織田裕二さんと鈴木保奈美さんが主演したドラマ版では社会現象を巻き起こした『東京ラブストーリー』が、柴門ふみさんの漫画を原作として、令和の時代にミュージカル化!ドラマで多くの視聴者を魅了した赤名リカを演じるのが、笹本玲奈さんです。1998年から舞台に立ち、着実に経験を積んできた笹本さんですが、今作にはどのような思いで臨まれるのでしょうか。意気込みや、ご自身の演劇人生を振り返って思うこと、ご家族との関係性についてなど、たっぷり伺いました!
台本も音楽も「今の時代に支持されるような内容に進化している」と気合い十分
──不朽の名作『東京ラブストーリー』がミュージカル化されるということで、話題の舞台ですね。
「日本発のオリジナルミュージカルとして時代設定を現代に置き換え、舞台版ならではのキャラクターも登場予定です。世代の異なる『空キャスト』と『海キャスト』のWキャストで上演しますが、空キャストでは、カンチこと永尾完治を柿澤勇人さん、私は、赤名リカを演じます。
原作は1988年に出版され、昭和から平成にかけてのバブル時代を描いていますが、今回は2018年に設定を変えています。カンチが愛媛に本社のある『しまなみタオル』から東京支社に異動してきて、新プロジェクトを担当することになるリカと出会うところから物語が始まります。高校の同級生だった研修医のモテ男・三上健一とカンチの集まりで、昔カンチが思いを寄せていた関口さとみと再会し、四角関係が動き出します。
日本発のオリジナルミュージカルが増えてきていますので、作品には“これを舞台化するのか!”くらいのインパクトが必要になるところですが、その点『東京ラブストーリー』は、漫画だけでなくドラマも、30年以上たっても広く支持されている作品ですから、世代を超えて興味を持っていただけるのではないかと期待しています。
台本を読むと、“こういう人いるよね”と思わずうなずいてしまうようなキャラクターたちが生々しく描かれていて、どのキャラクターにも共感できます。漫画を読んだときとドラマを見たときのイメージがかなり異なるので、ミュージカルになったら、また新しい物語が生まれるように作り込んでいきたいです」
──この役を演じることが決まった当初と、稽古が始まってからで、作品のイメージが変わった点はありますか?
「最初に台本を読んだときは、時代背景を’80年代から’18年に変えてあっても正直、どこかで現代との乖離(かいり)を感じてあまり入り込めず、困惑ぎみでした。でも、読み合わせをした時点では違和感を覚えた部分がブラッシュアップされていて、“これなら当時のファンにも、初めて観る方にも共感していただけるのではないか”と思いました。海外を舞台とするミュージカルに出演することが多いので、日本が舞台で日本人役を演じることにも難しさを感じていましたし、音楽の担当はブロードウェイで活躍する方なので、歌がマッチするのかも気がかりな点でしたが、ふたを開けてみたら、日本人好みの曲、しかも今の人が好きそうなものばかり作ってくださり、そうした不安はまったくありません。全体として、みなさんに受け入れていただける作品に進化しています」
──ブロードウェイの第一線で活躍する音楽家であるジェイソン・ハウランド氏が、“自分探し”をしている物語に惹(ひ)かれた、と作曲の依頼を受けたそうですが、ご本人からアドバイスはありましたか。
「7月末にジェイソンさんが来日して、出演者が楽曲を歌い、台詞(せりふ)を調整して作品をブラッシュアップするワークショップが行われたのですが、新しくできた曲はとてもキャッチーで、1回聴いたら鼻歌で歌ってしまうような心地よい曲ばかりでした。リカが傷ついたときに、ひとりで歌い上げる曲があるのですが、そうとう気合いを入れて書いてくださったんだろうな、と感じる印象的な曲です。ジェイソンさんといえば、いつもは壮大な楽曲をイメージしますが、今回は“これぞ! J-Pop”というような、今の時代に支持されるポップな曲調に仕上げられています」
現代では“すれ違い”の状況を作るのが難しい。“新しいリカ”を生み出していければ
──昭和歌謡が今また脚光を浴びていますが、この作品が誕生した’80年代はアイドルブームやトレンディドラマ全盛時代。’85年生まれの笹本さんとの接点は何かありますか?
「ドラマや漫画を見てまず印象深かったのが、ファッションでした。今と同じような着こなしで、昔流行(はや)ったものが何周か回ってまたおしゃれに感じるのかと思いました。小物のコーディネートなどは、今でも参考にしたいくらい。リカは基本的にパンツスタイルなのですが、当時は珍しかったのではないかと思うんです。日本で育っていない、というリカのバックグラウンドをビジュアルでも出せるように工夫していきたいですね。やはり“帰国子女”は、リカの個性を出すポイントですので」
──舞台としての『東京ラブストーリー』をどのように作りたいと考えていますか?
「恋愛模様でいうと、携帯電話があるかないかで、著しく物語が変わりますね。家の電話だけで連絡し合う’80年代だと、約束の時間に来ないけど連絡がとれない“すれ違い”が’物語の核心だったのですが、携帯電話が当たり前という現代の設定になっているところが最大の違いです。現代では、すれ違いの状況を作ることが難しいんですよね。どのように表現されているか、楽しみにしていただきたいパートです。
リカは原作どおりアフリカからの帰国子女として登場しますが、日本人的な感覚も持ち合わせていて、しおらしさもある。でも、納得いかないことは、とことん自分の意見を主張する、という勇気もある。今の時代に共鳴されるような新しい物語になるといいですね」
── 4人の恋愛模様は、時代が違っても引き込まれてしまうような四角関係ですが、それぞれの人物像をどうどらえていますか?
「4人ともポイント、ポイントですごく共感できるところがあり、どのキャラクターも違和感なくスッと入ってくるように描かれています。そして、みんながみんな、不器用に生きている。不器用だからこそ、すれ違ったり思いを伝えられなかったり。日本人らしいメンタリティなんですよね。観る方にも、時代に関係なく、共感する心情が多々あると思います。
カンチとリカの関係は傷つけ合ってばかりですが、男女の不変のあり方でもあります。4人とも、人生を歩んでいこうとするペースがひとりひとり違うんですよね。リカとカンチを比べると、リカはすごく“早い”んです。早足で歩いている。一方、カンチはいつもゆっくり進んでいく。ペースが違うからお互いにイライラしたり、傷つけ合ってしまうのでしょうね」
──今までの人生を振り返って、自分の経験を投影できるところもありますか?
「傷つけ合ったかと思うとまた寄り添ったりするふたりの姿があまりにも身近すぎて、自分の経験を照らし合わせるところが多くあります。特に、思っていることがうまく伝わらなくて噛(か)み合わない、そんなもどかしさは誰もが経験していることですよね。観ている方も、切ない気持ちになったり、ほほえましく感じたり、それぞれの“あのころ”に浸っていただけるはずです。
登場人物はみんな、いいところもあるし悪いところもあるし、器用なところも不器用なところもあって、個性がはっきり分かれています。さとみは、ドラマでは女性から嫌われていた存在なのですが、私にとっては、とても共感できる女性です。さとみの心が揺れ動いてしまい、カンチをリカから奪うような形になってしまうのは仕方がない。それが、さとみのせいではないのだと、どうしても納得してしまいます。
また、リカのように帰国子女で自分の考えをはっきり表明する女性は、’80年代には異質だったかもしれませんが、今は女性が社会進出を実現し、勇気を持って発言できる人が増えてきている。リカのように生きている人が、むしろ普通かもしれません」
──昔はリカ的なキャラクターがあまり日本には存在していなかったから、ドラマが成り立っていたともいえますが、今では「普通にどこにでもいそうな女性像」となると、何か特別感をプラスすることも必要ですね。
「そこはすごく悩ましいところで、やはり、つかみにくい人間像として描かれています。腕の中に捕まえた、と思ったら、いつの間にかスッと抜け出していってしまう。つかみどころのない女性、だからこそ魅力的。そんな見せ方ができたら、観る方にも受け入れていただけるのではないでしょうか。
漫画には漫画のリカ像、ドラマにはドラマのリカ像があって、両者にあまりつながりを見いだせなかったんですよ。それを考えたら、舞台は舞台のリカでいいんじゃないか、“新しいリカを生み出そう”、そのことを第一に念頭においての役作りを心がけています」
これまでの道のりは「挫折だらけ」、舞台『メリー・ポピンズ』で新たな岐路に
──お母様が宝塚出身で、幼少のころから舞台を見て育ち、子役の時代から活躍していらっしゃいますが、ご自身も舞台に立ちたいと思ったきっかけは何かありますか?
「ディズニーのショーが好きで、“自分もあんなふうに人を感動させることができたら”と舞台に興味を持ったんです。将来もプロの役者になるつもりで、小さいころからオーディションを受けていました。13歳から5年間、ミュージカル『ピーターパン』で主演して、舞台には小さいころから出ていたのですが、やはり、母の通ってきた道でもある宝塚に入りたくて、受験スクールに通って準備をしていました。ちょうど宝塚を受ける時期に、『レ・ミゼラブル』のオーディションがあって、エポニーヌ役に合格したんです。そこで、とても迷ったのですが、“エポニーヌという誰もが憧れる大役を射止めたのだから”と宝塚受験は諦めることにしました」
──子役時代から日本のミュージカル界をけん引してきた俳優さんとして、王道を歩んでこられましたね。
「振り返ると、なかなか望んでも叶(かな)わないような道を歩んできていて、自分でも感慨深いですね。自分が演じてみたいと願う役をすべていただいてきました。運が強かったのかもしれません。
一方では、大きな作品の重要な役が舞い込んできて、共演する方は実力のある役者さんばかりということも。自分の実力が作品に追いつかないのに、まわりの期待に押しつぶされそうになったことも多々ありました。歩んできた道は華やかに見えるかもしれないのですが、自分としては、ずっと苦しんでばかりいました」
──挫折を知らない役者さんのように見えますが、やはり厳しい世界なのですね。
「挫折だらけです。中でもつらかったのが『ベガーズ・オペラ』というミュージカル作品で、ジョン・ケアードさんが演出、内野聖陽さんの主演で、ほかの共演者の方々もそうそうたるメンバーが集まっていました。オーディションに受かってキャスティングされたのはうれしかったのですが、いざ稽古に入ってみると、“自分だけ素人が混じっている”という感覚になるほど何もできなかったんですよね。演出家が求めていることが高度すぎて、到達できない。そこそこキャリアを築いてきた、と思い上がっていたんでしょうね。まだまだだな、と実力不足を痛感しました。
演出家も出演者も、みなさん実力者ばかりで、演劇的な理解や技術的な面でどうしても劣ってしまう。自分のテリトリーは歌やダンスでしたから、芝居の難しさを改めて認識させられた苦しい舞台でしたね。乗り越えることができないまま、厳しい公演になってしまったのが心底悔しかったのですが、再演があったことで、“前回の課題を少しは克服できたのではないか、これからも成長していかなくては”と、さらに意欲的になることもできました」
──13歳という最年少でピーターパンの主演をされて以来、5年も続けてこられた役で、思い入れも強いことと思いますが、自分にとってどういう作品だととらえていますか。
「そのときは怖いもの知らずで、無敵だったんですね。子どもって、実は精神的に強いところがあるんです。失敗を知らないから、どこまでも突き進んでいける。年をへるごとに、毎回、舞台の怖さを知っていきました。今となっては、永遠の少年ですから、そのときにしかできない貴重な経験ができて幸いでした。子役として継続的に舞台出演をしていましたが、仕事と学校との両立も家族がうまくサポートしてくれましたし、何に対しても怖いものがなかった時代でした」
──転機となったのは、なんといってもピーターパンとエポニーヌ役だと思いますが、キャリアを積んできた今、新たな岐路になった作品は何かありますか。
「’22年の舞台『メリー・ポピンズ』ですね。ずっとやりたかった憧れの役でした。オーディションに一度落ちているので、これほどうれしかった合格もありませんでしたが、実際に始まってみると、普段の役以上に覚えなければいけないことがたくさんあって、何度も挫折しそうになりました。まず、メリー・ポピンズという存在自体の解釈が難しい。“メリー・ポピンズは人間ではなくて、この世に存在しない何者か、宇宙人みたいな感覚で”という演出家が求めていることが理解できなくて。立ち姿だけでも難しいんです。どうやって歩いたらいいのか、手の動きひとつとっても人間ばなれしていなければならない。憧れの役だっただけに、思い入れが強く、役作りにはそうとう苦戦しました。いったん幕が開いてからは、毎日楽しくて楽しくて、終わるのが寂しかったです。ずっとメリー・ポピンズでいたいなと思うほど。そういう役は初めてでした」
家族の支えに感謝。AI化が進む中、「だからこそ舞台芸術が求められていくはず」
──ご家族で舞台を楽しむこともありますか? 途切れなく舞台に出演していらして、仕事と子育ての両立も大変ではないかと思いますが。
「子どもはまだ小さいのですが、『メリー・ポピンズ』で初めて私の舞台を観たんです。私が女優だということも、もちろんまだ意識していないのですが、喜んでくれていました。主人は、結婚前は劇場に行ったこともないタイプで、私が俳優という仕事をしていることも、あまりよくわかってなかったくらいだったんです。初めて私の舞台を観にきてくれたのが帝国劇場で上演していた『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役でした。“すごい劇場に立っている女優さんだったんだね!”と驚かれました。以来、ずっと応援してくれているし、出演する舞台は必ず観にきて感想を述べるぐらい演劇を好きになってくれました。今では、ダブルキャストで演じることがあると、もう片方の役者さんのバージョンも、自分でチケットを取って観てくれます。プロとは違う意見を言ってくれるのが新鮮で、彼の感想がとても参考になっています。
子育てと仕事の両立も、家族の協力に助けられています。稽古などは何時に終わるかもわからないですし、サポートしてくれる人たちがいるからこそ成り立っています。今後も無理のないスケジュールで舞台と両立していきたいです」
──このところ、日本ではミュージカルの舞台が多いのですが、お子さんもいずれ役者の道を目指すのではないでしょうか。
「私が『ピーターパン』をやっていたころは、それほどミュージカルを上演していませんでしたが、そのころに比べると今は多くの作品が上演されています。気軽にミュージカルを観に行けるようになりましたよね。いろいろな仕事がAIでできるようになってきましたが、AIでは絶対に人の心を動かせない、こういう時代だからこそ、舞台芸術が求められていくのだろうと考えています。ただ、子どもが同じ世界に入りたいと望んでも、積極的にすすめられないかもしれません。私は、“つらい茨(いばら)の道”、と母に言われ続けてきましたが、まさにそういう感じですから。もちろん、いろいろなことを経験して、最終的にその中で演劇を志望するのであれば応援します。今回の舞台も観にきてもらいたいですね。
『東京ラブストーリー』は、音楽がわかりやすいので、年代を問わず物語に入っていきやすいはずです。誰もが共感できるストーリーや、聴きどころも満載の音楽を楽しみに、ぜひ、劇場にいらしていただければと思います」
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita)
【PROFILE】
笹本玲奈(ささもと・れな) ◎女優。1985年6月15日生まれ。O型。’98年に舞台『ピーターパン』で5代目ピーターパンを演じて主演デビュー。’07年に『第32回菊田一夫演劇賞』演劇賞、’08年に『第15回読売演劇大賞』優秀女優賞・杉村春子賞を受賞。その他、舞台『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』などに出演。’22年は『メリー・ポピンズ』に主演したほか、11月27日からは『東京ラブストーリー』に出演。’23年3月より『ジキル&ハイド』に出演予定。
2022年11月27日〜12月18日@東京建物 Brillia HALL
原作:柴門ふみ/音楽:ジェイソン・ハウランド/脚本・歌詞:佐藤万里/演出:豊田めぐみ
キャスト:柿澤勇人、笹本玲奈、廣瀬友祐、夢咲ねね、濱田龍臣、唯月ふうか、増子敦貴、熊谷彩春(以上8名、チーム別ダブルキャスト)、綺咲愛里、高島礼子ほか
※公演詳細やチケット情報はホリプロ公式HPへ→https://horipro-stage.jp/stage/love2022/