今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2022年7月時点で4億3300人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
前回に引き続き、今回も前川清の楽曲を振り返っていく。前回は、Spotify第1位の「東京砂漠」、第3位の「雪列車」、第5位の「男と女の破片(かけら)」を中心に、ご本人の音楽に対する思いをたっぷりと語ってもらった。インタビュー第2弾では、カバーアルバムや近年の人気曲、さらにはシンガーソングライター系の楽曲についても尋ねてみた。
(インタビュー第1弾→前川清デビュー55周年、ヒット曲「東京砂漠」のCM撮影秘話や「雪列車」の作曲家・坂本龍一の“こだわり”を語る)
カバー曲も納得の人気。お気に入りは北島三郎、難しかったのは中村美律子の楽曲
Spotifyランキングを見ると、第7位に「天城越え」(オリジナル:石川さゆり)、第17位に「越冬つばめ」(森昌子)、第18位「君は薔薇より美しい」(布施明)と、2019年に発売された演歌・歌謡曲系のカバーアルバム『My Favorite Songs IV』に収録された楽曲が目立つ。確かに、“前川節”とも呼べる圧倒的なコブシでそれぞれ ♪あまぎーーー、♪ヒュールリーーー、♪変わったーーー と歌われるのをちょっと想像しただけでワクワクして聴きたくなるし、実際に聴いてみると、あまりのうまさとハマり具合に笑ってしまう人もいるかもしれない。だから、これらがカバー曲ながら高ランクとなるのも納得できる。
「『天城越え』は、(石川)さゆりちゃんの原曲がすばらしいから、それで人気が倍増したんでしょうね。実際、詞と曲のバランスが絶妙ですからね。『君は薔薇より美しい』はスタッフからのススメですが、基本的にどの曲も純粋に歌ってみたいと思って選びました。
実は、このアルバムの中では『風雪ながれ旅』(オリジナル:北島三郎/Spotify第34位)がいちばん気に入っているんですよ。今までの前川清にまったくないイメージの曲で面白かったんです。僕はもともと、女歌のほうが得意で、逆に男歌は苦手なんですよね。歌うときは、完全に女性の気持ちになれるんです。“オレ”や“血が騒ぐ”といった歌詞が出てくる、北島三郎さんや鳥羽一郎さんの世界観がもっとも弱いかもしれません。しかも自分の男歌でも、二人称は“あなた”が圧倒的に多い。
クール・ファイブ(前川がリード・ボーカルとして参加したバンド『内山田洋とクール・ファイブ』)にも『男泣き』(1973年)という男らしい曲があるんですが、絶対に上位にならないと思いますよ(注:現時点ではクール・ファイブ時代の楽曲はすべてストリーミングサービス未配信)。でも、『風雪ながれ旅』はカバー曲だから、気持ちよく歌えました。あの “ジャジャジャジャーン”というカッコいいイントロも初挑戦で、ぜひ一度歌ってみたかったんです」
前川本人としては、「現時点の34位よりもっと上位では?」と思うほどの自信作なので、読者の方はこのあとにでも、ぜひ聴いていただきたい。サブちゃんとは異なる、どこかロマンティックな雪景色が浮かんでくることだろう。ほかにも、「夜桜お七」(坂本冬美)、「舟唄」(八代亜紀)、「無言坂」(香西かおり)などカラオケの人気曲を、すべて前川が直立不動で熱唱している姿が浮かんでくるから、改めてボーカリスト・前川清の力量を感じさせる。逆に、いちばん苦手だったのはどの曲だろうか。
「『河内おとこ節』(オリジナル:中村美律子、Spotify第73位)ですね。こちらもスタッフからの要望で、最初“これは(あまりに自分の中になくて)歌えないよ~”と言ったら、“いや、だからこそやりましょう!”と説得されてチャレンジすることにしました」
こちらも、最終的に仕上がったものを聴くと、もちろん ♪河内――― のロングトーンは、どこをどう聴いても前川節になっていて心地よいし、ほかのパートも、前川のオリジナル曲ではないためか、どこか軽やかで楽しげだ。つまり、カバーアルバムならではの化学反応がしっかりと現れている成功例と言えよう。
「歩いて行こう」10位ランクインに驚き! “いい歌とヒットする歌の違い”とは
ランキングに戻ると、第10位に’20年のシングル「歩いて行こう」、第15位に’21年のシングル「胸の汽笛は今も」が入っている。特に「歩いて行こう」は、’12年から九州地方を中心に放送されているテレビ番組『前川清の笑顔まんてんタビ好キ』(テレビ朝日系)のオープニングテーマとなっていることもあり、’02年の「ひまわり」以来、CDシングルでは18年ぶりにオリコン週間TOP20入りとなった。長男でシンガーソングライターの紘毅が作詞・作曲した穏やかな曲調で、コーラスには次女の侑那も参加しており、ほのぼのとさせるナンバーだ。
「『歩いて行こう』が10位とは……、このランキングの中でいちばん驚きました。『タビ好キ』は、おじいちゃん、おばあちゃんに向けた番組ですが、主題歌のほうは若い方も聴いてくれているということですね! でも、コロナ禍ということもあり、“頑張っていこう”という前向きな歌を、みなさんが聴きたいというのがあるのかもしれませんね」
他方、「胸の汽笛は今も」のほうは、現時点ではオリコンTOP100には入っていない。しかし、SpotifyではCDヒット曲の「歩いて行こう」の半数近く再生されており、ノンタイアップ曲ということも考慮すれば、堅調な人気曲と言えよう。このことをご本人に説明したところ、“いい歌とヒットする歌の違い”についての持論を語ってくれた。
「クール・ファイブ時代にも『恋唄』(’72年)というシングル曲があり、当時、全然売れないと言われたんですよ(注:実際には、オリコン最高14位、累計17万枚でスマッシュヒット作なのだが、その前作『この愛に生きて』と、その次作『そして、神戸』がともにオリコンTOP10入り、累計30万枚以上の大ヒットだったので、世間的には『恋唄』で失速したかのように見られがちだった)。
でも、故郷の長崎に帰ったとき、同級生がカラオケで歌ってくれて、いい歌だなと改めて思いました。さすが阿久悠先生の歌詞だと。そんな風に、“実はいい歌だから”と、カラオケなどによって徐々に広がったような気がしますね。スナックである人が歌って、そこにいた女性が“いい歌ね”と言って、また違う場所で歌う。そうやって広まっていって、今、意外と知られている曲になっていると思います。
だから、『胸の汽笛は今も』も、そういうタイプかもしれませんね。これは、有馬三恵子さん(’19年逝去)の遺作ですが、実は10年前にできていたんです。でも、当時60代の僕には歌詞がよくわからず、お蔵入りになっていて。その後、(作曲の)都志見隆さんに“今の僕に合うものを”と頼んだとき、“前に作ったのがあるじゃないですか”と言われて歌詞を読み直してみたら、“こんなにいい歌詞だったんだ”と気づいて、出すことにしました。お客様にとっても、CDは買わなくとも、いい歌だと思って聴きながら昔をしのんで相づちを打てる、なんとなく心に響く歌なのかもしれませんね」
確かに、同じ都志見隆作品である「男と女の破片」のような、孤独感や哀愁で相手のハートをぐっと掴(つか)むタイプの楽曲ではないものの、穏やかな気持ちになって明日も頑張ろうと思える、まさに“いい歌”だと実感できる。
福山雅治の作詞・作曲「ひまわり」は100テイク!? 中島みゆきとの思い出も語る
そして、Spotify第12位に福山雅治が作詞・作曲・プロデュースを手がけた「ひまわり」がランクイン。テイチクエンタテインメント移籍後の第1弾ということもあって、本作のヒット(オリコン最高13位)は幸先のいいスタートとなったであろう。
「『ひまわり』は、本当に大変でした。福山先生から、“前川清を消して歌ってください、これまでの前川さんはいりません”と指導されたんです。だから、俺の歌い方のどこを出せばいいのか……と。あれほどレコーディングした経験はありませんね。“これでもか!”っていうくらい歌いましたよ~(苦笑)。それで100回くらい歌ったあとに、“はい、ほぼ大丈夫です”ってOKをいただいて、“ほぼ大丈夫”という言葉を覚えました(笑)。それまでは淡々と、“はい、もう1回いきます”と言われ続けて、何回もレコーディングしました。
でも、全部終わって聴き直してみたら、自分の声の心地よい音というのは、自分では気づかないものだなぁと思い知りました。今までのプロデューサーの方は、みんな“ここのロングトーンで前川節をやってください”というような指導の仕方で、言われたとおり ♪アァアァアァアァアァ~~ とやってきたんです。福山さんは一切それがなかったけれど、ちゃんといいものになっている。彼が言う歌い方にしたら、歌詞がすっと入ってくるんですよ。プロデューサーとしても、本当にすばらしいですね」
そうして「ひまわり」を歌い続けるうちに、新たな発見もあったと言う。
「この歌自体は’02年の作品ですが、東日本大震災のときに、“あの海はそのままですか”という歌詞に共感したという意見をいただきました。いい歌というのは、いろんな場面にあてはまるんですよね。だから、『東京砂漠』にしても、この『ひまわり』にしても、歌詞って大事だなと改めて思います」
ちなみに、福山雅治もこの楽曲を’03年にセルフカバーしており、収録されたシングルはミリオン級のCDヒットとなっている。続いて、第19位に桑田佳祐作詞・作曲の「SEA SIDE WOMAN BLUES」がランクイン。もともと’97年にサザンオールスターズがシングル「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」のカップリング曲として発表していたスローバラードで、前川は’11年に本作をカバーした。歌詞の ♪愛という字は真心(まごころ)で/恋という字にゃ下心(したごころ)~ のあたり、桑田らしいユニークさもありつつ、言葉の並べ方などは歌謡曲にも通じるうまさが光る。
「僕の『SEA SIDE WOMAN BLUES』は、サザンのついでに聴いてもらえたんでしょうね(笑)。桑田さんに曲を作ってほしいなんて言えないと思って、既存の曲の中から選びました。でも、桑田さんは歌謡曲がお好きで、きっとクールファイブのイメージで作られたのでしょうから、(カバーだけれど)まったく自分の歌い方でいけましたね」
さらに、27位には’88年に中島みゆきから提供されたシングル「涙」を、’20年にアルバム『My Favorite Songs V』にて再録音したバージョンがランクイン。ピアノ1本から始まり、終盤に向かって4人のコーラスが重なっていき、失恋が癒されるような曲想になっている。’88年版と’20年版のどちらも、中島みゆきのカラーをさほど出さずに、前川清ならではの“女歌”になっているのが見事だ。
「これもいい歌でしょ? 当時、同じレコード会社にいたご縁で作ってくださったんですよ。中島みゆきさんとは、レコーディングのときに初めてお会いして、終わってから帰りがけに、“へぇ~、こんな風になるのね”って、ひと言だけ(笑)。それ以外は、レコーディング中、何もおっしゃらず、どこを直してくれという注文もなかったので、納得してくれていたんじゃないでしょうか」
ちなみに、中島もその提供から8か月後となる’88年10月にシングル「涙 -Made in tears-」としてセルフカバーしており、こちらは繊細な歌声で、しっかりと中島みゆきの泣かせるバラードとなっている。
インタビュー第2弾は演歌のカバーや、オリジナルでも近年の楽曲やシンガーソングライター系の楽曲など、クール・ファイブ時代から続く、いわゆる“前川清”像とは異なる曲についてのエピソードが中心となったが、ここでも面白い話がてんこ盛りとなった。ラストとなる第3弾では、さらに本人の思い入れの強い楽曲や、2023年1月1日発売の55周年記念シングル「昭和から」について尋ねてみたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
前川清(まえかわ・きよし) ◎演歌歌手。1948年8月19日生まれ、長崎県佐世保市出身。1969年にグループ『内山田洋とクール・ファイブ』のメインボーカルとして、シングル「長崎は今日も雨だった」でデビュー。「噂の女」「そして、神戸」「東京砂漠」などのヒット作を多数リリースする。’87年よりソロ活動をスタートし、シングル「男と女の破片」がヒットを記録。’02年には福山雅治プロデュースによる「ひまわり」、’17年には加山雄三作曲「嘘よ」をリリース。歌手活動以外にも舞台・テレビ番組への出演など、幅広く活動を続けている。
前川清の芸能生活も55周年目に突入。
本作品は、盟友である、同じ長崎県出身のさだまさしが楽曲を提供した意欲作!
◎前川清オフィシャルHP「前川清にゾッコン!」→https://maekiyo.com/
◎前川清公式YouTube「前川ちゃんねる」→https://www.youtube.com/channel/UCsE_YLa-s_PLNj6KHDa02Kw
◎各音楽配信サービスはこちら→https://