昔ながらの石畳の路地や料亭・和食店が軒を連ねるほか、昭和レトロを感じる名画座「飯田橋ギンレイホール」など、情緒ある街並みで知られる東京・神楽坂。そんな地に2022年8月、話題のプライベートサウナ・ARCHがオープンしました。
サウナ施設におけるクラウドファンディング史上最高額となる1600万円超(目標達成率は3220%!)の支援金を集めたARCHは、2室のみの客室とバーラウンジで構成される一棟建ての会員制宿泊施設。サウナ室や水風呂はもちろんのこと、アメニティやサウナ飯など細部にまでこだわった極上空間を提供しています。
すでに人気サウナ系インフルエンサーや芸能人、経営者、プロスポーツ選手などが多数訪れ、サウナ業界では話題沸騰中のARCH。オーナーの藤永憲太郎さんはミュージシャンとして、これまでに映画の主題歌や劇伴、著名アーティストへの楽曲提供を行ってきたほか、ビジネスマンとしても民泊事業で成功を収めるなど、それぞれの分野で結果を出している異色の経歴の持ち主です。
そんな藤永さんが、これまでと異なる分野であるサウナ経営に乗り出した理由とは? そのきっかけをはじめ、こだわりの極上施設作りから話題になったクラウドファンディングでの成功まで、たっぷりと語ってもらいました。
映画の劇伴制作や西野カナへの楽曲提供も行う民泊事業者!?
──もともと藤永さんはミュージシャンとしても活躍されていたそうですが、これまでどんな活動をされていたのでしょうか?
「学生時代にクラブDJや楽曲制作を始めて、社会人になってからも昼の仕事と並行して音楽活動を続けていました。アーティストとしては、これまでにゆうばり国際ファンタスティック映画祭でグランプリ受賞した『さまよう小指』の主題歌や劇伴を担当したほか、西野カナさんやロバートの秋山竜次さんの『クリエイターズ・ファイル』への楽曲提供という実績があります。
会社員時代はネット広告関係の企業で働いていましたが、そこを退職する少し前から面白そうだなと思っていた民泊事業を個人事業で始めました。それを5年前に法人化して、そこからレンタルスペースの運営なども始めて今に至るという感じです」
──どんなことがきっかけとなって、これまでの活動とは分野が異なるサウナ経営を始めることになったのでしょうか?
「きっかけはコロナ禍ですね。それまではオリンピックに向けて順調に会社も成長していましたが、予約も全部キャンセルになり、民泊事業が大打撃を受けてしまって。そんな時に経営者の先輩に誘われてサウナに行く機会があり、そこでサウナのよさに気がつきました。正直、それまではサウナはただの“熱い箱”としか思っていませんでした。でも、人に教えてもらって初めて正しいサウナの入り方がようやくわかったというか。それにサウナ後のサウナ飯の時にまったく面識のない先輩の知人ともめちゃくちゃ仲良くなれたり、本当に心身ともに気持ちよくなれたことでサウナの魅力に目覚め、自分でもそのような体験ができるサウナを作りたいと思ったことがすべての始まりです」
──今回、神楽坂にご自身のサウナをオープンさせましたが、ロケーションを神楽坂にしたことには特別な理由があるのでしょうか?
「実は特に神楽坂にこだわっていたというわけではないんですよ。ただ、もともと、サウナを作るなら一棟ビルでやりたいと思っていたので、以前から都内でそういう物件を探していたんです。それで偶然、神楽坂で条件に合う物件が見つかったという感じです。神楽坂はどこか京都にも通じる情緒もあるし、その雰囲気がプライベートサウナならではのおこもり感や秘密の空間的なイメージとすごくマッチするんですよ。だから、結果的にここで物件が見つかってよかったです」
独自のカルチャーを発信している“音箱”のようなサウナでありたい
──ARCHは2室のみの客室とバーラウンジで構成する会員制サウナですが、どのようなコンセプトで運営されているのでしょうか?
「具体的には、“ブティックサウナ”というコンセプトを掲げています。アーチは外と内を隔てる境界線。ARCHへ足を踏み入れると、心地よいおこもり感とブティックサウナというスモールコンフォートなコンセプトがミックスした空間が広がります。ホテル業界では、ラグジュアリー一辺倒ではなくて、独自のセンスやカルチャー感がある高級ホテルをブティックホテルと呼びますが、ARCHは言ってみればそれのサウナ版です。例えば、僕が育ってきたクラブカルチャーだと、渋谷には出演するアーティストをきちんと選定して独自のカルチャーを発信している“音箱”と呼ばれるクラブがありますが、僕はARCHをそんな音箱のようなサウナにしたいんです。
今はサウナブームということもあって、この業界には大手を含めて多くの事業者が参入しています。そうなると僕らのような小規模事業者は、施設の規模感やスペックだけでは太刀打ちできません。でも、内装だったり、ハード面のセンスをよいものにしたり、施設のBGMや働く人といったソフト面にこだわりを持つことで独自の価値を打ち出しながら差別化が図れると考えています。
あと最近はブームにあやかろうとする利益重視のサウナも増えてきたように思います。でも、そういう形態にしてしまうと結局は消費されるだけで終わってしまう気がするんですよ。だから、僕はそれだけじゃないサウナの価値を作っていきたいし、それができれば、ブティックサウナも音箱のように愛されるカルチャーになっていく気がします」
サウナ室、水風呂、休憩、食事までの流れが完璧に満足できるソウルフルなサウナ
──では、具体的にサウナとしてのARCHのこだわりを教えてもらえますか?
「やっぱりサウナはサウナ室、水風呂、休憩、そして食事までの流れが完璧に満足できるものでないと、絶対にお客さんには満足してもらえないと思っています。だから、デザインはもちろんですけど、ARCHはサウナとしてのスペックにもめちゃくちゃこだわりました。
例えば、サウナ室は自分がいろいろなサウナに入ってきた中で、これだと思ったものを作った会社に連絡して、自分のサウナに対する想いを伝えた上で工事をお願いしました。その想いが伝わったことで、そこのおじいちゃんにも“ソウルフルなサウナ作り、頑張ります”と言ってもらえるくらい本気になっていただき、おかげさまでめちゃくちゃ気持ちいいサウナ室が完成しました。
それと水風呂はすごく重要です。普通はこの規模の施設だと水風呂に入れないところも多いのですが、ARCHではチラー(冷却水循環装置)を入れてしっかり冷える水風呂を作りました。あと休憩スペースを通常のプライベートサウナより広くしたり、施設内の全フロアで外気浴ができるようにしたりしました。
さらに僕が一度食べて以来、惚れ込んでいるクラフト水餃子のほか、神楽坂の和食屋『和史』からサウナ後に食べたくなるような、きちんとしたおつまみを仕入れるなど、ここで提供するサウナ飯のクオリティにもこだわりました。最近は、都内で燻製専門料理店を複数展開する会社の共同代表であり“サ飯プロデューサー”の“燻製くん”にプロデュースしてもらった料理も加えました。現在はおひとり様に限らず、上司と部下のペア来店や会社の懇親会目的で利用していただいたりもしています」
筋金入りのサウナーでもある著名アーティストが理想のサウナBGMを選曲
──ARCHでは、サウナで楽しめるBGMとして、音楽プレイリストを用意されているとお聞きしました。
「そうですね。プレイリストは、渋谷にあるミュージックバー『渋谷花魁』のカワムラユキさんとのつながりを通じて、砂原良徳さんとTHREE1989の上村翔平さんをご紹介いただき、その3人にARCHをイメージしたプレイリストを作ってもらいました。
特に砂原さんに関しては、以前から電気グルーヴやソロ名義の音楽を聴いてきたし、リスペクトもしています。それに筋金入りのサウナーなので、選曲に関して細かい注文はしていません。ただ、いつも自分が行くサウナでかかるBGMに対してちょっと違和感を覚えていたとお聞きしたので、今回は砂原さんが考える“理想のサウナBGM”というコンセプトで選曲していただきました」
“言語化できない、なんかいい”を大切にする
──BGMへのこだわり含め、音楽とサウナの相互作用についてはどのようにお考えでしょうか?
「ARCHでは、サウナ室や休憩スペースにスピーカーを設置して、そこでプレイリストを流してもらえるようにしていますが、その理由は音楽があることで“ARCHはこういうコンセプトの空間ですよ”ということをお客さんに五感で感じてもらえるというか、一番自然に理解していただけると考えているから。クラブもそうですが、音楽がそこにあることで、特に音楽に詳しくなくても、なんとなく楽しいとかイケてる感じは自然に伝わると思うんですよ。そういう“言語化できない、なんかいい”を僕は大切にしていきたいし、それが伝わって初めてお客さんの印象に残る。そう考えるからこそ、ARCHではアメニティも含めて施設の細部にまでこだわっています」
──クラウドファンディングでは目標額50万円のところ、3220%達成となる1600万円を超える支援金を集めたことも話題になりましたが、ただ、そもそも目標額50万円という金額は少ない気もします。この目標金額設定にはどういった意図があったのでしょうか?
「クラウドファンディングについて、リサーチしてみたところ、達成しているプロジェクトのほうが支援を考えている人に興味を持ってもらいやすい傾向にあることがわかりました。例えば、残り25日の段階で達成率32%のプロジェクトと達成率800%のプロジェクトだと、どちらに興味を持つかといえば、僕は後者だと思います。そういう“行動心理学的”なものも考慮した上で、目標額を50万円に設定しましたが、今回は結果的にそれが功を奏しましたね」
──クラウドファンディングでは支援者にとって魅力的なリターンも必要になります。リターンではARCHの会員権も用意されましたが、そのようなリターンを設定する上で心がけたことはありますか?
「これに関してはプロジェクトを公開した後も本当に正しいのかと悩んだ部分もあります。ただ、他の会員制サウナと会員になるための条件の差別化を図るということはかなり意識的に考えました。今、都内にもいくつか会員制サウナがありますが、そういうところが設定している入会金や年会費のハードルは、ちょっと高すぎる気がするんです。それは僕だけの印象というわけではなく、僕の周りの経営者もそうですし、ある程度、高所得のサラリーマンも実はそういうところを結構シビアに見ている人は多いと思うんですよ。
ただ、リサーチしていると“サウナの会員権に数百万円は出せないけど、数万円程度だったら興味がある”という人も最近は増えてきていることがわかったので、今回のクラウドファンディングでは、会員権の価格帯をあえてそういう人が手の届きやすい数万円程度にすることで、興味を持ってもらえるようにしました」
──クラウドファンディングで大成功を収められたことで、サウナ開業までは順風満帆だという印象もありますが、これまでにはどんな苦労がありましたか?
「正直、大変なことばかりでしたね。その中でも一番大変だったのは開業のための資金集めです。さっきの民泊の話ともつながることですが、今回はコロナ禍で傾きかけた企業を支援する補助金制度を利用しました。ただ、その申請がめちゃくちゃ大変だっただけでなく、その後に銀行から融資を受けるまでにもまた紆余曲折あって……。サウナ開業にあたっては法的な縛りなども多く、さまざまな制限をクリアする必要がありました。何をするにも苦労しっぱなしでしたね(笑)」
サウナを通じて、さまざまなコミュニケーションの価値を提供
──なるほど。やはりサウナ開業は簡単ではないんですね! では、最後に今後のARCHの展望を教えてください。
「今後はARCHの運営のほか、サウナ関連のポップアップイベントを企画しながら、ARCHのブランドを深めたいです。今、バーで提供しているOFF COLAさんとのキャンペーンのようにサウナとマッチしそうな事業を展開している企業だったり、ARCHが打ち出したい世界観と近ければ、サウナに限らずコラボして、他のカルチャーとも密接にリンクしていきたいですね。そうすれば、お互いに独自の価値を高めていけるはずです。それと音楽プレイリストの数も増やしていく予定です。
あとARCHを貸し切りにしてイベントの会場として利用してもらい、そこでいろいろな人に交流してもらったり、ワーケーションやサウナミーティング、サウナ接待で使っていただいたりするのもいいですね。また何かのお祝いごとの際に利用してもらう“ギフトサウナ”など、この施設だけでもいろいろなユースケースが考えられるので、サウナを通じてさまざまなコミュニケーションの価値を提供していきたいです。
今は会員枠がすでに埋まっている状態なので新規受付は停止していますが、今後、受け入れる体制が整えば再開する予定です。会員制・紹介制ではありますが、新規募集時にはLINE公式アカウントにて告知します。ちなみにバーはどなたでもご利用できるので、そちらに通っていただくといち早くその情報が手に入る可能性がありますよ!」
Part2では、ライター自らサウナを堪能してレポートします!
(取材・文/Jun Fukunaga、編集/福アニー)
【Information】
●Boutique Sauna ARCH 神楽坂
神楽坂の秘湯。完全会員制・紹介制、たった2室だけの貸し切りプライベートサウナ。