『らんまん』第8週、万太郎(神木隆之介)は寿恵子(浜辺美波)との会話をヒントに、図鑑作りを思い立った。「大学も教授も関係ない、一生かける、わしの植物学!」と盛り上がっていた。だけど万太郎の頭上には、「大学も教授も関係ある」暗雲が垂れ込めている。
暗雲を知らせてくれたのは、画工の野宮(亀田佳明)。「ひとまず安泰じゃないですか。教授の役に立つうちは、ここにいられますから」と低い温度で万太郎に告げる。田邊教授(要潤)にスカウトされて教室に通うようになった人で、次にはこんなことを言う。「この教室では植物を愛することより、もっと大事なことがある。逆らってはいけませんよ」。
はい、ここでご報告。田邊のこの感じ、私、前回に予想しました。「君を歓迎する」が「君を利用する」に聞こえると書いたら、そのとおりに。40話で田邊が、万太郎の描いた植物画をちゃっかり自分のものにした。「Can I have this illustration?」「Of course」。万太郎、甘すぎる。
幸吉(笠松将)の続投を予想した高知編で、見事にはずしてからのリベンジ。以上、報告終了で、今回は「『らんまん』は明治の話なのに、ちょいちょい“今どき表現”が入る」について考える。まずは37話、万太郎が長屋の差配・りん(安藤玉恵)を、西洋料理店に招いたシーンから。
りんは、万太郎が大学で仲間はずれにされていることを見抜き、よそから来る人間は怖いのだと話す。万太郎は玄関からでなく、いきなり縁側から上がり込んだ。泥棒か、お隣さんか、福の神かわからない。そう言って上手に「行動変容」を促していく。「理想の上司(女性)」第1位は水卜麻美さんでなく、りんさんではないだろうか。
脚長=カッコいい、は昭和以降のイケメン基準?
この店は竹雄(志尊淳)の職場だから、白い上着に黒のズボンというボーイ姿で竹雄が来る。女性客たちがざわついている。「よう似合っちゅうのー。シュッとしてる」と万太郎。「竹ちゃん、身体の半分が脚だわ」とりん。「半分以上じゃ」と万太郎。
「身体の半分(またはそれ以上)が脚」という表現で、急に「今どき」感がアップした。「脚が長い=カッコいい」って、昭和以降の価値観では? そう思い、テレビの向こうがいつの時代なのか、ちょっと混乱する。
私の認識では、日本における「脚長俳優第1号」は石原裕次郎さんだ。1956年に映画『太陽の季節』でデビューしたとき、脚が長いと話題になった。私の生まれる前のことだが、「芸能界の基礎知識」として知っているのだ。ちなみに「顔が小さい第1号」は小泉今日子さん(1982年デビュー)ではなかろうか。山口百恵さん(1980年引退)のちょい下である私だが、「中3トリオ」の時代から、3人の顔のサイズが論じられた記憶がない。キョンキョンはすぐに「顔が小さい」人になった。カッコいいの尺度は、時代が連れてくるのだと思う。
もちろんそんなことは『らんまん』制作陣もわかっているわけで、「竹ちゃん、脚長」はあえて入れたのだろう。「『らんまん』は、ちょいちょい今どきを入れてきますよ」と示すのが目的だと思う。なぜ、そんなことをする必要があるかというと、万太郎だ。生活能力はまるでなく、植物だけをひたすら愛する。そのキャラを今日的に理解するため、あえて「今」を入れる作戦だと思う。
「稼がない万太郎を愛する寿恵子」を肯定するためのオタク設定
結果、寿恵子がオタクになった。万太郎と再会した30話、寿恵子のオタクっぷりが描かれた。母の営む和菓子屋の2階、自室の床いっぱいに本。表紙には『里見八犬傳』。単なる読書家ではないことの証として、寿恵子に言わせたのが「尊い」という言葉。正しく再現すると、「あ…ちょっ…何これ!? 現八と信乃、尊い! ああ…馬琴先生、天才すぎる〜!」。
万太郎のモデルとなった牧野富太郎一家が極貧生活を送ることは、自伝などから明らかになっている。万太郎は富太郎ではないが、お金を稼ぐ気がないことは、もうさんざん描かれている。寿恵子の将来の夫は、そういう人。寿恵子はそれでも結婚を決め、生涯愛し続ける。そういうドラマにする以上、昨今の女性にもそれを納得してもらわねばならない。「稼がない夫」「愛する妻」を肯定する、その今日的な最適解が「オタク」だった。「ひとつのことに夢中な者同士なら、オッケーだよね」。それでいくことにしたのだろう。
かくして寿恵子は八犬伝オタクになった。浜辺さんは民放ドラマ『ウチの娘は、彼氏が出来ない!!』(2021年)でも可愛いオタクを演じていた。34話では、「いっそ八犬士になりたい!」と身悶(みもだ)えていた。もしやNHK、寿恵子にコスプレをさせる気か!?
ツイッターに上がった9週の予告編によると、万太郎は和菓子屋の前で「まっすぐ走ってお嬢様を迎えに来ます」と言っていた。植物雑誌作りの進展と、峰屋の混乱も予告されていた。雑誌にお金がかかるうえ、頼みの実家も不安定。だけど愛は着々進行中。
というわけで、「『らんまん』今どき化作戦」が実行されているのだ。オタク用語ばかり目立つのもなんだから、他の「今どき」も入れておく。それって楽しいよね、と制作陣のノリが加速。「竹ちゃん、身体の半分が脚」も登場した。とすれば、これからも今どき言葉がちょいちょい来る。次は「竹ちゃん、顔小さい」あたりではないかと思うが、さてどうだろう。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。