2022年12月初旬。「メタばあちゃん」と称されたプロジェクトの一環で、「ひろこ(85)」と名乗るVTuberが突如としてSNS上に現れた。Twitterに投稿されたのは、ピンク色の髪が印象的なかわいらしい女子高生アバターによる、1分の挨拶動画。その動画をチェックすると、ひろこさんの声はたしかに、どこか懐かしい地元の「おばあちゃん」という雰囲気である。
ひろこ85歳です。現役の後期高齢者です。
広島県出身。バカ孫に言われ、あいどる活動を始めました。お友達も募集中です。#新人Vtuber #Vtuber始めました pic.twitter.com/gDUanfO6pf— ひろこ(85)【メタばあちゃん®︎】 (@meta_grandma) December 7, 2022
日本では、ずいぶん前から少子高齢化が叫ばれている。内閣府『令和4年版高齢社会白書』によれば、2021年の高齢化率は28.9%、2025年には30%に達するとの予測値が出ているほど深刻な問題だ。人生100年時代ともいわれる中で、長くなる高齢期をどう過ごし、どのように社会を成り立たせていくのかは非常に大きな社会課題である。
メタばあちゃんの活動には、このような社会課題について考えるヒントや、私たち自身が今後の人生をどう生きるかという問いに向き合うヒントがあるのではないか。そう思った筆者は、メタばあちゃんプロジェクトを運営するOTAGROUP株式会社 代表の下西竜二さんとひろこさんにオンライン取材を実施。活動開始のきっかけや活動にかける想い、高齢化が進む社会でテクノロジーをどう生かすかなど、多岐にわたるテーマでお話を伺った。本記事は、その第1弾。まずは、ひろこ(85)さんの活動への想いや、下西さんがメタばあちゃんプロジェクトを始めたきっかけについて迫っていく。
「今がいちばん幸せ」と語るVTuberひろこ(85)さんはどんな人?
──今日はありがとうございます。まずは、メタばあちゃんプロジェクト0期生として活動されている「ひろこ(85)」さんにお話を伺っていければと思います。ひろこさん、改めてメタばあちゃんプロジェクトの活動は楽しいですか?
ひろこ:だんだん面白くなってきましたけどね。最初は孫に何やら言われるままに活動を始めて、こんなに続くとは思っていなかったもんで。いろいろな人からお手紙とかコメントなんかをもらったりすると、面白いなと感じますね。
──ひろこさんのアバターは、ピンク色のヘアカラーが印象的な、サイドポニーテールの女子高生。とてもかわいいですよね。アバターを初めて見たとき、どのように感じたのでしょうか。
ひろこ:ピンクの髪でかわいいなと。でも、本物と全然違って私も歳ですから。なかなか、かわいくは言葉が出んですよねえ(笑)。
──VTuberとしてお話されるとき、大切にしていることはありますか?
ひろこ:みなさんが聞いて、心に残るような、よかったなと思ってもらえるような話がしたいと思っています。
──ひろこさんのVTuberとしての活動がスタートしたとき、最初の自己紹介動画の中で「孫から“若いときに実現できんかったことを、メタばあちゃんとして実現していってくれ”と言われた」と語っていたのが印象的でした。ひろこさんは若いころ、どのように過ごしていたのでしょうか。
ひろこ:1938年生まれの私らの年代は、今の若い人と違って、一生懸命働くことだけだったんですね。働くことと、子育てで精いっぱい。昼間もランチなんて行けないし、着飾ることもしないです。働きづめですよね。それこそ、私の実家は母親が早くに亡くなって、貧乏だったこともあって、生まれたときから背中に子どもを背負わされるような生活でしたから。苦労の連続じゃったですね。だから、孫たちと平和に穏やかに暮らせている今が、いちばん幸せですよね。
──お孫さんと暮らす今がいちばん幸せ。このような情勢だからこそ、響くものがありますね……。ちなみに、活動をプロデュースしている下西竜二さんは、ひろこさんから見てどのようなお孫さんですか?
ひろこ:素直でいい子だけど、私には全然わからんような仕事をしとるのでね。ずっと家におって、パソコンやら携帯やらいじってるでしょう。本当にこれで食べていけるのかが、心配ですよね。この活動をやってくれと言われて、これで少しでも孫にお金が入るならという気持ちもあります。できたら会社勤めをしてくれたら、安心なんだけどねえ。
ひろこ(85)は「優しさの塊」のようなおばあちゃん
──ここからは、メタばあちゃんプロジェクトを運営されているOTAGROUP株式会社 代表の下西竜二さんにお話を伺っていきたいと思います。ひろこさん、下西さんのお仕事のことをとても心配されていましたね……(笑)。
下西:そうですね(笑) ずっと家で仕事をしているので、おばあちゃんは僕のことをプータローだと勘違いしているのかもしれません。先ほどおばあちゃんが言っていた「この活動を通じて孫にお金が入れば」という話について、ひとつだけ補足をしたいのですが、この活動の収益は僕には一銭も入りません。すべておばあちゃんへの報酬と、僕を育ててくれたクリエイティブプロデューサー育成塾や、若者を支援しているNPO法人などに寄付する予定です。
でも、おばあちゃんが僕の心配をしてくれているのも、優しさの塊のような人だからだと思います。人の悪口は言わないですし、聞き上手なので周囲の人からも愛されていて、よく友達から野菜のおすそわけをもらってくるんですよ。おばあちゃんのことを知る人がVTuberひろこ(85)の動画を見たら、「あの人がこんなことを言うはずがない」と思うのではないでしょうか。
──ひろこさんの人柄を動画から感じ取れるからこそ、多くのファンがついたのだと感じました。
下西:たしかに、僕のおばあちゃんの「優しさ」にはスター性があったのかもしれません。意外と身近なところにスターが隠れていたんですね。
──下西さんは、ひろこさんと仲がいいのですね。お孫さんがおばあちゃんと一緒に何かの活動をする事例は、なかなか珍しい気がします。
下西:僕は「めちゃ」がつくほど、おばあちゃん子だと思います。生まれたときから一緒に暮らしていて、幼稚園のときは、まだ働いていたおばあちゃんによく迎えに来てもらっていました。帰り道にマクドナルドに寄って、ハッピーセットを食べてから家に帰っていたのは、今でもいい思い出です。
地元のお祭りも、両親ではなくおばあちゃんとふたりで出かけていましたね。おばあちゃん、孫の僕に甘いんです(笑)。くじ引きや金魚すくいなど、何でもやらせてくれて。僕が「おばあちゃん、もういいよ」と言っても、「いいから、好きなものやりなさい」とお金を持たせてくれるような、そんなおばあちゃんでした。
おばあちゃんも含めて家族とは高校まで同居して、大学からは東京でひとり暮らしをしていました。2年前まで東京で働いていたのですが、Uターンで広島に戻ってきてからは、また実家でおばあちゃんと暮らしています。
秋元康さんの教えから生まれた、メタばあちゃんプロジェクト
──そもそも、なぜ「メタばあちゃん」というユニークなプロジェクトを開始したのでしょうか。
下西:メタばあちゃんのアイデアにたどり着いたのは、クリエイティブプロデューサー育成塾の「みらい塾」(※) に通ったことが大きなきっかけでした。特に大きな影響を受けたのが、AKB48グループなど数々のアーティストを手がけられた秋元康先生の講義で、企画の考え方について「誰も行かない領域に挑戦すべき」という言葉をいただいたんです。
※みらい塾:芸能事務所「TopCoat」代表の渡邊万由美氏が主催する、一般財団法人渡辺記念育成財団のクリエイティブプロデューサー育成塾。
秋元先生の講義を受けてから、僕なら何ができるかをずっと考えていたのですが、あるときふっと思い浮かんだのが「おばあちゃん」というキーワードでした。「エンターテインメント×若い女性アイドル」はすでに群雄割拠の状態。でも、おばあちゃんは誰も行かない領域だろうなと思ったんですね。
──なるほど。そこから「メタバース」とのかけ合わせに至ったのは、どうしてだったのでしょう?
下西:「おばあちゃん」というキーワードで何かできないかを考えていたころ、僕の会社で広島県内の商店街をメタバース化するプロジェクトがあったんです。その中で、高齢者がメタバースで交流を図るというアイデアが出ていて、冗談でメタバースとおばあちゃんを組み合わせた「メタばあちゃん」なんて面白いかもねと話していました。そのときの語呂合わせがもとで、メタばあちゃんプロジェクトが誕生しました。
そのため、先ほど僕のおばあちゃんがインタビューの中で話していたとおり、最初は「ひろこ(85)」もサンプルボイスを収録するためだけの活動だったんですよ。
──それが、大きな反響を呼んだと。
下西:そうなんです。おばあちゃんが、かわいらしい女子高生のアバターで話しているのが面白いと、ありがたいことに非常に大きな反響をいただきました。まさかここまでバズる活動になるとは思っていなくて。僕自身も驚いていますね。
◇ ◇ ◇
第2弾では、下西さんがメタばあちゃんプロジェクトを通じて考えた「高齢者の生きがいづくり」や新メンバーオーディションの状況、これからの日本に必要なことなどを伺っていく。
(取材・文/市岡光子、編集/FM中西)