になってたんですけど、原稿執筆カフェ、絶滅メディア博物館、ヒマナイヌスタジオ。どれもコンセプトの違う空間を運営するなかでの川井さんのモチベーションはどこにあるんですか?
「モチベーションか……。あんまり意識したことないですね。自分、いたずらが大好きなんですよ(笑)」
──いたずらですか?(笑)。
「お店を持ったり事業をするときって、普通だったらひとつの商品、ひとつのコンセプトを極めて、より多くの顧客を獲得していくというのが通常のあり方だと思います。
でも自分は美味しい料理の作り方も知らないし、こだわりのコーヒーを淹れるわけではないし、スタジオ運営はまあまあ知ってるけど、メディアのすべてを完全に知っている専門家でもない。そうではなくて、自分が興味ある事の一つひとつをイベントにしていきたいと思っているんです。そもそもコミュニケーションが得意なタイプではないんですよね」
──意外な一面です。
「CM制作会社にいたときの影響もあるかもしれないんですけど、何かを仕掛けて誰かが反応するという一連の流れを見るのがすごく好きなんです。だから人同士のふれあいの場を提供したい反面、それを観察しておきたいという欲の方が強くて。その場がもっとよくなる、もっと使いやすくなるというのを考えて、実践できる場をライフワークとして持っておきたい。
そのための場所が、『原稿執筆カフェ』であり、『絶滅メディア博物館』であり、『ヒマナイヌスタジオ』である、というだけなんですよね。」
──モチベーションの源泉はすごくシンプルであると。
「そうですね。試して、チューニングして、また失敗して、たまに成功して……その“最適化”の流れがたまらなく好きなんです。牛丼屋に行っても、居酒屋に行っても、デパートに行っても四六時中観察してるし、何か自分のやっていることに活かせないか?ずっと考えています」
◇ ◇ ◇
2日間にわたり、『原稿執筆カフェ』『ヒマナイヌスタジオ』『絶滅メディア博物館』とさまざまな空間を紹介してくれた川井さん。取材が終わると、われわれ取材班を連れて神田の飲み屋街に連れて行ってくれた。
居酒屋の席でも、『高円寺三角地帯』の構想、ヒマナイヌスタジオの今後、今考えている面白い企画を楽しそうに話してくれた川井さん。インタビューの最後に、「やりたいことだらけで寝る時間が惜しい(笑)」と語ったその目は少年のように輝いていたのを覚えている。
今頃どこかできっと、新しいいたずらを思いついてニヤニヤしているのだろう。
(取材・文/FM中西)