今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年5月時点で5億1500人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、チェッカーズ、中森明菜、ラッツ&スター、荻野目洋子、中西圭三、河合奈保子など数多くのヒット曲を手がけてきた作詞家・売野雅勇が、2023年7月に作詞活動40周年記念のコンサートを開催し、またコンピレーションアルバムを発売することに先立ち、売野雅勇作詞曲限定のSpotify人気曲を集計してみた。その結果を、今回から3回に分けて、
ラッツ&スター「め組のひと」名フレーズの数々はどうやって作られた?
さっそくSpotify第1位を見ると、’83年にラッツ&スターが発表した「め組のひと」となった(本作での売野は“麻生麗二”名義)。それまでシャネルズとして活動してきたが、本作を機にラッツ&スターに改名。当時、季節ごとのヒット曲を量産していた化粧品CMソングのタイアップに起用され、改名の話題性もあり、オリコン1位を獲得。累計売上は62万枚で売野としても2番目のヒットとなったが、6月5日現在では約850万回再生と、ぶっちぎりのヒットとなっている。
「これは、まずCMサイズの楽曲を作ってほしいと言われて、サビの部分《いなせだね 夏を連れてきた女(ひと)~》の16小節分を詞先(しせん。曲ができる前に作詞をすること)で4行書いて、(作曲担当の)井上大輔さんに渡したんだ。“8小節ごとに【めっ!】を入れてくれ”と注文があったね。最初にもらった絵コンテが、夏祭りで法被(はっぴ)を着た女性が出てくるという画だったので、《いなせだね》《小粋だね》《涼し気な目元》というフレーズが次々と浮かんだんだ」
このキャッチーなサビ部分が完成した後、先にできていたBメロ、Cメロ部分の歌詞を書いたという。つまり、ヒットを確実にするため詞先と曲先がミックスされた楽曲になったのだ。
本作では、《夏の罪は素敵すぎる》というフレーズも印象的。というのも、この“素敵すぎる”を人々が日常会話に多用するようになったのは近年のはずだが、売野は’80年代から、こうしたフックの強い言葉を使っているのが興味深い。
「この曲の歌詞に出てくる女性は、男性たちから次々と“心を奪う”という“罪”を犯しているのに、奪うたびにさらに美しくなっちゃう。そういう物語を描いているからこそ、《夏の罪は“素敵すぎる”》という表現にしたんだ。このフレーズが浮かんだときはすごくうれしかったね。情景としてベースにあるのは、『モンロー・ウォーク』(’79年、南佳孝)。思えば、’90年代に東野純直さんに提供したシングル『君は嘘を愛しすぎてる』も、すごく力を入れて書いたから、“〜すぎる”を使うときには、特別な意味を込めたかったのかもね」
なお、Spotify第6位には、’10年に倖田來未がカバーしたバージョンもランクイン。このバージョンは2010年代後半から、TikTokで高速再生したものに合わせてダンスをするショート動画の投稿が流行したことも、ここでのヒットにつながっているだろう。
「ああ、TikTokの影響で令和になって再浮上したわけだね。倖田來未さん版を初めて聴いたとき、めっちゃカッコいいと思ったよ。しかも実際にヒットしたから、すごいなあと。本当は(自分がプロデュースしている女性ユニットの)Max Luxでカバーしたものを出したかったんだけど、倖田さんのが、あまりに“素敵すぎる”から、もう簡単には出せないなと思ったんだ(笑)」
ちなみに、現在は2人組のMax Luxだが、Spotifyでもっとも人気な彼女たちの曲は’84年に東京JAPが歌った「摩天楼ブルース」のカバー。原曲がサブスク未配信の分、こちらに人気が飛び火したというのもあるが、艶のある伸びやかな女性ボーカルと都会的なサウンドの組合せから、都会の孤独感がより浮き彫りになっている。
稲垣潤一の「夏のクラクション」は、もともと“お蔵入り曲”のタイトルだった
Spotify第2位は、稲垣潤一の’83年シングル「夏のクラクション」。本作は、当時のシングル売り上げでは累計約8万枚、売野作品の中では87番目のヒットと決して上位ではないが、現在のシティポップ・ブーム以前から、ゴスペラーズやパク・ヨンハ、太田裕美など多くのアーティストがカバーするほど人気が高まっていた。まさに“記憶の名曲”と言えるだろう。
「この曲は、初対面の方に“どういった楽曲を書かれたんですか?”って尋ねられて『夏のクラクション』って答えるたびに、どよめきが起こるほど人気だね。数年前、クレイジーケンバンドの横山剣さんからも、“僕、この曲大好きなんです。いつかカバーさせてください”と言われてうれしかったよ(実際、’21年にアルバム『好きなんだよ』にてカバー)。この歌は、アーティストの中でも好きだという人が多いよね」
本作は、’73年の映画『アメリカン・グラフィティ』のラストシーンがベースになっているということは売野の著書『砂の果実』(朝日新聞出版刊)にも書かれているので、詳しく知りたい方はそちらを読んでいただきたい。
「この曲は、完全なる詞先。もともとは、伊藤銀次さんの3枚目のアルバムのために書いた曲のタイトルだったんだ。銀次さんには、まだ自分にヒット曲がないころ、たくさんの楽曲の歌詞を書かせてもらって大変お世話になったんだけど、’82年あたりから、銀色夏生さんという芸術肌の作詞家が出てこられて。それと同時に、俺は(中森明菜に提供した)『少女A』がヒットして歌謡曲のカラーがついてしまったというのもあって、銀次さん的には『夏のクラクション』が合わないと思ってボツになったんだろうね。
ただ、プロデューサーの木﨑賢治さんは、“売野さん、これはすごくいいタイトルなので、僕に預からせてください”とおっしゃったんだけど、ただの慰め言葉かなと思っていたんだ。同じころに筒美京平先生から、稲垣潤一さんの曲を一緒に作らないかって誘われて、他にいいストックもなかったのでそちらに渡しちゃった」
’83年の前半、筒美京平からの提案で、野口五郎「過ぎ去れば夢は優しい」や河合奈保子「エスカレーション」といった売野雅勇×筒美京平コンビでの楽曲制作が始まった。筒美京平が売野を気に入って、さらに稲垣潤一も、と誘われたら、ベストを尽くそうというのは当然の流れだろう。
「内容自体はほとんど書き換えたんだけど、サビの《夏のクラクション Baby もう一度鳴らしてくれ》は、最初のまま残していたんだ。京平先生からは、“とても音楽的な歌詞なので、すぐ(曲が)できちゃった!”って褒められて、すごくうれしかったね。当時ディレクターだった京平先生の弟さんからも、“(帳尻合わせに使われることも多い)Babyという言葉が、
ちなみに木﨑プロデューサーとは、その翌年、吉川晃司の「サヨナラは八月のララバイ」や「LA VIE EN ROSE」の歌詞を提供するなど、別の形でコラボが続いた。特に「LA VIE EN ROSE」は、このSpotifyでも16位に入っており、吉川のソロ曲として100万再生を超えているのは「モニカ」と本作のみという人気ぶりだ。
「『LA VIE EN ROSE』は、木﨑さんの発案で、大澤誉志幸さんと、彼のソロデビュー曲をつくる目的でワークショップをやって、その場でやり取りしながら2日くらいで作った作品なんだ。結局、本人ではなく吉川晃司さんが歌うことになるのだけど。『サヨナラは八月のララバイ』のほうはタイトルだけで10個候補を出すなど、木崎さんのプロジェクトはハードルが高くて、勉強させていただいたね」
林哲司と組んだ「思い出のビーチクラブ」は売野自身の体験談が歌詞に!
稲垣潤一の話に戻すと、Spotify第15位にも「思い出のビーチクラブ」がランクイン。’80年代の稲垣はアルバムチャートの1位か2位というヒット常連に対し、シングルは「ドラマティック・レイン」以外オリコンTOP10ヒットがなかったこともあり、こちらも、累計約3万枚というセールス。だが、サブスクではシティポップの代表曲として挙げられるほどの人気曲だ。
「『思い出のビーチクラブ』も大好きな歌。これは『夏のクラクション』とも実はつながっているんだ。昔、三浦半島の佐島まで、国道134号線を走ってよく通っていて。そこは周りがすべて海で、まさに“素敵すぎる”景色なんだよ(笑)。その佐島に向かうまでのところにボートハウスがあって、そこはボートからも直接上がってこられるという、まさに理想の場所だった。そこから油壷の方に行くと、諸磯湾に廃墟となった“諸磯ビーチクラブ”というのがあったんだ。中に入ってみたら、もう周りが草だらけの、25メートルのプールの跡があって。だから、この歌詞の《ビーチクラブも 今は閉鎖(とざ)されて 水のないプールだけ》ってホントの話なんだよ」
そういったリアルな景色と、夏の日の恋の思い出が見事にオーバーラップしていることが、シティポップの名曲として語られる要因だろう。なお、本作は’87年の日本作曲大賞を受賞したことも当時、話題となった。
「(作曲を担当した)林哲司さんとは、最近でも菊池桃子さんの’22年の新曲『Again』を一緒に作らせてもらいました。林さんには、稲垣さんとのトークイベントで、“売野さんってさ、(歌詞の中に)ダイヤモンドが多いと思わない?”って言われたことがあったね。でも、稲垣さんの曲には“ダイヤモンド”は1回くらいしか使ったことなかったから、稲垣さんはピンと来ていなくて(笑)」
そんな冗談交じりの苦言が言えるほど大の仲良しで、40年間もともに仕事ができるというのは、なんと“素敵すぎる”関係だろうか。取材中、売野からはさまざまな本音が飛び出して面白いし、林哲司も世界的に大ヒットとなっている松原みきへの提供曲「真夜中のドア~Stay with me~」について、“自分の中で特別にいい作品とは思っていない”と語るなど、決して周りに媚びない。そういった、ふたりの“本音で接したい”というキャラクターが、互いを引き寄せ合っているのだろう。
次回は、1986オメガトライブ(のちにカルロス・トシキ&オメガトライブ)、矢沢永吉、そして意外に多いアニメソングのヒットについても迫ってみたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
売野雅勇(うりの・まさお) ◎上智大学文学部英文科卒業。 コピーライター、ファッション誌編集長を経て、1981年、ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などを書き作詞家として活動を始める。 1982年、中森明菜『少女A』のヒットにより作詞活動に専念。以降はチェッカーズや河合奈保子、近藤真彦、シブがき隊、荻野目洋子、菊池桃子に数多くの作品を提供し、’80年代アイドルブームの一翼を担う。’90年代は中西圭三、矢沢永吉、坂本龍一、中谷美紀らともヒット曲を輩出。近年は、さかいゆう、山内惠介、藤あや子など幅広い歌手の作詞も手がけている。
“売野雅勇 作詞活動40周年記念 オフィシャル・プロジェクト MIND CIRCUS SPECIAL SHOW「それでも、世界は、美しい」”開催!
・日時:2023年7月15日(土) 16時開場/17時開演
・会場:東京国際フォーラム ホールA
・料金:全席指定 税込15000円
・音楽監督:船山基紀
・出演:麻倉未稀 / 稲垣潤一 / 荻野目洋子 / 近藤房之助 / さかいゆう / 杉山清貴 / 東京パフォーマンスドール(木原さとみ 他) / 中島愛 / 中西圭三 / 中村雅俊 / Beverly / 藤井尚之 / 藤井フミヤ / MAX LUX / 望月琉叶 / 森口博子 / 山内惠介 / 山本達彦 / 横山剣 ほか(50音順。都合により出演者が変更になる場合あり)
※演目詳細やチケット情報は特設サイトへ→https://masaourino40.com/
◎売野雅勇 公式Facebook→Facebook.com/urinomasao
◎売野雅勇 公式Twitter→https://twitter.com/urino222