『らんまん』第3週、いよいよ万太郎(神木隆之介)大人バージョンが始まった。万太郎が竹雄(志尊淳)を伴い上京するというのが大筋で、すぐに妻となる寿恵子(浜辺美波)との出会いが描かれた。飲めない酒で酔った万太郎が、なぜか木に登る。近くで和菓子を売っていた寿恵子が駆けつけ、「降りてくださーい」と叫ぶ。万太郎は「下戸だからゲコゲコ」などと無駄に明るく、「ふーん」と眺めるしかないのだが、寿恵子は万太郎が気に入ったようで「カエル様」などと呼んでいた。ふーん(2度目)。
東京での万太郎は、シラフでも勝手気ままだ。イライラを募らせつつ見ていると、3週最後の4月21日、竹雄が「ふざけんとってください」と叫んだ。ここから大人・万太郎初の「緊迫した場面」になり、2人の葛藤が浮かび上がった。万太郎は「植物」と「峰屋の当主」の間で葛藤している。竹雄は「ダメ当主」が「愛すべき万太郎」であることに葛藤している。この葛藤はこれからも描かれるのだろう。つまり『らんまん』って、「あざと可愛い万太郎と仲間たち」の物語? という話は、また別の機会に。
NHKの“幸吉売り出し大作戦”
今回はもう、幸吉(笠松将)でしょう。3週初日の11話と12話に登場、12話終了後には笠松さんが『あさイチ』に出演した。朝ドラ前々作『ちむどんどん』でヒロインの父親役の大森南朋さんが出演したときは、直後に父親が死んでしまった。そのためネット上では「幸吉、もう退場?」と話題になったそうだ。
ここで私の見解を表明させていただくなら、幸吉はまだ退場しない。大森さんの『あさイチ』は「プレミアムトーク」だったが、笠松さんの『あさイチ』は料理&ダンス。つまりこれ、笠松さんの素顔を見せて人気を一気に高めようというNHKの作戦なのだ。期待どおり笠松さんはカメラ位置を見誤り、司会の博多大吉さんにそれとなく教えてもらっていたし、上手な料理と苦手なダンスがキュートだった。
というわけで当面、幸吉は安泰なはずなのだが、ちょっとだけ暗雲が。21日に第4週の予告動画が公開されたのだが、そこに幸吉の姿がなかったのだ。だがしかしbut、やはりしばらくは大丈夫と思う。幸吉が綾(佐久間由衣)とかかわる役だからだ。
綾は家業の酒造りに並々ならぬ興味を持っている。それゆえ見合いも破談になるほどで、「女は酒造りにかかわってはいけない」「自分が片づいたほうが皆のためになる」。どちらもわかったうえで、酒造りへの情熱が抑えきれない。男性が主人公の『らんまん』で、今に通じる女性の生きづらさを体現しているのが綾だ。
一方、幸吉は峰屋で働く蔵人だ。酒蔵の前で綾に自己紹介する。幼いころにここで修業し、今は「麹屋」という役割を担っている、と。「麹」について興味を示した綾に「お教えしましょうか」と申し出る。「幸吉さん、ありがとうございます」という綾には、「もったいないき。幸吉とお呼びください」と答える。立場の違いを承知のうえで、酒造りという仕事においては対等に振る舞おうという幸吉は、つまり綾の理解者。朝ドラ『カーネーション』(2011年度後期)に登場した綾野剛さんを思い出した。
『カーネーション』で周防を演じた綾野剛の虜に
当時、ほぼ無名だった綾野さんが演じた周防は洋服の職人で、同業者のヒロイン糸子(尾野真千子)の実力を認める理解者だった。同じく知名度はまだ高くない笠松さんが演じる幸吉。言葉少なく、仕事に没頭する感じも重なった。
周防と糸子は恋愛関係となり、周防が妻帯者だったから「不倫」だった。その切なゆえに『カーネーション』から目が離せなくなり、気づけば綾野さんの虜。そんな女性が私の周りに何人もいた。「仕事」が2人を結びつけ、「恋愛」の陰影が濃くなる。『カーネーション』は名作だった。
NHKは笠松さんをブッキングしたときから、「第二の綾野剛」と意識していたのではないだろうか。ビジュアルが似ているということも含め、周防と糸子の恋愛を再現しようとしている気がする。仕事を媒介にした恋愛。身分違いゆえ、結ばれることはない。そのことをわからせつつ、『らんまん』と笠松さんの人気アップを狙う。そんな思惑が透けて見えても、幸吉から目が離せない。
12話、綾は麹を変えて、もっと辛口の酒を作りたいと言う。その希望に、幸吉は応える。だが完成した酒は、祖母(松坂慶子)に完全に否定される。「ごめんなさい」と謝る綾に幸吉は「面白かったですね」と返す。試して、試して、うまい酒ができたら面白い、そう言って、こう続ける。「またいつか、やりましょう」。
幸吉は、綾の未来を仕事と結びつけて語ってくれた。その喜びに幸吉の色っぽさが重なるから、こちらもドキリとする。綾が幼いころに落としたかんざしを、幸吉は持っていた。「運命」を示すベタな演出なのに、ドキドキが増す。というわけで、「笠松将=第二の綾野剛」への道に、完全に乗せられている私だった。
ということで終えてもいいのだが、最後にひとつだけ。綾野剛さんと佐久間由衣さんは結婚している。2023年1月1日に、それぞれが発表した。幸吉の登場直後から、SNSでもこのことは話題になっていたそうだ。以上。情報短めですが、嫉妬とかではないです、念のため。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。