テレビやイベントを通じて、山の魅力を発信している漫画家の鈴木ともこさん。新刊『山とハワイ』にまつわるインタビュー前編では、“知られざるハワイの魅力”についてお聞きしました。
インタビュー後編では、ハワイの人の自然との向き合い方や、「自分が大切にするものを堂々と大切にしながら、異なる他者の価値観も尊重する」という現代のハワイ社会の考え方から鈴木さんがどんなことを思ったのか。現地で出会った人々とのエピソードなどもあわせて伺いました!
自分の当たり前は、誰かの当たり前ではない
──今作では、火山の女神・ペレが随所に登場し、ハワイに伝わる神話について説明しています。神話からご自身の生活や考え方に影響されたことや学んだことはありますか?
私がハワイに行って興味を持ったことのひとつが神話でした。中でも、火山の女神・ペレは、ハワイ島の方々にとって今でも当たり前に存在しているものと捉えているんです。自然に対する畏怖の念や敬意を抱きながら、“それが自然だから”というふうに受け止めていて、“自然の前では人間はちっぽけでどうしようもできない。だからこそ感謝しながら生きていこうね”という思いを、ハワイに行ってすごく感じました。
日本でも山に親しみを持って暮らしているところはありますが、自然に対してやみくもに怖がったり、何か被害が出たときに何かのせいにしたりしないということは私も心がけたいし、自分の表現や本でも伝えていきたいなと思いました。
──下巻に描かれているカララウ・トレイルの道中で出会った日本人のカズさんの「世界を見るほど日本を知らないことに気づく」という言葉も印象的でしたが、鈴木さんがハワイから帰国して、改めて気づいたことや感じたことはありましたか?
私自身もそうですが、何も意識せずに日常を過ごしていると、自分の常識を“当たり前”として考えてしまいがちですよね。でも、1歩外に出て客観的に見てみると、自分の当たり前は人の当たり前じゃないということに気づくんです。みんな同じではなく、一人ひとりが全然違うということが、海外に行くとより顕著に見えるので、日本にいるときよりも気づけることがあるのかなと思います。
──鈴木さんのそういった価値観は、いつごろから形成されたのでしょうか。
私は小学校4年の途中でロンドンの学校に転校したのですが、40か国ぐらいのさまざまな国の子どもたちが一緒に通う公立の学校だったんです。日本とは運動会のやり方も違うし、通っている生徒の宗教も国籍も違って、中には内戦から逃げてきたアフガニスタンの子もいました。そのときに“世界って小さくない、一人ひとりが全然違うんだな”という思いが子どもながらに強烈にあったんです。そこでの体験が今の私の考え方のベースにある気がします。そこから重ねてきた人生の中でハワイに行ったからこそ、よりぐっと来るものがあったんだと思います。
他人に受け入れられなくても、それを攻撃の理由にしない
──「おわりに」で触れている「アロハ・スピリット」について、鈴木さんご自身が生き方のヒントになったことがあれば教えてください。
“アロハ・スピリット”はもともとハワイアンの相手を尊重する心の持ちようですが、ハワイが積み重ねてきた歴史の中で懐の深さとして育まれたものです。“アロハ”は単なる挨拶というイメージを持っている方が多いと思いますが、実際はいろいろな意味があって、私は下巻の最後に“その相手を知って尊重して受け入れて分かち合う。その態度と結びついた愛の言葉である”というふうに書きました。この本で一番伝えたいことは、まさにそこなんです。
人と人が違うのは当たり前なので、“私とあなたは違うんだから知りません。どうぞご勝手に”ではなく、相手が今どんなことを感じて、どんなことで苦しんで、何を求めているのかを知ったうえで、それぞれの存在が尊重される社会にもっとなってほしいという思いが、より強くなりました。
──私も本作を読んで「アロハ」という言葉の意味を知ったので、今まで適当に「アロハ~!」と言っていたことを反省しました……。
私もそうでしたよ。 “ハワイは毎日が日曜~♪”と思っていたら、実はそれはホノルルのワイキキという一部分だけのことで、大自然や文化、歴史など、ハワイの奥深いものを知らない方が多いからこそ、この本を読むと “ハワイって奥深いんだ”と、驚いていただけるんじゃないかなと思います。
本の方向性が変わるきっかけになった、現地での出来事
──ある一部だけを見て、そのすべてを知ったように思いこんでしまうことは、きっとほかのさまざまなことにも通じますね。
私は当初、山登りと観光をベースにしたハワイの本を書こうということを決めて行ったのですが、その方向性が大きく転換したきっかけが、上巻で描いたワイピオの王家の谷でハイキングしていたときの出来事でした。トラックに乗ったハワイアンの方が、白人のハイカーたちに気さくに話しかけていると思っていたら、急にタイヤをその場で猛回転して、ゴムの焼ける臭いと笑い声を浴びせて去っていったんです。
“今、いったい何が起こったの?”と驚いていたら、日本人ガイドの方が“白人が自分たちの文化や伝統を壊したと怒りを持っているハワイアンは今でもいるんです”と教えてくれて。そのときに、ハワイの表面的な部分だけを見て“楽しかった”で終わるのではなく、その心地よさの元を考えてみると、歴史というものが深くかかわっているんだなと思いました。
──そういったハワイの現状も実体験として感じたからこそ、本で伝えたいことが増えていったのですね。
あとは、ハワイ島のヒロという街の存在が大きかったですね。私も真珠湾攻撃のことは知っていたけど、実際に日系の方々がどんな苦労をされたのかは全然ピンと来ていなかったので、日系の方々が体験してきたことや移民としてのご苦労も、現地で日系の方の笑顔に触れるほどにきちんと伝えたいと思ったし、出会いによって心が動かされた部分は大きいです。
──そのほかに、鈴木さんが今作に込めた思いを教えてください。
私はいつも“人それぞれの違いを違いのまま受け入れられる社会になってほしい”とか、“異なる価値観の人たちがともに平和に生きていくために、どうしたらもっと心地よい社会になるだろうか”ということを考えています。ハワイでは “多様性”という言葉が今の日本で言われるずっと前から、すでに一歩も二歩も先に浸透しているんですよね。重ねてきた歴史の影響や苦しい経験があるのに、日系の方々が笑顔で私たちを受け入れてくれて。
それを感じたときに、“アロハ”という言葉に込められているものや、一人ひとり違う私たちがどうやってともに生きていくのかということを少しでも考えるきっかけが、この本のメッセージとして伝わったらいいなと願っています。
「ENJOY」に込めた思い
──ハワイでは「他者を認めて共存する」という考え方が自然とできているのに、どうしたら日本でもできるのかなと考えてしまいました。
やっぱり教育も大きな要素なのかなと思います。厳密にいえばアイヌの方などもいらっしゃるのですが、日本はもともと多様な人種や文化背景を持った人たちがともに暮らしていたわけではないですし、学校教育ではみんなが同じであることが求められたり大事にされたりしているので。
もちろん、その中で生まれたよさもありますが、今はどんどん世界が変わっていて、同じ日本人の中でも違った考え方や生き方を選びたい人たちがいるので、どうしてもそこからはじき出されて、苦しくなってしまう人たちがいます。ハワイの場合は、否が応でも違う人だらけの環境なので、たとえ他人に受け入れられなくても、それを攻撃の理由にはせずに、それぞれの場所で認め合ってともに生きてくという考えが育まれて、今のハワイの心地よさになっているのかなと思いました。
──私も一度ハワイに行ったことがあるのですが、いい意味で周りの人のことを気にしないし、他人にも「自由に楽しんで!」という思いがある人たちが多いなという印象があります。
特にハワイ島にあるヒロという街の人たちから、とても温かい時間をもらいました。山ですれ違うハイカーさんたちの格好も自由。日本では“山登り”って言ったら、長袖・長ズボンという服装の方が多いですが、あちらでは水着みたいな格好の人や、中には“裸か!?”という人もいて(笑)、すれ違う人みんな“ENJOY!”って笑顔で言ってくれるんです。
私はサインを書くときに、いつも“ENJOY!”という言葉を添えるのですが、そのときにいつも願っていることは、みんなが堂々と自分らしく、そして人の違いを尊重するような世の中になってほしいし、そういう人たちがもっと増えてほしいなということ。その思いは年を重ねるごとに増していきますね。
次作は日本の活火山? 自然と防災や環境問題への意識につながれば
──今、改めてハワイのこういうことを描いてみたいと思うことはありますか?
この2冊で描ききった感はあるのですが、ハワイに行ったことで、次はまた日本の山を描きたいと思っています。まだ具体的ではないですが、例えば日本の活火山のことを楽しく伝えながら、自ずと興味が湧いて、防災の心構えや環境保護の関心を高められるような漫画が描けたらいいなという思いは強くなりました。
──それはぜひ見てみたいです! 次作も楽しみにお待ちしていますね。
次は11年後なんて言わないです(笑)。日本は火山と地震の国で、災害の脅威も年々高まっている中で、声高に“環境問題を考えよう”とか“災害に対する備えを”と言っても、あまり響かないし続かないんですよね。
活火山はいつ噴火するのかという不安もありつつ、山がいかに恩恵をもたらしていて、実は人々の生活ともつながっているんだということを感じながら暮らすことができれば、それが自然に防災への意識にもなるし、この環境を守りたいという気持ちが芽生えてくると思うんです。ほかにも、日本全国まだ見ぬ山がたくさんあるので、どんな山と出合って、そこでどんな感情を抱くのか、私自身も楽しみです。
(取材・文/根津香菜子、編集/福アニー)
【Profile】
●鈴木ともこ
東京生まれ。漫画家・エッセイスト。著書に『山登りはじめました』シリーズ(KADOKAWA/メディアファクトリー)などがある。現在は家族で長野県松本市に暮らし、松本市観光大使も務めるほか、雑誌やウェブでの連載や、テレビやイベントなどで山の楽しさや魅力を発信している。