『らんまん』第5週は、万太郎(神木隆之介)が東京に向けて出発する場面で終わった。竹雄(志尊淳)が「わしも行きます」と荷物を背負うと、万太郎は「え? え?」と驚いた後、「何じゃ、おまん、何じゃ」。そう言って竹雄に身体をすり寄せていた。
万太郎は子犬なんだ。その様子を見て、思った。捨ておけない子犬。可愛いけれど、周りは大変だ。竹雄を思うと心が痛い。だって竹雄、綾(佐久間由衣)に告白し、はっきりしないがたぶんフラれ、だからなのか、「炊事、洗濯、金稼ぎ、植物収集の手伝い。ダメ若の面倒を見るががいちばん大変じゃき」、東京について行く、と言っていた。
何もそんな茨(いばら)の道を選ばなくても。そう思うのは私だけではないはずで、だから5週は「万太郎はただのお坊ちゃんではないですよ」「ついて行くに値する人ですよ」と視聴者を説得する週だった。その成否はさておき、よく練られた説得手法で、まずはそこへ至る道を説明する。
冒頭の21話、万太郎は自由民権運動の演説会場で逮捕されるが、祖母・タキ(松坂慶子)のコネで釈放される。警察からの帰り道、タキが万太郎に「人はすべてを持つことはできん。何かを選ぶことは、何かを捨てることじゃ」と言う。この言葉を号砲に、万太郎と綾、そして竹雄が「選ぶもの」を決めていった。
23話、万太郎は東京で植物学の道を進む、峰屋は綾に託すと祖母に宣言する。それを受けて綾は、酒造りをするため婿を取らせてほしい、相手は従うと懇願する。そこから、万太郎と綾、それぞれに長台詞があった。
ネットでは好評の万太郎の台詞だけど……
最初は万太郎。障子越しの祖母に、切々と語った。峰屋に「おのこ」として生まれたことが苦しかった、おかげでぬくぬくと守られてきたが、酒を一滴も飲めない自分は他人が働くのを見るばかり、なぜ当主なのかと苦しかった。だが、自分には「才」がある。植物が好き、本が好き、植物の絵を描くのも好き。それも峰屋という環境あってのこと。「おばあちゃん、みんなが、お日さんみたいにわしを育ててくれた。ほんじゃき、わしは何者かになりたいがよ」。
23話終了後、「万太郎の長台詞にネット号泣」という記事を読んだ。「涙が止まらない」などの感想が並んだそうだ。私はというと、分析していた。当主だということ(=男性性)が自分の道を選ぶ足かせになっている。万太郎のその悩みは、近頃のジェンダー意識を十分に踏まえていた。そして万太郎は「好き」を「才」だと語る。何が得意かでなく、何が好きか。好きこそ才能。それを究めましょう。これも昨今の女性に寄り添う提案に思える。ふたつ合わせて、「これは女性の、あなたの話ですよ」。そんな狙いが見えすぎて、ちょっと白ける。
現代に通じる問いを含む、綾の感動的な長台詞
綾の長台詞は違った。「万太郎の苦しみ」を「男性だから苦しい」ととらえ、それは「
小さいころから酒造りが好きだった。男に生まれなかった自分を何度も恨んだ。女は穢れているから、蔵に入るな。自分ではどうにもならないことで、なぜだろうと苦しかった。そしてこう続けた。「この世に男と女がおって、どういて女ばかりが、そう言われんといかんじゃろう」。さらに「この先、未来永劫、女は穢れちゅう、立ち入ったらいかんと言われ続けるがか」と問いかけた。
やや頭で考えたような台詞ではあった。が、今に続く問いであることも確かだ。そんなことを思っていると、「私は綾さまについていきますき」と最後列から1人の女中が叫んだ。「綾さまの酒好きは、ようわかっちょりますき」と隣の女中も続いた。シスターフッドだった。泣けた。
思い出される『あさが来た』柄本佑の名台詞
と、まとめたところで最後に少し違う話を。「ネット号泣」の記事を読み、『あさが来た』(2015年度後期)を思い出した。マイ朝ドラ史上、ベストの長台詞があったのだ。それはヒロイン(波瑠)の義兄(柄本佑)の、死を前にしての台詞。明治維新という時代の波に乗れず、みかん農家になる老舗両替屋の跡取りだった。
みかん農家になってよかった、誰に頭を下げるでも、愛想笑いをするでもなく、土の上に立ち、家を建て、子を育てた、こんな誇りはない。孫まで見せてもらい、ありがたすぎてお釣りがくる。だから笑ってくれ。そう妻に語りかける柄本さんのうまさに、文字どおり号泣した。
彼の妻、つまりヒロインの姉を演じていたのは宮﨑あおいさんだった。宮﨑さんは『らんまん』でナレーションを担当している。だからリアルでの登場を期待する声もある──そういうネット記事も読んだ。大賛成だ。
賛成ついでに提案をひとつ。『あさが来た』の魅力は、ヒロイン夫婦と姉夫婦の人生が巧みに交錯するところにあった。だから『らんまん』も、ふたつの夫婦を描いていってはどうだろうか。万太郎夫婦と、綾&竹雄夫婦。それが女性視聴者をつなぎ止める最良の作戦だと、かなり本気で思っている。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。