平成元年生まれの評論作家・手条萌さんは、平日は会社員をしながら休日に評論を書いている。これまでに出した書籍や同人誌を並べると、その数は膨大だ。
2016年、手条さんは初めての商業出版となる著書『カレーの愛し方、殺し方』(彩流社)を刊行。それをきっかけに、数々のテレビやラジオに出演した。手条さんは当時を振り返ってこう話す。
「あのころは、メディアで“わかりやすいキャラ”を作らないとダメだと思い込んで、“カレー女子”として、『カレーのおすすめ店ランキング』とか、論じることがメインでない仕事の依頼も受けていました。でも、だんだんと気づいてきたんですよね。私が書きたいのは、思考のきっかけを誰かに与えることのできる評論だって」
手条さんが抱いた思いは、10年近く経った今も変わっていない。
子どものころから趣味は「評論を読むこと」
手条さんの肩書きは「評論作家」である。
「『評論家』はラーメン評論家とかお笑い評論家とか、ひとつのテーマに絞り込まれるイメージがあって。総合的に評論をしたいので、評論作家と名乗っています」
振り返ると子ども時代から、手条さんは評論が好きだった。
周囲に読書の習慣がある人がいなかったので、国語の教科書を開き、子ども向けの評論やエッセイを読んでいた。
「中学生のときの作文を見返したら、『将来の夢は評論家』って書いてありました」と手条さんは笑う。
「小説家とかテレビで見るコメンテーターのほうがイメージしやすいのに、私は当時から評論を書く仕事をしたいと思っていたんです。
中高でも、好きな科目は現国(現代国語)。そのなかでも評論が得意で。いいと思った作品があると国語便覧を開けて、作者のプロフィールを調べました。小論文の授業も楽しかった。大学で評論を専攻したのも自然な流れでした」
手条さんは、広島から関東の大学に進学。通っていた大学では、ゼミの教授が学生の書いた評論を音読することがあった。
「自分の評論が読まれたあとに褒めてもらえたり、議論のきっかけになったりしました。あのときのうれしさは忘れられないし、今のモチベーションにつながっています」
大学では、ほとんどの人が大学院に進んだ。しかし、手条さんの趣味はお笑いの劇場で漫才を見ること。劇場に通うためにはお金がいるし、遠征費用もほしい。そのために、手条さんは就職を選ぶ。
「卒業記念のような感覚で、みんなで評論を書いて同人誌を出そうって話になって、私も誘われて寄稿しました。内容はアイドル評論とカレー評論です」
思いがけず、「文学フリマ」(2002年から始まった、小説や批評誌などの展示即売会)に出したその同人雑誌が、手条さんが評論作家としての道を進むきっかけとなる。
同人誌をきっかけに商業出版が決まる
一般的に、同人誌というと漫画のイメージが強いが、なかでも文学フリマは文芸系同人誌の即売会として有名で、文字がメインの作品もたくさん並んでいる。出展ブースのなかに、すでにデビューしている人気作家の名前を見つけることもある。
「編集者の方も来場していて。文学フリマのあと、とある出版社の方から連絡があって、私が寄稿したカレー評論を“うちから書籍として出してみませんか”と言われました」
そして刊行されたのが、前述の『カレーの愛し方、殺し方』である。
「カレーの本っていうと、作者はカレー研究家なのかと思われてしまいがちなんですが、カレーは食べ物なので、食文化としてもピックアップできるテーマです。私は文化評論として『カレーの愛し方、殺し方』を書きました。それまでは同人誌でしか書いていなかったので、商業出版に慣れていないこともあって、刊行まで3年ほどかかったのですが、そのあいだにカレー評論の同人誌も、単著として出して。それらの影響か、テレビやラジオの番組からいくつもオファーをいただきました」
自分が本当にやりたいことに気づいた
テレビ番組では、ディレクターと打ち合わせしてカレー店を巡り、各店舗のカレーを食べ、ランキングをつける企画もあった。
しかし、手条さんは兼業作家だ。会社員をしながら、専門家でもない自分が、商品のランキングをつけることに違和感を抱いた。
「テレビに出演することでお店に感謝してもらえるのはうれしかったんですが、だんだんと、“私が本当にしたいのは文化評論や作品評論なんだ”って気持ちが強くなりました」
手条さんはこのころから、メディア露出を一度やめ、評論を書くことに再び集中した。評論同人誌を発表する頻度も増えた。同人誌まわりでの精力的な活動が、二度目の商業出版となる書籍『平成男子論::僕のエッジと君の自意識。』(彩流社/2019年)の刊行につながる。
会社員をしながら評論を書き続ける理由
現在、会社員として忙しい毎日を送りながら、評論を書き続けている手条さん。専業ではなく、兼業作家として生きているのには2つの理由がある。
「会社員をしていると、自然と世の中を客観的に見て、インプットできる機会が増えます。時流が読めるので、新しい評論のテーマを決めるときに役に立つんですよ」
もう1つの理由は、現実的なものだ。
「商業出版をたくさんしている評論作家さんでも、書籍の印税だけで生活できる人はそんなにいないそうです。
ときどき、物書きを目指している学生さんなどから、“会社を辞めて評論を専業にして、自分たちのプロトタイプになってほしい”って意見をもらうんです。ただ、それは難しくて」
さらに、評論同人誌を出すにもお金がかかる。「会社のボーナスは同人誌の制作費用に全部あてています」と手条さんは言う。
同人誌もクオリティにこだわりたい
同人誌の場合は、出版社の手を通さず、あらゆる作業を手条さんがひとりで行っている。
「同人誌だからって手を抜かず、内容も本自体の装丁も、高いクオリティにしたい。本文のレイアウトなどは自分でしていますが、装丁はアイデアを出して、イラストレーターやデザイナーに発注しています。印刷代もかかります」
手条さんが1冊の同人誌を作る際にかかる費用は「トータルで10万円弱」。そうやってできあがる同人誌の価格は、ほとんど500円と良心的だ。
「それなのに、“もうけてるんでしょ”って、ときどき言われるんです(笑)。利益ぶんは次の同人誌の印刷代などに回しているので手元に残らないし、むしろマイナスです。
私は普段は、主観を感じさせない鋭利な評論を書こうと意識しているんですが、昨年の秋に自分の気持ちを出した、“推し”(漫才師の『見取り図』)を応援する同人誌を作って。それで売り上げを得るのはなんだかな、と自分で思ったので、文学フリマで無料配布したら、ちょっとした騒ぎになりましたね(笑)」
無料配布本を見せてもらうと、全部で79ページある。手条さんは「自分の気持ちが出ている」と言ったが、文章はひとりよがりな部分が感じられず、推し活の具体例としても読める。
「ファン以外の方にも読んでもらえて、用意しておいた300部が、すぐになくなりました。制作には約10万円かかって、そのあと数回、増刷もしましたが、もちろん利益なしです。今は無料ダウンロードで読めます。
ただ、ほかの本の売り上げが補填してくれている部分もあるので、金額的にはマイナスでも、会社員が趣味に使う金額だと思えば普通かな、と考えてます。例えば、休暇で旅行に行く人も、これくらいの額は使っていると思うし」
真剣に作家として評論と向き合っているが、手条さんはその活動にお金を費やすことにストレスはない。「読んでくれる人が増えると素直にうれしい」と笑顔で話す。
評論を書くことは呼吸のようなもの
手条さんの会社員の仕事は激務だ。平日には自由時間がほとんど取れず、主に土日に執筆している。
「一章ぶんを一日で書いて、次の日、前日に書いたものを読み返したあと、次の章を書く。これを土日になるたびに繰り返します。最後の土日で推敲、校正、校閲をして、トータルで6日間。つまり、3週間ほどで書きあげます。そのあと、印刷して見直したりして、入稿はギリギリにしています。
ただ、もうちょっとスピードダウンして丁寧にやりたいなっていう反省点もありますね。今は1年に4回ほど同人誌を作り、3年に1回ほど商業出版で本を出してるんです。理想は、1年に2回同人誌、2年に1回は商業出版で本を出すことですね」
手条さんの人生において、評論とは何かと聞くと、すぐに「呼吸みたいなものです」という答えが返ってきた。
「最近、パソコンを買い換えたら動きが速くて。考えたことをささっと書ける」と笑ったあと、
「読者の方からのうれしい感想や周囲の期待があるから、書き続けられています」
こう話す手条さんの表情は真剣だった。
「新刊が出たあとは“燃え尽き症候群”になるんですけど、“次も楽しみにしてます”って声をもらうと、次回の同人誌即売会の予定が出たら、また書かなきゃって気持ちになります」
今後は「エッジのきいたテレビ番組のロケや、漫才・コントのネタについての評論を書きたい」と言う手条さん。
文字だけの同人誌は読まれにくい、という印象があるかもしれないが、手条さんの評論の鋭さは、新刊が出るたびに新たなファンを生み出している。
(取材・文/若林理央)