2021年9月下旬、晴れ。この日、ポリアモリー(関係する人たち全員の合意の上で複数の相手と付き合う人)であるきのコさん(38)は短髪を金色に染め、大好きなサバゲー(エアソフトガンなどを用いたサバイバルゲーム)に行くときのような迷彩柄の服装で現れた。
「実は9月末で13年半勤めた会社を辞めて、フリーランスとしてしばらく生きてみようと思っているんです。そこで、会社員ではできないヘアスタイルに挑戦してみました」
彼氏がいる女性を好きになり、同棲へ
きのコさんが会社を辞めたのには、いくつか理由がある。
「3年前にポリアモリーに関する本(『わたし、恋人が2人います』WAVE出版)を出してから、原稿依頼をいただいて書く仕事が増えているんですが、ずっと会社員との二足のわらじを履いていることにコンプレックスがありました。このあたりで物書きとして退路を断ってみたいと思って。
それと、勤めていた会社ではLGBT当事者として人事部と組んで、社内外のさまざまな問題に取り組んできたんです。でも、会社が関連会社の傘下となり、多様性が認められない社風に変わってきてしまった。大好きな会社だったから、なんだか虚しく、哀しくなってしまって……」
さらにもうひとつは、きのコさんが好きになった女性が北関東に移住することが決まったから。
「まだ付き合っているわけではないんですが、ルームシェアはしていいというので、行ってしまおうか、と。私には京都に付き合っている女性がいて、神奈川にも長く付き合っている男性がいるんですが、私が北関東の女性のもとへ行くことはすぐに2人に話しました。北関東の彼女には彼がいるものの、彼女は恋愛感情や性欲がほとんどない人なので、私は彼女に頼まれて、彼の“セフレ”になっていた時期もあって……。妙な縁ですよね」
きのコさんがそんな「突飛なお願い」を引き受けたのは、もちろん北関東の彼女のことが好きだったし、会ってみたらその彼にも興味を抱いたからだ。この関係には、きのコさんが長く付き合っている神奈川の彼も相談に乗ってくれたという。
「関係って、閉じこもってドメスティックになると腐っていくと思うんです。だから、常に開かれた関係でいたい。誰とであっても」
きのコさんとしては、いずれは北関東の彼女とその彼、3人で暮らせればいいと思っているが、彼はポリアモリーにはなじめない様子。こういった不安定な関係もすべて自分で背負い込まなければいけないのが、ポリアモリーとしての生き方である。
複数と付き合うからには「嫉妬」の問題も大きい。
「私は嫉妬心が強いタイプなので、いかに自分の嫉妬と向き合うかは重要ですね」
きのコさんは嫉妬をさまざまな観点から考えたという。独占欲が強いのか、あるいは疎外感から来るのか。結果、彼女は「仲間はずれにされたと感じると、不安から嫉妬心が強くなる」と自己分析できた。
「パートナーがメタモア(自分から見てパートナーが他に付き合っている相手のこと)と、苺柄のパンツをはいてペアルックをしていることがあったんです。そういうとき、私は“私もその苺のパンツ、買う”と同じものをはくんです。そうすると、仲間はずれ由来の嫉妬はなくなります。メタモアに嫉妬をぶつけられるのはキツいと私自身、よくわかるので、なるべく揉めたくなくて。みんなが険悪になったときの地獄感は味わいたくない」
「私は女体ユーザーです」
多くの人とは違う関係を築いているだけに、人間のどろどろした側面もたくさん見てきたのではないだろうか。だが、それをもすべて受け止めて、きのコさんは歩んできた。
「複数の人と付き合うというと、ただのセックス好きだと誤解されるんですが、ポリアモリーの中には性的関係を求めない人もいます。性欲が強いかどうかとポリアモリーであるかどうかは、まったく別の次元の話なんです」
最近、きのコさんは、「カテゴライズすること」「レッテルを貼ること」への無意味さをますます感じるようになった。
「セフレと友だちと恋人、私の中にはもう区別がないんです。人として好きだし大事に思える、大事にしたいというところでの関係性が重要だし、恋愛感情と友情もわけるのが難しくなっています。何人かの中で今はこの人がいちばん好き、という時期もあるし、逆に、その中の違う誰かがすごく落ち込んでいるとしたら、他の人を差し置いてもその人のもとへ行ってあげたい。関係の濃度は時期によっても違うから、“この人とはこういう関係”と決めつけたくない」
きのコさんは今、あらゆるものから自由になり、解放されていく過程にいるのかもしれない。最近はジェンダーからの完全フリーも自認している。
「自分の性別が男か女かというより、性別という概念自体を使わずに生きていきたいんです。性別を決めたくない、名づけたくない。私自身は女性の身体だし、それは嫌ではないけれど、この“乗り物”に乗っていると社会的にはめんどうだなと思うこともありますしね。だから、“私は女体ユーザーです”と言っているんです(笑)。女体を使って社会的生活を送っている、と」
大規模な交流会なども開催し、いつしかポリアモリーを代表する顔となったきのコさんだが、この立ち位置も少しつらいと思うようになっている。
「仲よしの仲間内では、私は柴犬みたいな存在なんです。だれも女として見ていないというか、人としてすら見ていないんじゃないか、という(笑)。でも対外的には、やはりイベントを主催したりすることも多いので、“(ポリアモリーとして有名な)あのきのコさん”と言われたりする。妙な偶像化をされて、本来の自分とは乖離(かいり)していく。代表選手みたいに思われるのはキツいですね。ポリアモリーにもいろんな人がいて、さまざまな関係を築いているから、私の発言が王道というわけではないことは理解していただきたいです」
“みんなでゆるく”つながることが大事
アラフォーと呼ばれる年代になっているきのコさんだが、たとえば10年後、どういう生き方をしているだろうか。
「恋愛しているんじゃないかとは思いますが、わかりませんよね。もしかしたら誰とも付き合わなくなってしまうかもしれないし、“この人しかいない”と、いきなりモノガミー(1人だけと付き合う人)になってしまうかもしれない。恋愛感情も性欲もなくなっているかもしれない。でも、どんなときも、自分の変化を恐れずに生きていこうとは思っています」
何かを決めて、それに則って生きたほうが人は楽なのかもしれない。だが、きのコさんはあえて変化を楽しもうとしている。それも、より自由であろうとしている証だろう。
「自分の欲望に忠実でいたいんです。我慢が美徳とされがちだけど、それは結局、自分をがんじがらめにしているだけ。かつてそれで苦しんだことがあるだけに、我慢を重ねて生きたくないと思っています」
出産はほぼあきらめているというが、もし妊娠すれば生みたいとも思っている。
「自分のDNAにはあまり興味がないんですが、里親制度を使って“ファミリーホーム”みたいなものが作れないかなと考えることはありますね。閉じた“家庭”ではなくて、もっとより多くの大人たちが、いろいろな形で関われる環境で子どもを見守る。児童虐待やネグレクトの話を聞くたびに、もっと大人がいれば救えた命なのではないかと思う。だったら、実際にそういう環境を作っていけないか、と」
コロナ禍で、人とのつながりの重要さを改めて感じているときのコさんは言う。大人だからこそ、ひとりですべてを抱え込んで破綻する人も少なくない。
例えば、望まぬ妊娠をした女性を受け入れられるところがあって、そこで出産、さらにはいろいろな立場の人たちと一緒に育児ができる場があったら……。
「コロナ禍が終息しても、あらゆる点でオンラインが主流になるかもしれない。でも、やはりリアルにみんなでつながっていくほうが安心度は高いと思うんです。楽しいからつながるんだけど、コロナのようにいつ何が起こるかわからないから、生き延びるためにも、“あなたと私”だけの関係ではなくて、“みんなでゆるく”つながることが大事なのではないかと思っています」
自分をさらけ出して生きるのは、はたから見れば潔いが、それによるハレーションも大きい。そのすべてを受け入れながら、きのコさんは、自身の“人としての幅”を広げている。
(取材・文/亀山早苗)
【※きのコさんがポリアモリーとして生きていくことになったきっかけは、前編《「私はポリアモリー」向き合うのに10年かかった女性が矢面に立って発信を続けるワケ》で詳しく綴っています】