防犯グッズや護身グッズと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。 防犯ブザーや催涙スプレー、護身棒、ホイッスルといった商品をイメージした人も多いかもしれない。これらのグッズは、銀色や黒など、強さや重さを感じさせる、非日常感にあふれるデザインをしていることが多い。そのため、防犯グッズを日常的に持ち歩くモチベーションが続かず、日本では年間で推計5万2000件の性犯罪被害が発生している中、防犯グッズを常に携帯している人は非常に少ないのが現状だ。
そんな中、「お守り」と「IT」をかけ合わせることで、普段はお守りとして持ち歩き、非常時のみ護身グッズの役割を果たすという全く新しいコンセプトのデバイス「omamolink(おまもりんく)」が2022年5月に発売された。
今回、「omamolink」を開発した株式会社grigryの石川加奈子さんに取材。デバイスを開発するきっかけとなった自身の性犯罪被害から考えたことや実現したい社会などについて、お話を伺った。
「お守り」×「IT」で大切な人を性犯罪から守る新デバイス
石川さんは早稲田大学法学部を卒業後、内閣官房内閣情報調査室、米国のシンクタンク、フリーのコンサルタントを経て、グロービス経営大学院でMBAを取得。2019年に考案した「omamolink」のアイデアを形にするために、株式会社grigryを設立した。grigry(ぐりぐりー)とは、旧態依然としたシステムや価値観に“ぐりぐり”と入り込んでアップデートしたいという思いが込められているという。
開発された「omamolink」は可愛らしい見た目で、中にお守りの内符(神様が宿る依り代となるもの)や大切な人の写真などをしまうことができ、日常生活では普通のお守りとして使用することができる。しかし、万が一、性暴力被害に遭いそうになったときは、振るだけで防犯機能が作動。防犯ブザーが起動するほか、事前に登録しておいた緊急連絡先に自分の現在地情報を送ることができる。非常事態を知った保護者やパートナーがその場に駆けつけたり、警察に通報したりすることができる仕組みだ。
また、omamolinkには録音機能も搭載されている。特にレイプやセクハラは、相手がその発言をしたのか、性的な合意があったのかという点が、裁判などで争点になりやすい。被害に遭ってしまったときに、少しでも証拠を残すための機能が付けられている点も特徴だ。
デバイスの重量も36グラムと非常に軽い。“使用する人の目線”に徹底的にこだわってデザインされたomamolinkは、2022年度のグッドデザイン賞も受賞した。
「あの日、私はどうすればよかったのか」 性犯罪の被害経験がデバイス開発のきっかけに
また石川さん自身も複数の性犯罪被害を経験してきた「性暴力スライバー」。性暴力スライバーという言葉は、日本ではあまりなじみがないが、性暴力被害から生き延び、今は自分らしく生きることができるようになった人という意味を持つ。石川さんは中学生のころに同級生の“悪ふざけ”で被害未遂を経験してから、10代、20代と複数の性犯罪被害に遭ってきた。
「高校時代は、下校時に見知らぬ人からの痴漢や誘拐未遂に遭いました。大学で検察官を目指して夜遅くまで予備校に通っていたときは、下着入手を目的とした不審者のつきまといにも遭遇して。どれもとても怖かったことを覚えています。でも、非常にショックだったのは、大学生のときに経験した知人によるデートレイプでした」
デートレイプとは、友人や知人、恋人などの間で、一方が相手の意思を無視して性行為を強要することだ。石川さんは社会人の知人男性とともに食事をしたあと、レイプ被害に遭った。被害に遭うまでの流れは、信用している相手同士であれば、ごく普通のコミュニケーションととらえてもおかしくないものだった。
「一緒に食事をした後で、まだそこまで遅くない時間だったので、2軒目のお店に行くことになったんです。そこで、今振り返れば不自然だとわかるのですが、知人が“トイレットペーパー切らしていたから、買って家に置いていきたい”と言いだして。当時の私は純粋に相手の言うことを信じて、家に寄ってしまいました。玄関で待っていたら水を飲むようすすめられたので、飲ませてもらおうと思って家に上がった途端に襲われて。私の上に知人が馬乗りになり、抵抗もできませんでした。そこからは記憶がなく、どう帰ったのかも覚えていません」
人は見かけによらない。石川さんはその言葉を強く実感した。自分を襲った知人は、きちんとした会社で役職にもついていた“普通のサラリーマン”だったからだ。信用していた相手が豹変(ひょうへん)し、暴力をふるう。石川さんの人生の中で、相当なショックを与えた出来事だったという。
「性犯罪が起こる場面では、その人がどういう職業や社会的立場にあるかということは、あまり関係ないんだなと思いました。知人も用意周到だったんですよ。女性は身体の準備ができないと男性を受け入れられないものですが、それをわかったうえで、潤滑油まで用意してあった。信じられないですよね」
それから、石川さんは自身の被害経験について、ふとしたときに何度も繰り返し考えてきたという。自分に問いかけるのは、いつも決まって「あのとき、自分はどうすればよかったのか」ということだった。
「知人の家に入らなければよかったのだろうか。不審者に遭遇したら、コンビニに逃げ込めばよかったのだろうか。頭の中でいろいろなシミュレーションをしました。その中でふと、被害の現場には、自分の身ひとつしかないことに気がついたんです。簡単な動作で起動して自分の身を守れる、SOSを出せるアイテムがあれば、あのときの私を守れたかもしれないと思いました。
性犯罪は突然起こります。だから、女性にも余裕なんてありません。スマホでSOSを出したり、防犯ブザーを強く引っ張ったりすることも難しい状況が多い。私の被害経験をもとに、突然の出来事に身動きがとれないときでも、身を守ることにつながる選択肢をつくりたい。そう思って開発したのがomamolinkなんです」
自分の身を守る行動を、もっとポジティブで日常的なものにするために
発売から約半年がたつ「omamolink」。現在はメディアでの露出やイベント登壇の機会も増え、石川さんの事業と活動への共感を軸に、会社をともに運営する仲間も集まった。事業が順調に進む中で、石川さんが今後実現していきたいことも広がりを見せている。
そのひとつが「守活(まもかつ)」だ。「守活」とは、“日常に潜むリスクから自分や大切な人を守る活動”のこと。性犯罪被害から身を守る行動を日常生活に溶け込ませ、多くの人に自分事(じぶんごと)化してもらいたいとの想いから、石川さんがつくった造語だ。
「性犯罪は加害者が絶対に悪い。その大前提はゆるぎません。ただ、加害者が悪いからと言って、私たちが何もしなくてもいいわけではない。交通ルールを守るように、自分の身を守る行動を自然とできるようになればいいなと考えています。リスクを回避する行動を、美容や健康を維持するのと同じレイヤーの活動としてとらえてほしいんです。それで、人目を引くような“守活”という言葉を生み出して、学校に配布するリーフレットや多くの方に情報発信するためのメディアもつくりました」
守活のリーフレットでは、性犯罪の発生件数や発生場所などのリアルなデータが掲載されているほか、身を守るための選択肢を増やせるよう、最新護身アイテムも紹介されている。また、万が一被害に遭っても心を守れるよう、相談窓口も掲載されている。さらに、心のケアにいちばん大切なのは“周りからのサポート”ということで、grigryチームの一員である精神科医が、家族や友達が適切に寄り添えるようなコラムを寄稿している。
さらに、まだ構想段階だが、omamolinkの海外使用や、地域の見守り活動に貢献したい有志メンバーを集めた「みまもリーダーズ」の組成なども検討しているという。
「omamolinkの購入者から、“娘の海外留学時に使わせたい”といった声や“緊急連絡先として見守ってもらえる人がいない”といった声をいただきました。その声に応えるためにも、いずれはomamolinkを海外で使えるようにしたり、緊急連絡先に登録できる人がいない人でも安心して使ってもらえるような体制をつくっていきたいと考えています。
自分たちの住むエリアを安心して住める場所にしたいと、地域活動への貢献に積極的な方も実はたくさんいらっしゃるんですよね。そのような方に登録していただき、omamolinkでSOSが出たら、その地域に住む“みまもリーダーズ”が駆けつけるような仕組みがつくれれば、女性だけでなく高齢者の見守りなどにも活用できると思っています」
さらに、社会全体に対して、性犯罪被害の実態を啓発できるような映像の制作なども視野に入れている。日本ではまだ、性犯罪が被害者に与えるダメージについて、軽くとらえている人が多いと感じているからだ。
「望まない性行為をしたときに、精神的・肉体的にどのような変化が起こるのかについて、国内では性犯罪に関する知識のある人とそうでない人の間で認識の差が大きく開いているように思います。“命を取られたわけじゃない”と、被害経験を軽んじられることも多い。まずは実情を知ってもらえるような映像を作れたらと考えています」
石川さんは最後に、読者へのメッセージとともに今後についてこのように語った。
「最終的にはあらゆる人が、不安なことを一切考えずに、幸せに生きられる社会の実現を目指しています。でも、そのような社会の実現はすぐには難しい。であれば、背筋を伸ばして歩くほうが素敵だからとか、身につけると気分が上がるからomamolinkを持っているとか、身を守る側がよりポジティブな気持ちで行動を起こせるような提案をしていきたいなと思っています。読者のみなさんもぜひ、自分や大切な人を守るために、どんなことでもいいので、今日から始められることをやってみていただけたら嬉しいです」
(取材・文/市岡光子、編集/FM中西)