『舞いあがれ!』で大好きなのが、古書店デラシネだ。ヒロイン・舞(福原遥)が小学生のころの店主は八木のおっちゃん(又吉直樹)だったが、今は歌人で舞の夫・貴司(赤楚衛二)が引き継いでいる。
しょっちゅうやって来るのが陽菜(徳網まゆ)と大樹(中須翔真)。2月27日からの第21週で中学1年生になった。制服がまだ似合わない大樹に比べて、陽菜はすっかり孫ギャルの風格だった。孫ギャルは死語かもしれないが、とにかく板についている。
この差が単に成長曲線の差ではないことは、20週でなんとなくわかった。短歌が教えてくれたのだ。
6年生だった陽奈と大樹に短歌を作る宿題が出た。書いてと頼まれた貴司は、自分で作るのが短歌だよ、最近あった面白いこと教えて、と2人に言う。陽奈が、「おとつい朝起きたらな、ママが仕事から帰ってきたとこやってん」と話しだした。朝まで働くママの話を、陽菜はこう続ける。「給食のお金、ちょうだいって言ったら、無理、スカンピンや、て」。スカンピンとは全然お金がないことだと母が言ったそうで、「ちょー悲惨なのに、なんかちょっとおもろかった」と陽菜。「スカンピンって言葉がな、なんかわろけた」、と。完成した短歌はこうだった。
《いやなこと ふきとばすよな 言葉やな すかんぴんママ 大丈夫やで》
陽菜ちゃん、なんて優しくて、たくましい小学生なんだ。大樹が書いた《すべり台 すべっただけで あながあく スボン弱すぎちゃうんか お前》も可愛い短歌だが、自分と母を客観的に見つめる陽菜のそれは、もはや大人の視線だろう。
実際の陽菜は中学生になったばかりで、なんとか学校でうまくやっていこうとして大樹に「キモい」と言ってしまう。大樹の絵を見た友達がそう言い、合わせてしまうのだ。その話を貴司にした陽菜は、別な日に私服で「大ちゃん、おる?」とデラシネに来る。ミニスカートに膝上ハイソックスの陽菜が、本当は「キモい」なんて思ってないと話す。大樹はチェックのシャツで黙々と絵を描いている。脚の長いおしゃれな陽菜、小柄で内気そうな大樹。何かの弾みで簡単に道が分かれてしまいそうな2人が、ずっと仲よくいてほしいと願わずにはいられない。
デラシネが好きなのは、『舞いあがれ!』の繊細さと優しさが詰まっているからだ。そこで詠む貴司の短歌が繊細で優しい。航空学校時代に舞にぐいぐい近づいてきた柏木学生(目黒蓮)を好きになれず、貴司にずっと肩入れしていた。卒業後、柏木が舞の実家を訪ね、貴司と話すシーンがあったから、「貴司、頑張れ」と見守っていた。すると、舞が貴司の歌をそらんじた。《トビウオが飛ぶとき 他の魚は知る 水の外にも 世界があると》。やったね、貴司。勝利を確信した瞬間だった。
柏木と別れた舞の部屋には、別な貴司の短歌。《君が行く 新たな道を 照らすよう 千億の星に 頼んでおいた》。これが万葉集にある恋の歌の本歌取りだとわかるのは後のことだが、確かに静かな熱が伝わってくる歌だった。
さて、ここからが『舞いあがれ!』の脚本家・桑原亮子さんの話になる。『舞いあがれ!』の短歌は、すべて桑原さんの作だ。桑原さん、歌人なのだ。2011年の歌会始の儀(お題は「葉」)で入選もしている。《霜ひかる 朴葉拾ひて見渡せば 散りしものらへ 陽の差す時刻》という入選歌を読むと、『舞いあがれ!』だなーと思う。「散りしもの」に目をやり、「陽の差す」希望を詠む。そんな価値観が『舞いあがれ!』につながると感じるのだ。
伝えてくれるのは、小さなエピソードたちだ。例えば貴司が公園で開いた子ども短歌教室。遠巻きに眺めていた女の子に舞が、「よかったら、参加せえへん?」と誘う。女の子は「お金持ってへん」と言う。「お金いらんで、やってみる?」と舞。「お金」を意識せざるをえない今の子どもと、それを温かく包む舞。『舞いあがれ!』は静かな佳作だと思う。
ところで、貴司の短歌のファンで有名なのが俵万智さんだ。ツイッターで貴司になりかわって短歌を詠んだり、舞と貴司の結婚を祝う歌を詠んだり。『あさイチ』で博多華丸・大吉の2人が俵さんのツイートを紹介していたし、本人も「非公式応援歌人と呼ばれてる 妄想短歌とまらぬ我は」(2月23日の投稿)と宣言している。3月3日には舞と御園記者が起こした会社「こんねくと」について、「会社名、貴司くんがアイデア出すのかと思ったけど、見守ってる感じにグッときた」とつぶやいていた。
というわけで、『舞いあがれ!』もあと1か月。「こんねくと」が無事に離陸し、飛べるのかが焦点になるのだろう。ちょっと心配なのが、起業という方向がデラシネとはだいぶ違うことだ。町工場の活性化を目指すという方向はさておき、儲(もう)からなくては話にならない。《散りしものらへ 陽の差す時刻》でいうならば、舞が「陽」になり、町工場が散らないようにする、ということになるのだろうか。
ここでは多く触れないが、『舞いあがれ!』は桑原さんの他に2人の脚本家がいて、週によってはその人たちが書いている。いろいろな事情でそうなっているのだろうが、問題は他の人だとデラシネ度がぐっと下がることだ。ここはひとつ、桑原さんで通してほしい。そうでないと、いま流行(はや)りの「スタートアップ物語」になってしまう気がする。これからもデラシネと陽菜と大樹をお忘れなく。絶賛お願い中だ。
(文/矢部万紀子)