今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2022年7月時点で4億3300人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、本連載初の男性アーティストとなる前川清に注目。前川清は1948年生まれ、長崎県出身。’69年、内山田洋とクール・ファイブ(以下、「クール・ファイブ」と表記)のリード・ボーカルとして参加したデビュー曲「長崎は今日も雨だった」がいきなり大ヒットとなり、同年末を含めNHK紅白歌合戦に11回出場、’87年にソロとなってからも、’91年から’08年まで18回連続で出場するほどの輝かしい実績を持つ大御所だ。
その一方で、福山雅治が作詞・作曲を手がけた「ひまわり」や、糸井重里が作詞、坂本龍一が作曲を手がけた「雪列車」など、ポップスファンにも人気がある楽曲も少なくない。そういった間口の広さもあり、Spotifyの月間リスナーも毎月4~5万人と、演歌歌手と呼ばれる面々の中でもかなり上位となっている。
“憎き存在”だった音楽配信だが、CD以上に幅広く歌を聴いてもらえてうれしい
まずは、ストリーミングサービスを含め、音楽配信に対するご自身の考えを教えてもらった。
「実は、音楽配信は“憎き存在”だったんですよ。というのも、僕なんかはレコードの時代に全国のレコード店を回って手売りをすることから始めて、それがCDの時代に変わったんですよね。そのときですら、針を置かないものに変わったのが、なんだかショックで……。でも、それも時代の変化だと受け入れてきました。
そうしたら、次は音楽配信になって、CDの発売と連動させるキャンペーンがなくなってしまった。だからキャンペーンをしない分、CDが売れなくなったと思っている自分がいます。その一方で、今回こうした(Spotifyでたくさん聴かれているという)データを見せてもらうと、CD以上に幅広く歌を聴いていただいているのがわかって、うれしいです。そして、自分が古かったんだなあと反省しつつも、まだその仕組みや操作はわからないままですね。でも、こんな面白いランキング、初めて見ました!」
確かに、ストリーミングでの上位曲は、前川のように間口が広いアーティストほど、意外なヒット曲が生まれていることが多い。では、ここからは令和のSpotify再生回数ランキングを見ていこう。
「東京砂漠」の1位に納得。「CMのイメージで、ひとつの完成形ができた」
第1位は、クール・ファイブが ’76年に発表した「東京砂漠」の、ソロになってからのセルフカバー・バージョン。クール・ファイブ時代は、オリコン最高19位、累計売上約17万枚で、前川が歌唱した中では11番手と堅調なヒット曲だが、ストリーミングではレコードが大ヒットした「長崎は今日も雨だった」(オリコン最高2位、累計約73万枚)を差し置いて堂々の1位だ。前川自身は、どう感じているのだろうか。
「この順位はお客様の納得度だと思いますね。『長崎は今日も雨だった』はレコードが1位だけど、Spotifyでは2位ですよね? その違いを僕は、なんとなくわかります。『長崎~』は地域限定で、歌詞の内容も、“今日の長崎は、別に雨は降ってないよ?”と長崎の話になる。これに対し『東京砂漠』は、みんなが共感できる。東京というものに憧れて、そこでは“砂漠”のように渇望した思いがあって……。“雨”よりも、“東京の砂漠”に共感する。その差かもしれませんね。
歌というものは、押しつけても人気が出るものじゃないんですよ。もちろん、僕らは売れたらいいなと思って、どの楽曲に対しても“みなさんにいい曲だと思ってもらいたい、歌ってもらいたい”という同じ気持ちを持っているんですが」
『東京砂漠』は、その共感度に加えて、’80年代から’90年代にダイア建設(当時)のCMソングに起用されたことで覚えている人も多いだろう。
「あれも大きなきっかけだと思います! ダイア建設のCMは、本当にいいコマーシャルでした。当時のダイア建設の社長さんが『東京砂漠』を大好きで、“CMのBGMとして流したい”とおっしゃって。新宿の高層ビルの屋上でタキシードを着た男たちがバスケットボールをしている、というシーンで流してくれたんです」
「長崎は今日も雨だった」のほうは、前川自身が出演するCM(グリコ『ワンタッチカレー』)で前川が ♪あなたひとり、にんじん~、とコミカルな替え歌を披露していたのを覚えている人もいるだろうが、確かに「東京砂漠」が東京の夜景の中で流れている映像は、前川の力強い歌声により、“大都会の中でも大切な人とともに生きていける”といったメッセージ性が生まれるほど、鮮烈なイメージがあった。
「僕の『フィクションのように』(キリンビールCM曲)を作ってくださった井上大輔さんが、よく“自分はレコーディングで満足するのではなく、映像とセットになった音楽を作りたいんだ”とおっしゃっていたんです。そう考えると『東京砂漠』は、あのCMのイメージで、ひとつの完成形ができたんでしょうね」
この「東京砂漠」の作詞は、ちあきなおみ「喝采」や五木ひろし「ふたりの夜明け」などドラマティックな歌詞に定評のある吉田旺が手がけ、作曲は、当時のリーダーである内山田洋が担当している。
「実は、この曲はアルバム候補の中の1曲だったんです。アルバム用として12曲が集められて、その中からシングル用の新曲を決めていたんですね。当時のクール・ファイブは売れていたから、たくさんの曲が集まってきて、その中から僕が決めました。内山田洋の曲だから、というわけではなくて、純粋にいいものを選びました。特に、歌詞がすてきだと思ったんですよね」
ちなみに、当時オリコン最高2位、累計50万枚ヒットとなった「噂の女」も、前川のセレクトだったそう。ただ、こちらはSpotify24位と、現在の人気は「東京砂漠」ほどではないようだ。
「『噂の女』のほうは、“男に捨てられたのよ~”って描いている世界が限られていて、現代とマッチしていないのでしょうね。しつこい感じがするのかも(笑)。それに比べると『東京砂漠』は今、さらっと聴いてもいい歌なんです」
「雪列車」は歌っていくうちにじーんと来る。レコーディングには3日もかかった
そしてSpotify第3位は、前川のソロデビュー曲となった「雪列車」。こちらは、作詞:糸井重里、作曲・編曲:坂本龍一とのタッグで、演歌ともニューミュージックとも区分できない、和風なのにどこかエキゾチックで気高い雰囲気の漂う不思議なポップスとなっている。当時はオリコンTOP100圏外作品ながら、有線では年間65位となるロングヒットとなり、現在でもカラオケで人気のある1曲だ。これも、“記憶のヒット曲”といえるだろう。
「この『雪列車』の人気もね、自分でわかるんです。もちろん、2位の『長崎は今日も雨だった』も、デビューから55年間も歌っているわけですから、いろんな思い出がありますよ。けれど『雪列車』のほうは、歌っていくうちにじーんと来るんです。『NHKのど自慢』などのゲストとして歌うときは、『東京砂漠』『雪列車』『ひまわり』の3曲から選ぶことが多いです。それだけ僕も、歌いたいという思いが強いんですね」
本作は、’82年11月のアルバム『KIYOSHI』のリード曲として、その1か月前にシングルとして発表された。アルバムは坂本のほかに、矢野顕子、後藤次利、伊勢正三、安井かずみ、加藤和彦、鈴木茂など、当時のフォーク、ニューミュージック系のアーティストが集結した意欲作となっている。
「このアルバムは、当時の渡辺プロダクションの方からの紹介で、ポップス系の方たちが作りたいと言って集まってくださったんです。その中に、糸井重里さんや坂本龍一さんもいらっしゃって。
でも『雪列車』はね、実はレコーディングに3日間もかかっているんです! まず、初日に坂本龍一さんが1日中、自分でドラムを叩いていて、“教授(当時の坂本龍一の呼び名)、なんでずっと叩いているの?”と尋ねてみたら、イントロ部分の途中に“ド、ドーン”と入る和の要素を入れたいとのことで、和太鼓に似た音をチューニングするのに丸1日かかりました。演歌の世界では、1日あったら7~8曲はレコーディングしますけどね(笑)。だって、その時間の分だけ(スタジオ代や演奏代など)お金がかかるわけですから。それが『雪列車』は、1日かけても1曲もできない。制作陣の意向を重視して、ぜいたくに作られているわけです。
そうして2日目。今度は、そこからイントロを少しずつ作っていくので、“この人、何も考えていなかったのか??”と驚いたくらいです。でも、こうしてじっくり作ったものだからこそ長く支持されているんでしょうね。イントロ部分なんかも、歌謡曲にはない展開で、教授もいろんな勉強をしてらっしゃるからこそ出てきた音なんでしょうね。
しかも、歌詞は《匂うように 笑うように 雪が降る》ですよ! 僕はその意味が今ひとつわからなくて糸井さんに聞いたんだけど、糸井さんもわからないとおっしゃって(笑)。でも、雪って普通は冷たいイメージがあるけれど、この雪には暖かいイメージがありますよね。先程の『東京砂漠』もですが、サラリとしているけれど、すっと心に入るんですよね。逆に、小難しい歌は意外と人気が出ない。僕は映画も好きでよく観るんですが、シンプルなものがヒットしていて、音楽と同じなんだと思っています」
ちなみに本ランキングでは、複数の録音バージョンが存在する場合、もっとも再生回数の多いものを採用しているが、2位の「長崎は今日も雨だった」、3位の「雪列車」をはじめ、全体としてライブアルバム『はじめての前川清』で歌われたものが多い。これは、前川のデビュー50周年および糸井重里が主宰する“ほぼ日刊イトイ新聞”の20周年を記念した’18年のライブの録音で、糸井が企画したものだ。その初心者向けのアルバムタイトルや、代表曲を網羅した選曲であることから人気曲が多いと推測されるが、実際の観客はどんな人が多かったのだろうか。
「『はじめての前川清』は意外と、ジャズなどほかのジャンルが好きな方とかが来ていた気がします。実際に歌った『雪列車』や『ひまわり』も、ご年配向けの楽曲ではありませんが、ご年配の方も喜びつつ、そうじゃないファンの方も気に入ってくださって広がっている感じがしました」
「男と女の破片」のヒットで「ここからひとりでもやっていけると安心できた」
そして、ランキング上位に戻ると、5位には’91年のシングル「男と女の破片(かけら)」がランクイン。オリコン最高61位ながら半年以上にわたってTOP100内にチャートインし、累計11万枚以上と、前川のソロ時代では最高のセールスとなっている(なお、当時のオリコン調べによる売上枚数はTOP100のみの数字で、こうしたロングヒットの場合、実際にはそれを大きく上回ることも多い)。
作詞は、テレサ・テンの一連のヒットを手がけた荒木とよひさが担当し、作曲は後に中西保志の「最後の雨」や、郷ひろみの「言えないよ」を手がけた都志見隆が担当。「最後の雨」「言えないよ」は、いずれもアーバンな香りのするカラオケの定番曲として今も歌い継がれているが、この路線の最初のヒット曲は、前川の「男と女の破片」と言えるだろう。
「この『男と女の破片』は僕にとっても、『長崎は今日も雨だった』のような位置づけの歌なんですよ。つまり、クール・ファイブから離れ、ソロになって、“ああ、もうヒット曲は出ないんだろうな“と思っていたところ、この歌が初めて大きなヒットになったという認識で、ここからひとりでもやっていけると安心させてくれた、とってもありがたい歌なんです」
しかも、そのヒットを実感したのはコンサートでの観客の反応だったと言う。
「これは不思議な曲で、お客さんが参加してくれる初めての曲だったんです。というのは、♪愛が涙の破片(かけら)に~、って僕が歌うと、客席から“パパン!”と、すかさず合いの手が入るんです。最初、僕が歌っている最中にみなさんがやりだして、何事!? と驚きました(笑)。今でもこの曲で、パパン!と反射的に手を叩いてしまって、周りを見渡しては“あれ、自分だけ……?“って手を引っ込めてしまうお客様もいらっしゃいます。歌っている途中だから言えないけれど、“自由にやっていいですよ~”ってお声がけしたくなります。それだけカラオケ参加型のヒット曲なんでしょうね」
確かに、’80年代後半から、アン・ルイス「あゝ無情」や、中森明菜「DESIRE -情熱-」など、周囲からの合いの手が入るカラオケ定番曲が増えている。
それにしても、テレビ番組では、長崎の方言を交えた気さくで三枚目なトークの多い前川だが、音楽についてのエピソードが非常に多く、また、それぞれの楽曲に対する思い入れもとても強くて、改めて驚かされる。もちろん、これだけの音楽実績を考えれば、それは当然のことなのだが、あまりに自然体のキャラクターなので、ついわれわれが忘れてしまうのだ。インタビュー第2弾以降は、カバー曲や近年の話題曲についても触れてみたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
前川清(まえかわ・きよし) ◎演歌歌手。1948年8月19日生まれ、長崎県佐世保市出身。1969年にグループ『内山田洋とクール・ファイブ』のメインボーカルとして、シングル「長崎は今日も雨だった」でデビュー。「噂の女」「そして、神戸」「東京砂漠」などのヒット作を多数リリースする。’87年よりソロ活動をスタートし、シングル「男と女の破片」がヒットを記録。’02年には福山雅治プロデュースによる「ひまわり」、’17年には加山雄三作曲「嘘よ」をリリース。歌手活動以外にも舞台・テレビ番組への出演など、幅広く活動を続けている。
前川清の芸能生活も55周年目に突入。
本作品は、盟友である、同じ長崎県出身のさだまさしが楽曲を提供した意欲作!
◎前川清オフィシャルHP「前川清にゾッコン!」→https://maekiyo.com/
◎前川清公式YouTube「前川ちゃんねる」→https://www.youtube.com/channel/UCsE_YLa-s_PLNj6KHDa02Kw
◎各音楽配信サービスはこちら→https://