『らんまん』第20週、万太郎(神木隆之介)はキレンゲショウマの発見で、教授・田邊(要潤)に遅れをとった。でも祝福する万太郎。という話はさておき、寿恵子(浜辺美波)と聡子(中田青渚)の週だった。万太郎と田邊の妻2人、それぞれが「スーパー内助の功」を発揮した。同時に2人ともが、殻を破っていた。そんな寿恵子&聡子ウィーク、まずは寿恵子の話から。
長屋にまでやって来た借金取りの磯部(六平直政)との交渉で、寿恵子は完全に勝利を収めた。丁々発止のやりとりを繰り広げ、返済繰り延べどころか追加融資まで勝ち取ったのだ。担保は万太郎とそのビジネスの発展可能性のみ。まるでスタートアップ企業のCFO。そんな手腕を見せた。
と書いておいて何だが、この日の寿恵子、CFOでなく黒薔薇純子だった。「誰?」とツッコまれそうで恐縮だが、黒薔薇はドラマ『ピュア!〜一日アイドル署長の事件簿』で浜辺さんが演じたヒロインだ。2019年にNHKで放送され、「清純派を装っている腹黒系売れないアイドル」という設定だった。
すごく面白かった。私はこれで浜辺さんを認識し、心にテークノートした。だって黒薔薇、カッケー女子だったのだ。一日署長になるたび殺人事件が発生し、警視庁捜査一課の刑事・東堂(東出昌大)が登場する。トレンチコートをバサバサさせて、エリートでございと訴えているわりには抜けている東堂だから、黒薔薇、ビシビシ説教する。
「はっ、バカかおまえは。本人のSNSだけ調べてどうする」
「世の中ってのはな、おまえら警察が考えてるほど、甘いモンじゃねえんだよ」
強気だけどなんかケロリとしていて、そこが好きだった。いいぞ、黒薔薇、いいぞ、浜辺さん──。そんな記憶をこっそり抱え、見続けた『らんまん』。折り返しをだいぶ過ぎて、やっとケロリ系浜辺さんに会えた。磯部と交渉する寿恵子、黒薔薇風味だった。
啖呵を切り、追加融資を引き出した寿恵子
200円の借金の期限が過ぎているのに、「2円50銭しか返せない」という寿恵子。磯部は石板印刷機を売れば100円くらいにはなる、それより奥さんを売り飛ばそうかと近づいてくる。投げ飛ばし、啖呵を切る寿恵子。「たかが200円のはした金、あー、ちいせえ、ちいせえ」。そこからケロリ系寿恵子だった。
「知らざあ言って聞かせやしょう。この家の主(あるじ)が正体、この世に雑草という草はなし、植物学者、槙野万太郎たあ、この主のこと」
磯部に笑ってみせる寿恵子。にっこりでなく、にんまり。「白浪五人男ですか、変わった奥方で」と言ってしまった磯部は、もう寿恵子の軍門に下ったも同然。その機を逃さず、あらためて商売のお話を、と寿恵子。万太郎の植物図譜を見せる。
今のところ自腹だが20銭で300冊、60円の実入りがある。そう言ってから、磯部を質問攻めにする。「こんなに珍しくて可愛い植物が載っているのに、どうして版元が見つからないんでしょう?」「磯部さまは、この図譜に価値がないとお思いですか?」。そして馬琴を引き合いに出す。「馬琴先生が版元の蔦屋重三郎と組んで、いくらお稼ぎになったか知ってますか?」。
この調子で200円の追加融資を獲得する。やったね、寿恵子。心で拍手をしたのは、3年前の場面があったから。それは峰屋をたたんだ報告に綾と竹雄がやって来たときのこと。寿恵子は綾に、八犬伝を見せていた。綾と万太郎は、運命に導かれ戦う八犬士のようだと言った。その点、自分は何の取り柄もない、「(八犬士の)戦いを見ている村人、もしくは草むら」だと言っていた。
聡子が古株の女中に勝った瞬間
綾も竹雄も、生活能力のない万太郎を支える寿恵子を大人物だと評価していた。だが寿恵子の自己評価は「草むら」だった。3年たち、寿恵子は万太郎から「わが家の軍師」と呼ばれていた。自己評価がどう変わったかはわからない。でも寿恵子は変わっていた。借金取りを手玉に取る“手法”を獲得していた。いいぞ、寿恵子、いいぞ、浜辺さん。
もう1人、変わったのが聡子だった。森有礼(橋本さとし)の死、女学校の廃止など田邊に突然、アウェーの風が吹きまくった。ブランデーらしきアルコールを飲みまくる田邊を聡子が止める。もともと忙しすぎたのだ、これでようやく自分のことに打ち込める、そう言って聡子は田邊のよいところを列挙する。
コーネル大学に日本で初めて入学し、この国で最初に植物学を修めた、鹿鳴館、西洋の音楽、ローマ字。「今、旦那様が始めた学問には、続く方たちがいます。あなたが、始めたんです」。夫に対し、ずっと「旦那様」と言っていた聡子。それが初めて「あなた」と言った。「聡子、ありがとう」という田邊に、少し勝ち誇ったような顔を見せた。そう思ったのは、私だけだろうか。
場面が変わって、朝か昼。お外にまだ人がいます。娘が聡子にそう言った。お父様は強い、だがお父様を守れるのはお母様とあなた方だ。そう言って聡子は玄関に向かう。横に女中もいる。「奥様、私が」というのを左手で制し、外に出る。これまでしてやられていた古株らしい女中に勝った瞬間だった。「みなさま、ごきげんよう。何かご用ですか」。
以上、寿恵子と聡子ウィークだった。スーパー内助の功と2人の成長ぶりを見て、ちょっと予感がしてきた。「内」から「外」へ、2人が歩み出す。そうなるといいのだけど。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。