23歳で「劇団3〇〇(さんじゅうまる)」を旗揚げし、小劇場ブームをけん引。今日まで、劇作家・演出家・俳優として、幅広く活躍し続けている渡辺えりさん。60代の今も情熱的に仕事に人生に向き合う渡辺さんのロングインタビューを2回に分けてお届けします。熱のこもった言葉から、生きていく元気をもらえるはずです。
【第1回】では、現在出演中のキムラ緑子さんとのダブル主演による大人気舞台“有頂天シリーズ”第4弾『有頂天作家』への深い思い、段ボール3箱分の両親からの手紙について……などを語っていただきました。
女同士の友情は、濃くて強くて揺るぎないもの
──2020年3月~4月に上演予定だった舞台『有頂天作家』ですが、コロナウイルス感染拡大防止のため、公演が中止となりました。2年の時を経て上演が実現したことについての心境を教えていただけますか?
「本番ができると信じて、死ぬ気で稽古をしていたのに、残念ながら中止ということになりましたので、ようやく2年ぶりにできるということに心から嬉しく思っています」
今作は、名優・杉村春子さんのために書き下ろされ、1992(平成4)年に新橋演舞場で初演、1994(平成6)年に再演され読売演劇大賞・最優秀作品賞を受賞した名作『恋ぶみ屋一葉』を、タイトルを『有頂天作家』と改め、さらに渡辺えりとキムラ緑子の二人ならではの掛け合いの面白さや相性の良さを加えた、恋文が紡ぐ歌あり踊りありの極上喜劇。
舞台は明治43年の東京。恋文の代筆屋を営みつつも自身の恋には奥手な前田奈津(キムラ緑子)の前に、21年前に亡くなったはずの親友・元芸者の羽生きく=小菊(渡辺えり)が現れる。親友の登場により、これまで秘めてきた恋心が芽吹き始め……。売れっ子作家・加賀美涼月(渡辺徹)をめぐる二人の恋模様はちょっと複雑で、一途ゆえの騒動はどこか愛しく笑いを誘う。コミカルかつ繊細に描かれた「大人の恋」の物語。
「この戯曲に出合ったのは、30年くらい前になります。杉村春子さんと乙羽信子さんの舞台『恋ぶみ屋一葉』の切符が取れなくて、客席後方にある監事室で拝見したんですけど、すごい芝居だなと思って、本当にもう号泣しちゃって。そのときに、(作・演出の)齋藤雅文さんにも初めてお会いして、“え! 自分と同い年の人がお書きになったんだ”と思ったのを印象深く覚えています。
作品のテーマが素晴らしいんです。私も劇作家のひとりなものですから、虚構のものを書いていく業のようなもの……夢見る力ですね。そういった恋心みたいなものを支えにして生きていく。杉村さんがおやりになって、今回は緑子ちゃんがおやりになる奈津の、作家になれなかった代筆屋としての心情。恋しているんだけれども報われないという感情のまま、文章の中に入り込んで生きようとする女性の姿。男社会の中で女性がなかなか仕事を持てなかった明治時代の女性文学家の生きざまを描いているところに、本当に感銘を受けました。その作品をやれるとは思っていなかったので、決まったときは本当に嬉しい思いでしたね」
──キムラ緑子さん演じる奈津と、渡辺さん演じる小菊との友情の物語でもある今作。渡辺さんが共感されるところは?
「私も9年前に親友を亡くして、会いたくても会えないという状況なんです。奈津が死んだと思っていた小菊に会ったら、本当に嬉しいだろうなと思ったんですよね。信頼している親友が、20年ぶりに目の前に現れたらどんなに幸せかっていうことを想像しながら、演じようと思っています。女性同士の友情というのは、濃くて強くて揺るぎないものだと私は思いますね」
夢見る力というのが一番必要な時代だと思う
──ダブル主演を務めるキムラ緑子さんは渡辺さんにとってどんな存在ですか?
「一緒にやれなかったこの2年間も、松竹さんの舞台を2本やらせていただきました。有頂天シリーズを緑子さんと3回やらせていただいたので、 “緑子ちゃんならどうするだろう?”とつい考えますね。実際はサバサバした方ですが、演技をすると色っぽい方ですよね。
有頂天シリーズではずっとコンビを組んでやらせていただいて、ケンカしたり助言し合ったり、当たり前のようにお芝居をやってきたので、改めて存在が大きく見えてきましたね。出演されている舞台を拝見して、役者さんとして一皮も二皮もむけていく姿を観客として体験させていただきましたし。
私もコロナ禍で6本の舞台を命がけで、身体を張ってやってきたこの2年間だったので、得たものを今回の舞台で全部惜しみなく出したいと思っています。たぶん緑子ちゃんも、この2年間の中でのいろいろな思いをぶつけてくれるんじゃないかと、すごく楽しみにしています」
──今作で4作目となる有頂天シリーズは、渡辺さんにとってどんな意味を持つ作品なのでしょうか?
「日本には昔から、すごい劇作家が数多くいるんですね。有頂天シリーズの第1作『有頂天旅館』の北條秀司さんの戯曲もそうですが、素晴らしいものがたくさんあって。それが再演されないまま眠っているんです。戯曲というのは小説とかと違って、誰かが演じてくれないと生きないので、眠ったままだと死んだも同然で。演じられることで初めて息を吹き返す。古典の戯曲の普遍的な力に、現代の劇作家が時代に合わせて味つけをして、コメディとしてよみがえらせたいという思いですね。
今、世の中には笑いが必要というか。格差社会になってきて、富める者と貧しい者の差が昔よりも広がっていて。そこには演劇の力、夢見る力というのが一番必要な時代だと思うわけです。上から目線じゃなくて、同じ目線で見せていく演劇が。どんな悲劇であろうと、どんな運命を背負った人物でも、夢の中みたいに雲の上に突き出るようなハイテンションな有頂天の状況を見せて楽しんでいただく。それが有頂天シリーズだと私はとらえています」
両親からの手紙、段ボール3箱分に詰まった愛情
──この2年間、コロナ禍で人と人が実際に出会うことが難しい状況でした。この作品は手紙がキーワードになっていて、文字で人に心を伝えるという話だと思います。文字で伝えることの意味について、感じていることがありましたら教えてください。
「SNSの時代になって、文字をより使うようになったんですね。ところがそれが本当に恐ろしくて。飲み会に行ってその場で言い争えばいいようなことを、酔っぱらってついつい書いて投稿しちゃって、それが炎上して人生を変えてしまったりする時代じゃないですか。でも、手紙の場合は、まず届くまでには3日、4日かかる。書いてから出そうか出すまいかでもちょっと時間がかかりますよね。そして、すごく吟味して選んだ言葉を書くことができるっていうのが、手紙の一番のよさだなとつくづく思うようになりました。このコロナ禍、いろいろなやりとりで、ものすごく文章を書きましたね。そこで、手書き文字のよさを改めて感じました。
手紙といえば……。私の両親は二人とも今は介護施設にいて、認知症なんですけど。私が山形から上京してきた年から、両親が送ってくれたハガキと手紙が、段ボール3箱くらいあるんですよ。忙しくて封を切ってないものもあって、もう本当に親不孝だなと思うんですけど、実はそれを今、改めて読み返しているんです。私が施設から帰ると号泣する、赤ちゃんみたいになってしまった母親がくれた手紙。それを読み返すと、やっぱり泣けてきますね。
44年前に出してくれた封書を開けてみたら、中に5000円入っていたんですよ。手紙には“とりあえず手持ちの5000円だけ入れました”ってことと、母の日に贈った“カーネーションが届きました”というお礼が書いてあって。そういう手紙が、段ボール3箱。読んでも読んでも終わらない、両親の私に対する愛情で。それに対して、2~3通くらいしか返事を出していない自分。死ぬ気で舞台をずっと続けてきて、親の手紙を読む暇もないくらいに没頭して67歳の今日まで来たってことと、その手紙と、今向き合っている最中です」
──これまでの演劇人生で、大切にされてこられたポリシーはどんなことでしょうか?
「毎回、新鮮に初めてやるようにしたいということは、心がけています。芝居を作ったり向き合うときに、この前の延長だとか思わずに、新しいものとして対峙(たいじ)するんだってことは、いつも大事にしてきたと思いますね。芝居の戯曲を書くのでも演出するのでも、そこに以前の体験とかが入っていくことは、もちろんいいことだと思うんですけども、やっぱり毎回、気持ちを込める。気持ちを入れて、ひとつずつやるっていうのは、とても疲れる作業ではありますが、それはこの仕事を始めてから、ずっと心がけてやっていることだと思います」
(取材・文/井ノ口裕子)
《PROFILE》
わたなべ・えり 1955年1月5日、山形県出身。1978年に劇団2〇〇(その後劇団3〇〇に改名)を結成。小劇場ブームをけん引する。現在は「オフィス3〇〇」主宰。作・演出・出演の3役を担い、1983年『ゲゲゲのげ~逢魔が時に揺れるブランコ』で岸田國士戯曲賞、1987年『瞼の母―まだ見ぬ海からの手紙』で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞するなど、多くの話題作を発表。2004年『今昔桃太郎』、2009年『新版 舌切雀』では歌舞伎の作・演出も手がけた。舞台のみならず、ドラマ、映画、執筆活動など、各分野で活躍。近年、歌手活動にも精力的に取り組んでいる。2019年より日本劇作家協会会長。2021年4月には個人事務所を立ち上げ再スタートを切った。
《喜劇名作劇場》恋ぶみ屋一葉『有頂天作家』
作・演出:齋藤雅文
出演:渡辺えり キムラ緑子/大和田美帆 影山拓也(IMPACTors/ジャニーズJr.)春本由香 瀬戸摩純 長谷川純 宇梶剛士/渡辺 徹 ほか
日程・会場:【京都公演】2022年1月15日(土)~28日(金)南座 ※公演終了
【東京公演】2月1日(火)~15日(火)新橋演舞場
チケットに関するお問い合わせ先/チケットホン松竹 0570-000-489