グラビアアイドルとして一世を風靡(ふうび)した忍野さら。現在、女優×書道家「雨楽(うら)」としての活動に注目が集まっている。書くことは文字の意味と向き合うこと、と位置づける忍野は、日々、深く思考の海に潜り続ける。文字という型にとらわれず、「モノクロの平面」という舞台上で感情を揺さぶる表現を目指す。色気をまとう文字を描く忍野さらとは一体……? 新進気鋭、異色の書道家に聞いた。
“忍野さら”がなぜ書道を?
──さらさんが書道に出合い、書道家の道に本格的に進もうと思ったきっかけは?
祖母が書道家なので、幼い頃から書は身近にありました。祖母は整った字を書くのに対して、私はつい思いのまま筆を進めてしまうので、わりと崩した字ができあがってしまいます。
──それはずいぶん対照的ですね。
私自身、最初は書道家になろうとは思っていなかったですが、ただ楽しくて、熱中してるうちに師範が取れて。書道で、より幅広く挑戦したいと考えたときに「書道家」という肩書を持ったら、もっと視野が広げられるのかもと考えました。
書道家と名乗らせていただいていますが、仕事という感覚はなく、書を書くことで自分自身が落ち着くので、これは「本気の趣味」ですね。
──さらさんの書道のこだわりは?
「文字の色気」ですかね。
──色気ですか?
作品に、ちゃんと生(せい)を含んでいたい。「生きる」の生です。
言葉を自分なりに飲み込んで、そこから自分を削り取って出た、身体の一部のような感覚で生み出しています。書道以外にも通ずると思うのですが、命の宿るものには、儚(はかな)さやムードが漂い、それが色気を纏(まと)っていくのではと思っています。
歪(いびつ)でも不器用でも、本物がいい。
紙一枚に白黒の世界でも、頭の中に何かしらのインスピレーションが浮かぶような、見た人の五感に伝わるものを作れたらうれしいです。私の書は抽象画に近いのかもしれませんね(笑)。
──こう書くぞというイメージを持たずに書いているのでしょうか。
わりとそうかもしれません。決まりって特にないじゃないですか。例えば縦の線を横に寝かせたっていい。極端なことを言えば、点がはみ出して紙の裏にあったっていいんですよ! 見てもらったときに、何かしらを感じてもらえて、心が少しでも動いてくれるものであれば、それが私の作品の存在意義かなって思います。
ですが、師範を取得した後も、基礎にのっとった文字を書く特訓をする時間も大切にしています。伝統に沿って字を書くのも、歴史を感じられたり、無心に集中できて楽しいですし、しっかり腕が磨かれます。
私は現在、行書の師範を持っていますが、あと少しで隷書の師範も取得できそうなので、もっともっと修業に励みたいと思います。
過去から今へつながる心境の変化とは
──グラビアアイドル時代について教えてください。
グラビアを始めた当時は20歳。ありとあらゆる経験をさせてもらったんですけど、いろんなことがありすぎて、正直あまり覚えてないんですよね(笑)。でもとにかく一生懸命でした。
──当時と今とで心境の変化は何かありますか?
昔は自立していて、自分で自分を守れるような強い女性に対する憧れが強かった。でもそれは、きっと自分の弱さからくる反発心だったと今は思います。
物事を考えすぎて、落ち込みだすと堕ちに堕ちてしまい、私生活がボロボロみたいになってしまったことも何度かありまして(笑)。
考えたり、気にしたりすることがいけないことなんだと思って、閉じこもっていったような時期もありましたが、それは間違いだったと最近になって思います。強さって、不感症になることではないんだなと気づきました。
──強さって難しいですよね。
言葉の意味や、さまざまな考え方を知っていくうちに、私自身の心の引き出しが増えて、中ぶらりんな感情をどこかに落としこんでいけるようになり、とても楽になったんです。
そうなってからは反対に、わからないものをわからないままにしておくのも悪くないのかもしれないとも思えるようにもなりました。
グラビアを通じて改めて、自分はやっぱり表現したり、何かを創ったりすることが好きなんだなと感じられました。グラビア時代は、書道でたとえるなら「墨をすっている時間」かな。
──(笑)。
「この話をするとハイボールが飲みたくなるんです」
──墨をする時間だったグラビア時代と比べて女優業はどうでしょう?
まだまだ未完成です。
女優業は苦戦していますが、一歩一歩とにかく地道にやっていこうと思っています。まさに日進月歩ですね。女優業に転身して今は3年目ですが、悔しいこともたくさんあります。あぁ、この話をするとハイボールが飲みたくなるんですよ(笑)。
──買ってきましょうか?(笑)
お願いしま、、、いや、大丈夫です!
25歳くらいのとき、グラビアアイドルを辞めて、とことん自分を見つめ直したことがあったんです。「変わりたい!」と強く思ったんですね。もっと自分の感覚を研ぎ澄ますべきだと思いました。
「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という言葉がありますが、まさにそれで、他人に対して理屈を並べる前にまず自分の足元を見直そうと。
──具体的にはどういったことから変えていったのでしょう?
そのときは流動的に入ってくる情報は、ほとんど遮断していました。テレビを捨てて、SNSも基本見ない。細かいことで言えば、家の中にある文字が書いてあるラベルなんかも全部はがしてみて、自分の時間は基本的に「空白の世界」。超暗いですよね(笑)。
──そこはノーコメントで(笑)
なりたくない自分でいるぐらいなら、たとえ世間からはぐれても構わないと思いました。自分とは一生の付き合いですからね。
昔は自分にできること、できないことが自覚できていなくて、なんでもかんでも「やります! できます!」と言っては、鳴らせない音を無理やり鳴らそうとするようなところがあったんですよね。今は、自分に鳴らせる音を鳴らせればいい。限られた音を、よりきれいに鳴らせる努力をしていきたいと思うようになりました。
そんな時間を経てようやく、人として自分のチューニングが合ってきた。音が合うような瞬間を感じられるようになってきたかなと思ってます。
雅号「雨楽」の意味
──雅号「雨楽」の由来を教えてください。
雨の日も楽しむ。雨の日こそ気楽に、です。
私、雨は嫌いじゃなくて。雨の日って、なんだか許されるような気持ちになったことありませんか? 今日は無理しなくていいじゃん。雨なんだからさ。みたいな。雨が許してくれる。寄り添ってくれる。洗い流してくれる。楽にしてくれる。そんな理由で「雨楽」なんです。
──書家になってみて改めて書道のいちばん好きなところはどこですか。
「一発勝負で嘘がないところ」です。
躊躇(ちゅうちょ)すると字もブレますし、二度書きも見る人が見ればすぐにバレます。
書けないときは全く書けなかったりしますが、自分のテンションが如実に現れるのも面白いところですよね。
──文字は人を表すって言いますしね。
そうですよね。特に書道は、何千本もの毛束で文字を書くわけじゃないですか。それって、毛が一本脱線するだけでガラッと変わってしまう。とても繊細な世界なので、心が写し出されるのだと思います。
私は曲線を描くのが大好きな曲線オタクで、うねうねとした文字ばかり書いているので、タコのような女かもしれません(笑)。普段は愉快なおじさんみたいなキャラですが(笑)。
初個展「うららか」について
──今年3月には書道家として初めての個展「うららか」を開かれましたね。
個展はお祭りのような感覚で、テーマは“大人の始業式”でした。
年齢を重ねていくと、年度の始まりって感じにくくないですか? 私はむしろ、春は気候が暖かくなるせいか、ぼーっと過ごしてしまいがちです。大人になってもちゃんと節目があったらいいなと思い、春の訪れを表す「うららか」というタイトルにしました。
会場の手配やレイアウトなど、すべて自分で考えられるのは、やりがいを感じて楽しかったですし、足を運んでくださったお客さんの笑顔が見られるたび、うれしくて胸がいっぱいになりました。
──私も拝見させていただきました。作品にしたためる言葉は、ご自身にとってどんな意味がありますか?
私の場合「言葉」に敬意を持ちながらやっています。
私自身が「言葉」に救われることがよくあります。言葉の意味ってちゃんと調べると面白くて、思考を転換する潤滑油になってくれるんですよ。
例えば「諦める」という言葉がありますよね。諦めるって、挫折だったり、途中でやめるような、ネガティブな意味で使いがちですが、本来は「物事を明らかにし、受け入れる」という意味が込められてます。不必要な苦しみは手放そうということです。
──本当は優しい意味も含まれているんですね。意外です。
言葉って昔の人が作ったものなのに、時代背景が変化しても変わらず人の心に響くものばかりで驚かされます。
私がこれから成し遂げたいこと
──書道での目標はありますか
世界制覇! 日本の文化が好きなので、学んで、いろんな場所や国で発信できるようになりたいです。夢は大きく! そうですね、赤道を墨汁で塗ってやるぜ! くらいの気持ちです(笑)。
──これはまた大きく出ましたね(笑)。
あとは、書道に通じるものを発信する場として「忍野堂(おしのどう)」という場を構えているのですが、これからどんどん忍野堂を展開していきたいです。私の作品が、誰かの心の片隅にあるお守りのような、厄除けのような、みんなの心の盛り塩のような存在になれたらとてもうれしいです。
──そんなさらさんのポリシーを教えてください。
社会と世の中と時代の流れに媚びないこと。書道もそうですが、文化って、時代に媚びないからこうやってそのまま残っているものだと思うんですよ。だから私も媚びたくない。もちろん、流行を否定するわけではありません。ただこれが、今の私が、私らしくあるためのやり方かなと思っています。
──これからどのような人生を歩んでいきたいですか。
もう一度同じことをしろと言われてもできないような人生がいいな。そう、「一筆書きの人生」がいいですね。
(取材・文/羽富宏文)
〈プロフィール〉
忍野さら 1995年生まれ。グラビアアイドルとして一世を風靡。その後、女優業にも進出。テレビドラマ、映画、舞台などで活躍中。書道師範の資格を持ち、今年3月には初の個展「うららか」を開催。雅号は「忍野雨楽(おしのうら)」。
〈執筆者プロフィール〉
羽富宏文 1974年生まれ。主にノンフィクションの現場で取材を重ねてきたフリーの編集者・テレビディレクター。インタビュー記事で心がけているのは「その人のファンを増やすこと」。