映画デビュー作となった2017年公開の『カメラを止めるな!』で、一躍、時の人となった竹原芳子さん。57歳で飛び込んだ女優の世界だが、その前は証券会社、派遣社員、裁判所の臨時事務官、お笑い芸人、アマチュア落語家など次々と異なるジャンルを経験。年齢という枠にとらわれず、自分の心の声に素直に従う生き方は、私たちに肩の力を抜いて生きていくヒントを与えてくれる。現在、61歳とは思えないパワフルな竹原さんを突き動かす原動力とは何なのか?
【前編】は、つねに何かを追い求め、自分探しを続けたOL時代からコンプレックスから解放された映画『カメラを止めるな!』の話までうかがいました。
「自分に向いてるものって何やろう?」と13年働いた会社を退社
──映画『カメラを止めるな!』では芸名が竹原芳子さんでしたが、その後、どんぐりさんに改名して、また今年の春に竹原芳子さんに戻されましたね。
「竹原芳子は本名なんです。『カメラを止めるな!』のオーディションを申し込んだとき本名だったので、竹原芳子のままだったんですけど、その後、子どもからお年寄りまで幅広い年齢層に覚えてもらいたいという思いから、どんぐりに改名して1年半くらい活動しました。
どんぐりというのは、もともとアマチュア落語家のときに使っていた高座名だったんです。ある日、“そのままの自分で生きるって思ってるけど、生きてへんなあ”と感じて。これからは女優業を、いろんな時をともに過ごした名前『竹原芳子』でいこうと決めました」
──竹原さんは、57歳で映画デビューするまでたくさんのお仕事を経験されていますね。
「短大卒業後、証券会社に入社して13年務めた後、退職しました。証券会社ではフロントアドバイザーという仕事だったんですけど、主任も経験しました。それから派遣社員に登録して銀行の事務、宝くじ販売、講演会受付など、いろいろ経験しました。そのあと、たまたま行った職安で見つけた『裁判所事務官(臨時的任用職員)』の募集に目がとまって応募したら受かったので、そこで50歳まで働きました」
──証券会社では、全国の支店の中で売り上げ成績がトップクラスだったそうですが、よくスパっと辞められましたね。
「後先考えないタイプなんですよ(笑)。お客様としゃべるのも好きだったけど、ずっと“このままでいいのかな? 手に職っていうものがない、生かせるスキルがないやん”って思ったんです。それで“自分に向いてるものって何やろう?”と思って辞めて……。
実は私、証券会社に入社して1年目のときにNSC(吉本興業の養成所)を受けようか迷ったことがあるんです。子どものころから土曜と日曜はテレビで吉本新喜劇や松竹新喜劇を見て育ってきたから、やっぱり好きだったんでしょうね(笑)」
──そのときはなぜ受けなかったんですか?
「私がこの会社に入社したってことは落ちた人もいるわけで。『石の上にも3年』って言うし、がんばらなあかんと思って。受けていればダウンタウンさんと同期やったんです(笑)」
アマチュア落語を通して人前で表現する楽しみを知った
──証券会社を退社して、35歳にして竹原さんの「自分探しの旅」が始まったわけですね。
「そうなんです。“私はこれができます!”って胸を張って言えるものが欲しかったんやと思います。その前から資格を取ったり、講座にもたくさん通ってました。
短大のときには教員免許を取って、証券会社では証券外務資格というのを取りました。それからお花が好きやったんで、派遣会社に登録してからはフラワーアレンジメント教室にも通いました。学生のころ華道をやってたこともあって、絶対講師になろうと思ってたんですけど、センスがないことがわかってあきらめました(笑)。
その後もいろいろ習いましたよ。笑顔教室にも行きました。相手にいい印象を与えるための笑顔の作り方を教えてもらえるんかなと思ってたら、今をどう生きるか? という自己啓発のような教室やったり、コーチング講座にそれが何か詳しくわからないまま通ったりもしました。とにかく受けてみよう! と行きました」
──アマチュア落語もされていますが、それもそのときに通われてたんですか?
「それは裁判所の臨時事務官のときなんですけど、自分の話が相手に伝わってないんかな? って思った出来事があったんです。ある日、職場でさんざん説明した後に、“え?”って聞き返されたんです。それで、“私の話が相手に伝わってないな、これはあかんな”と思って、まずは話し方教室に行きました。
そこで、自分が言いたいことをわかりやすく伝える話し方を学びました。あるとき、教室の先生が落語家さんとお仕事された話をしてくださり、1回だけ落語を教えていただきました。それがとても楽しくて。そんなときに落語教室が新しく開講されるのを知って、1クール(3か月)だけ行ってみようと思って通うことにしました」
──すごい行動力ですね!
「楽しかったですよ。先生がその人の個性や持ち味を生かす指導をしてくださる方で、“竹原さんの声は子どもや丁稚(でっち)の落語に向いてる”って言ってくださって。
西天満亭どんぐりという高座名で、老人ホームや会社の企業研修とか、裁判所でも呼んでいただきました(笑)。あと2015年に『神戸おこし亭アマチュア落語コンテストTHE落語女王』という大会があって、審査員特別賞をいただいたんです。そのときに、“どんぐりさんは科学的分析不可能な面白みがある”という講評をいただいて、それがうれしかったし、人前で何かを表現することが、何より楽しかったんです」
昔、やりたいと思ってたことを思い出してNSCへ
──50歳のときにNSCに入所されるわけですが、そのきっかけが大河ドラマだったそうですね。
「竹中直人さん主演の大河ドラマ『秀吉』(1996年)で、渡哲也さんが演じた織田信長が『人間50年』と言って炎の中で舞うシーンがあって、自分が50歳になったときに思い出して、“織田信長やったら私はもう死んでる。このままでいいんやろか”ってまた思って(笑)」
──そのときにやっとNSCを受けることにしたんですね?
「本当にたまたまだったんです。いつもはパソコンとか苦手で見ないんですけど、その日、パソコンをひろげたら、吉本養成所の募集が出てきたんです。これは受けろということやと(笑)。昔、やりたいと思ってたことを思い出して、ダメでもいいから挑戦してみようって思ったんです。
悔いを残すよりも、“やってみてダメだったらそれでええやん”っていう思いですね。後から知ったんですけど、申し込んだらだいたいの人が入れるみたいで。行ってみたらみんな20歳前後の人ばかりで、あ然としました(笑)。“えらいところに来てしもた”と思ったけど、それでも“この状況もおもしろいやん”って途中から楽しんでる自分もいました」
──養成所の同期にコロコロチキチキペッパーズがいらしたそうですね。
「コロチキのふたりとも同期で、西野(創人)くんとは同じクラスでお芝居の授業でも一緒のチームだったんです。で、お仕事でご一緒したときに、“お互い仕事で会えるって、ホンマによかったなあ”って話しました」
『カメ止め!』に出演して自分の欠点がプラスに変わった
──NSC卒業後はお笑い芸人として活動されたり、間寛平さんの「劇団間座」に参加してらっしゃいましたが、いちばん大きな出来事はやっぱり映画『カメラを止めるな!』のスクリーンデビューだと思います。いま振り返っていかがですか?
「最初にオーディションを受けたきっかけは、シネマプロジェクトの映画『退屈な日々にさようならを』(今泉力哉監督)舞台あいさつを見て感動、“映画作りって素敵やなあ、映画に自分の名前が残ったら素敵やなあ”と思ったんです。そのとき映画出演者の募集を見かけたので応募用紙を持ち帰り、演技ができるとかできないとか後先まったく考えずに申し込みました。それが『カメ止め!』だったんです。
上田(慎一郎)監督がいなかったら今の私はないやろうなって思います。上田監督との出会いは本当に大きいです。上田監督は“生きづらそうな人ばかりを選んだ”っておっしゃってました。……私、背は低いし、目も小さいし、おでこは広いし、声も音声変えました? みたいな声やし、すべてがコンプレックスで自分に自信がなかったんですよね。
NSCやアマチュア落語で“声がいい”と言ってもらえるようになって、1枚1枚コンプレックスがはがれていくような感じはあったんですけど、『カメ止め!』で“これでいいんや”って気持ちになれました」
──『カメラを止めるな!』出演後、女優業を続けていきたい! と思いましたか?
「思いました。勉強のつもりで申し込んだので、こんなに映画がヒットするとは思ってもいなかったんですよね。日比谷の大きな映画館で舞台あいさつをするときも、“わー、大きな映画館で舞台あいさつができるんや”って思ってうれしかった。でも舞台に立ったときに、“去年までは客席から見てた光景やのに、今は自分が舞台に立ってるんやな”って、すごく不思議な気持ちになりました。
しかも60歳近くでこの世界に入ってこの体験は感動です! 『カメ止め!』から人生が変わりました。今も試写を見るときは、自分が出てるシーンは“シワ多いなあ”とか“仁王立ちやん”ってツッコミながら見てます。すごい方々とご一緒させていただいて、“夢のようやな”っていう気持ちです。今までいろいろなジャンルのお仕事をやらせていただいてきましたけど、すべてが今につながっているなと思ってます」
(取材・文/花村扶美)
※後編『57歳で女優デビュー、竹原芳子が「すべては自分次第」と言い切れる理由』につづく
《PROFILE》
たけはら・よしこ ◎1960年2月10日、B型。短大卒業後、証券会社に就職。その後、派遣会社や裁判所の臨時事務官を経て、2010年NSC大阪校へ入所。2016年、間寛平さんが座長を務める「劇団間座」に参加。2017年、映画『カメラを止めるな!』で映画デビュー。以後、ドラマ『ルパンの娘』『探偵・由利麟太郎』、映画『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』『最高の人生の見つけ方』『閉鎖病棟-それぞれの朝-』『あの頃。』『劇場版 ルパンの娘』『老後の資金がありません』などに出演。
Instagram:@donguri.lucky
Twitter:@YoshikoTakehar1
●公開中の出演作品
映画『劇場版 ルパンの娘』公式サイト
https://lupin-no-musume-movie.com/
映画『老後の資金がありません』公式サイト
https://rougo-noshikin.jp/