人気ミュージカル『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』が2022年11月13日、東京・東急シアターオーブで幕を開ける。本作は、ウーピー・ゴールドバーグ主演の大ヒット映画『天使にラブ・ソングを…』のミュージカル版。’14年、’16年、’19年〜’20年と上演を重ね、多くの観客を魅了してきたミュージカルコメディーの再演に、注目が集まっている。
主人公の歌手、デロリス・ヴァン・カルティエ役を務めるのは、初演で帝国劇場初主演を果たし、類まれなる歌唱力で観客を圧倒した“モリクミ”こと、森公美子さん。今回の公演にかける思いから自身の半生や介護生活まで、熱く語っていただきました!
この作品は「スーパー・スペシャル」、行き着くのはやはり“人間愛”
──今作は映画『天使にラブ・ソングを…』をブロードウェイの名作曲家、アラン・メンケンのオリジナル楽曲とともにミュージカル化、トニー賞5部門にノミネートされた傑作ですが、ギャングのボスに命を狙われ修道院に逃げ込むクラブ歌手・デロリス役を演じるのは、初演から数えて今回で4回目となりますね。これまでと違う心構えで臨むところはありますか。
「私、こう見えても63歳なんですよ。毎回“これが最後かなぁ”と思っているんですけど、また演じることができるのは、大変ありがたいことです。初演は、53歳のとき。その年で帝国劇場の主演をさせていただくなんて、奇跡と言われていたんです。ブロードウェイなど海外公演のデロリス役は、私よりずっと若い方が演じていますし、修道院長役の方まで年下だったりして、“私がデロリス役でいいのかな”と思いつつ、ここまで演じてきました。
長年にわたってやらせていただき、今回こそは、“もう最後かもしれない”と覚悟を決めています。そろそろ後輩たちに席を譲らなくてはいけない年齢ですし、“自分のエンディングを飾る”という気持ちで立ち向かっていかないと、と奮戦しているところです」
──やはり、初演は格別な思いがありましたか?
「長年『レ・ミゼラブル』のマダム・テナルディエ役で帝劇の舞台に立たせていただいていたのですが、主演として初めてカーテンコールのセンターでご挨拶することができたのが、このデロリス役なんです。客席からの熱気がすさまじくて、“その期待に沿わなくてはいけないのだ”とカーテンコールのたびに自分を鼓舞していました。菊田一夫演劇賞も受賞して、大きな励みにもなりました。
楽屋に来てくださったみなさんに、“これ、死ぬまでやって”と言われたときには、やっと出合った自分の作品なのかな、と感慨深かったですね。口々に“今までたくさんの作品を観てきたけど、こんなにすばらしい作品はないよ”とほめてくださったんですよ。それくらい、この舞台は人の心を動かすんですね。この作品に出ていなかったら、ミュージカルをやめていたかもしれません。私にとって、スーパー・スペシャルな作品です」
──今回も、初演を超えるように新しい気持ちで挑みたい、という意気込みが伝わってきます。
「ところが、初演を超えるということが、役者にとってはなかなかハードルが高いんですよね。今振り返っても、緊張感だったり、爆発的なエネルギーだったり、あのテンションの持ち方はすごかったなと。
主役だから仕方ないんですけど、ほぼ全編、舞台上に出ているんです。ただ、身体を鍛えていても体力はどうしても落ちるのですが、声は不思議と落ちなくて。声帯は同じ音だけ出していると傷めやすくなるけれど、常に伸ばしておけば、声だけは若いままでいられる。そのためにストレッチは欠かせません。
これまでに、早変わりが間に合わないなど失敗もありました。次の音楽に入っているのに遅れてしまい、走りながら出ていって、そのまま踊ったりとか。なにしろ体力が必要なので、次はどうすればいいんですかね(笑)。
でもとにかく、セリフや動き、曲の音符一つひとつに改めて向き合い、綿密に役を深めていきたいです。初心に戻って、精進していきます」
──初演のお話があったときは、どのような作品というイメージを持っていましたか?
「お話をいただき、すぐブロードウェイに観に行こうと思ったのですが、すでに終わっていたんです。上演している劇場を探してロサンゼルスに飛んで、2、3回観ることができました。そこでまず、映画を大ヒットさせた主演のウーピー・ゴールドバーグが、アメリカが抱えている根本的な闇である黒人と白人の人種差別問題を、“人はみんな同じなんですよ”というメッセージを伝えるためにミュージカルにした、という事実を知って、感激したんです。
結局は、人間愛なんです。デロリスも、シスターたちも、エディも、修道院長たちも、登場人物がみんな誰かのために何かをするんですよね。育った環境や人種なんか関係ない。多様性のある音楽と、人間愛。舞台を観て、自分も演じてみて、それを思いっきり感じました」
──今まで積み重ねてきたところがある中で、今回改めてトライしてみたいことはありますか?
「自分の中でデロリスというキャラクターを確立しなければならない。貧しく厳しい環境で育ってきたというデロリスのバックグラウンドも的確に表現しなくてはいけない。それこそ、芝居力が試されます。ここ数年で話題に上ることが増えたLGBTQ問題も含まれていますから、“人は平等”と伝える作品のテーマがうまく出せるか、今回は大きな課題を抱えています」
コロナ禍は“引きこもり”に! 今年はジャズ歌手デビューの夢も叶えた
──コロナ禍で多くの舞台が中止になりましたが、その間はどのように過ごしていましたか?
「“本来ならこの時期は舞台をやっている。だから、千秋楽の予定だった日が終わるまでは……”と、一歩も外に出なかった時期もあったんです。家にこもっていたので、ちょっと大きくなっちゃった(笑)。舞台の直前になって、戻そうとしているんですが、ダイエットしながらハードな稽古というのが、もうキツくて。すごくお腹がすくんですよ(笑)。
昨日もひとりでオープニングのところだけ“おさらい会”をやっていたんですが、振付の先生から“かなり厳しいかもね、体重は落として体力をつけてください”と。体力づくりに関しては、とにかく外食をしないことを心がけて毎食、自炊しています。カロリーの少ないキノコ鍋で満腹感を得て、稽古に取り組むしかないです(笑)」
──レシピ本を出しているくらい料理がお得意ですから、その点は心配ないですね。
「そうなんです、ラッキーにも。自分の作った食事で栄養管理をしながら、体力づくりもすることを目指しています。あとはジムですね。トレーナーをつけて毎日やらないと。なんせ、重いもんですから。やせるサプリメントなんかもネット通販でいろいろ買っているんですけど、私には合わないみたいで(笑)」
──この作品が長く愛されている理由は何だと思いますか?
「場違いなところに飛び込んで異質な存在だったデロリスが、反発し合いながらも、まっすぐで純粋なシスターたちと心をひとつにしていく。その過程でみんながそれぞれ成長していく。そんな姿に共感してもらえるのでしょうね。
初めは、修道女たちの歌がありえないくらい下手なんですよ。そこから紆余曲折を経て上達していき、最高のコーラスが生み出される。その瞬間、客席全体が湧き上がって拍手喝采となるんです。たとえストーリーを知らなくても、そこにみなさん、涙を流すほど感動してくださる。
いろいろなミュージカルをやってきましたが、どんな作品でも、“なんで突然歌い出すの”という不自然さはどうしてもあるんです。この作品に限っては、主役がクラブ歌手なので、いきなり歌い始めても、観る方も違和感なくすんなり入ってきますし、ストーリーの中に歌が自然に組み込まれていて、初心者にも受け入れやすいミュージカルなんですね。ゴスペル、聖歌、ソウル、ロカビリーと多彩な曲で構成されているところも楽しめるのではないでしょうか」
──舞台でも多種多様な歌を披露してきましたが、今年は舞台出演のかたわら、念願のジャズ歌手としてのデビューを飾ったそうですね。
「ジャズギタリストの第一人者・吉田次郎さんのプロデュースで、ジャズ歌手として活動を始めました。『ブルーノート東京』でスタンダードジャズを歌わせていただきましたが、長いキャリアの中でも、オールジャズのセットリストは初めてなんです。14歳のとき、サラ・ヴォーンに憧れてジャズ歌手になりたいと思った夢が、63歳にしてやっと叶(かな)った。“一生できないかも”と半ば諦めていたので、“やればできるんだな”と感慨深いです」
──歌手になろうと思った特別なきっかけはあったのですか?
「昔、フジテレビの人気テレビ番組だった『日清ちびっこのどじまん』に出て、森山加代子さんの『白い蝶のサンバ』を歌いました。審査員に“あなた、この歌詞の意味わかってるの?”と聞かれて、“おおよそ”と答えたら大爆笑になって。全国大会で入賞しました。そこからですかね、歌手になりたいと思ったのは。
中学生でサラ・ヴォーンを聞いて衝撃を受け、歌の勉強をしたいと親に伝えたら、母から“まず基礎を学びなさい”と言われて、大学ではクラシックの声楽科に進むことにしました。そのころは、ジャズの専門学校なんてない時代ですから。その後、ニューヨークのジュリアード音楽院やミラノにも留学しました。音楽はなんでも好きだから、特にジャンルは問わないんです。今はオペラの舞台でも歌っていますが、技術のベースがあるからミュージカルでもジャズでも、なんでもできたのかなと。基本的なクラシックの勉強をしておきなさいという母のアドバイスは的確でしたね。そのときの選択に感謝しています」
精力的に舞台に出演しながら夫の介護も。周囲にようやく頼れるように
──海外にも勉強に行って、ジャズシンガーというよりオペラ歌手を目指すことにしたのですか。
「そうなんです。だから挫折だらけですよ、私の人生。初めてオペラを観に行ったイタリアで、“すごいなぁ、どこから声が出るんだろうな”と自信を打ち砕かれたのが19歳です。同級生のイタリア人の友達に、“初めてオペラを観に行ったの、いつ?”と聞いたら、“3つのとき、ヴェローナで『アイーダ』を”と言われて驚愕! 歴史と伝統にはかなわないなと思って、ガクッときたんです。“公美はいくつのとき?”と返されて、“昨日”っていうぐらいでしたから。
“こんなに努力してるのに、まだまだだ。もうダメかもしれない”と気持ちがすさんで、“私はミラノ・スカラ座の舞台には立てない”と父に電話したら、“ハハハ、日本人がちょっと歌がうまいからってスカラ座の舞台に立てるわけないだろう、帰ってきたときにスパゲッティ作ってくれれば、お父さん、それで十分だ”って、まったく期待していない(笑)。でも、“期待はしてるよ、でも人って、向き不向きがあって、一生懸命やってもこれ以上できないことはある。そうしたら、ネクストステージだよ”と。
そこで“そうか、次の新しい展開か。じゃあ、どうしよう”と思って、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』を観たら、もう圧倒されました。ミュージカルのすばらしさに目覚めて、“自分も出たい”と思ったんです」
──たくさんのミュージカルの中でも、先ほどもお話に出た、24年間も出演している『レ・ミゼラブル』のマダム・テナルディエは当たり役ですね。
「“意地悪なババァ声”を作って芝居してみたら、演出のジョン・ケアードさんに“君を10年待っていた”と称賛されて。それ以来、世界中のマダム・テナルディエ役がラウンドシェイプになったんですよ。いろいろな意味で変えちゃった(笑)。
でも、“役者さんってすごいな、私、まだまだだ”って、何年やっても思っていました。“いい思い出になれば、1回でも出られたらラッキー”というつもりだったのですが、“なかなか結果を残せない”と嘆きながらも、24年間も出ることになって、感無量ですね」
──途切れずに舞台出演をしていますが、ご主人の介護と両立していて、そのバイタリティには敬服します。
「主人の介護もあるから、プライベートでも挫折だらけですよ。コロナ禍では、私が外で人に会う機会もあって心配なので施設に入居してもらっているのですが、自宅にいるときは介護士さんについていただいています。
結婚して5年で夫が事故に遭って、障がい者になってしまったときは、“もう世界は終わりだ”って目の前が真っ暗でした。一生この人の面倒を見るのかと思ったら、絶望的な気持ちになりましたね。母は“離婚しなさい”と泣くし。でも、“私なら乗り越えられるのではないか”と根拠のない自信がわいてきたんです。リハビリセンターに通って、とろみ食の作り方も学んで。私、今すぐ介護士になれますよ。料理がうまくなったのも、主人の食事を作っていたからなんです。今は喉(のど)の筋肉を鍛えなければならないので、障がい者のみなさんのコミュニティに入って、常に勉強しながら介護を続けています」
──やっぱり、そこに愛があったんですね。
「そこに愛があったのか、マストだったのか、わからないんですけど。普通の車イスで出かけられるまでになったので、ニューヨークに行こうと計画していました。コロナ禍で延期になってしまいましたが、夫にまだまだ頑張ってもらって、実現できればいいなと思っています。それには、みなさんの助けが必要です。家族を家族だけで介護しようとしてはいけないんですね。“助けてください”という言葉をようやく言えるようになりました。以前は、すべて自分でやろうと頑張りすぎていた。それは、自分も相手も苦しめるだけなんですよね。暗闇で手探りしていたような状況でした。でも、“すみません、よろしくお願いします”と人の手を借りるのに遠慮はいらない、この世の中、誰もが助けてくれるんですよ。
やはり、人はひとりでは生きていけない。この作品『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』もそれを教えてくれます。数あるミュージカルの中でも、これだけハートウォーミングなストーリーはなかなかないです。私たちの教会(劇場)にお越しいただければ、コロナによって切断された心をつなげられる自信があります。ぜひ、お待ちしております!
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita)
【PROFILE】
森公美子(もり・くみこ) ◎宮城県出身。昭和音楽短期大学卒業後、1982年『修道女アンジェリカ』でオペラデビュー。翌年『ナイン』でミュージカルデビュー。’97年のオリジナル版『レ・ミゼラブル』からマダム・テナルディエ役を演じている。’15年、第40回菊田一夫演劇賞を受賞。地球ゴージャスプロデュース公演『Xday』『海盗セブン』、『ゴースト』など舞台のほか、テレビ出演、歌手活動など多方面で活躍。’22年11月からの舞台『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』では4度目の主演を務める。
「天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~」
2022年11月13日(日)~12月4日(日)@東京都『東急シアターオーブ』
・原作:映画『天使にラブ・ソングを…』(脚本:ジョセフ・ハワード)
・脚本:シェリ・シュタインケルナー&ビル・シュタインケルナー
・音楽:アラン・メンケン ・歌詞:グレン・スレイター ・演出:山田和也
・キャスト:デロリス・ヴァン・カルティエ…森公美子、朝夏まなと/エディ…石井一孝/カーティス…大澄賢也、吉野圭吾/オハラ親父…太川陽介 修道院長 …鳳 蘭 ほか
※チケット情報、公演詳細は公式HPへ→https://www.tohostage.com/sister_act/