唯一無二の存在感を放つロックバンド『怒髪天』のボーカルでありフロントマンを務める増子直純さん。近年は俳優業やテレビ番組のコメンテーターなどジャンルにとらわれない活躍をしています。
インタビュー第1弾(記事:自衛隊、実演販売、雑貨屋店長などを経験し、40代後半で初の武道館ライブ。『怒髪天』増子直純さんのバンド人生)では、ヤンチャだった子ども時代から、上京しバイトをしながらバンド活動を続けて、40代での初・武道館ライブに至るまでを振り返ってもらいました。今回は、人生経験豊富な増子さんに、50代の生き方について熱く語ってもらいます。
孤独な人が多い50代。友達関係をつくるには?
──ネットニュースなどで、たびたび「50代の男性は友達がいなくて孤独である」という報道がされていますが、同世代の増子さんはどのように感じていますか?
「50代と言わず、40代ぐらいから友達がいないという悩みを聞くけれど。そんなのバンドやればいいんだって! ほとんどの悩みってバンドやることで解決するのよ。メンバー募集して、そしてバンドやる。もうこんな楽しいことないから! 」
──バンドってどういう部分が楽しいんでしょうか。
「もうバンド最高だよ。友達もできるし、目標もできるし喜びも得られる。楽器だってどんどんうまくなるんだから、すごく面白い」
──怒髪天のメンバーは、仲がよさそうですよね。
「仲がよくないとやっていけないよね。もうかりもしないから(笑)。今までメンバーに対してすごく厳しくする部分があったんだけど、ある時、気づいたよね。“もうこいつ50だし、俺が言うことじゃねぇな”っていう。付き合いが長いと、若い頃から関係性が変わらないからね。でもお互いにいいおじさんだから、許容できるようになってきたよね」
──増子さんは同年代のミュージシャンとも、仲がいいですよね。
「そうだね。ジャンルも違えば、活動してきた環境も違うけど、みんなそれぞれ同じ時代を戦ってきた戦友でもあるからね」
──人間椅子のノブさん(注:『人間椅子』のドラム・ナカジマノブ)が昔やっていたバンドと怒髪天が対バンした時に、ノブさんのホテルの部屋に一緒に泊まったという話をされていたことがあるのですが。
「まだ、札幌にいた頃かな。当時、彼がやっていたバンドが函館にツアーに来た時に、俺らが対バン相手だったんだよね。冬だったんだけれど、俺らはホテルに泊まるお金もないから車中泊でいいやと思ったら、すごく寒かったんだよね。そうしたら彼が心配してホテルの部屋に泊めてくれた。すごい恩だなって思った。あのままだったら死んでいたからね(笑)」
──ノブさんが、その時のことを増子さんが覚えていてくれて、怒髪天の武道館ライブに招待してくれたと話されていたのですが、増子さんはすごく義理堅い人なのだなって感じました。
「なかなか今の時代じゃないよね(笑)、死ぬかもしれないなんて。ライブが終わった後にホテルを取らないってことは何度もあったからね。ただあの時は想像以上に雪がすごかった(笑)。いまだにその頃に対バンしたバンドのメンバーとは、付き合いがあるよね」
──怒髪天ファンにとってはおなじみなのですが、『ソウル・フラワー・ユニオン』のキーボードの奥野(真哉)さんが、毎年12月24日になると彼女と間違えて増子さんに「早く会いたいなあ」とメールを送ってしまい、増子さんが「帰ったらのもうぜ」と返信されたという逸話をTwitterで投稿されていますが……。
「どういう名前で俺のこと登録しているんだよっていう(笑)。毎年クリスマス前になると、奥野から俺に“(Twitterに投稿用の)新しい写真ある?”って連絡が来るんだよ(笑)」
──ミュージシャン仲間からも、音楽のジャンルを超えて親しまれる理由って、ご自分ではなぜだと思いますか?
「人から恨まれるようなことをしてないからじゃない? バンド自体も、あまりにも歩みが遅かったし、誰かにねたまれるようなこともやってないからね、今まで。やっぱり周りの仲間は、そういうところをちゃんと見てんじゃないかな」
──周りの人が恵まれているのを見たりすると、どうしても卑屈になってしまいそうですが……。
「基本的に誰かに何かを求めるということは、ほぼないからな……。たまに(インタビューなどで)“自分のこと好きですか? ”っていう質問もされるけれど、好きも嫌いもないよね。だって自分っていう存在は、もう“(神様から)配られたカード”だから。なんとかいい方向に自分がなるように、楽しく暮らせるようにっていうことだけしか考えてこなかったからね。でも、活動休止期間に感じたことだけど、ちゃんと働いている人たち、ちゃんと暮らしている人たちって、俺が思っている以上に周りと調和しようと気を遣っているんだなって」
バイトしてもバンドを続ける覚悟
──みんな実際にやりたいことがあったりしても、いろいろなリスクを考えると我慢して働くかもしれないですね。
「俺の場合は、なんとかならなくても、こういう生き方しかできないからね。ただ、自分が思い悩んで生きづらくなるぐらいだったら、我慢しないで暮らしたいなっていうのはあるよね。人に迷惑をかけない範囲で。俺はもっと精神の健康を大事にしたほうがいいって思うんだよね」
──昨年、『ARABAKI ROCK FEST.20th×21』が中止になったのを受けて配信された『THINK of MICHINOKU』で、増子さんが「たとえバイトしてでもバンドを続けていく」という発言をされていて感動しました。
「だって、バンドなんて頼まれて始めたことじゃないから(笑)。やりたくてやっているんだからね。コロナ禍になった時に“ここからライブができなくなったらどうする?”みたいな話になったけど、最悪、4人いれば演奏できるし、バンド活動はライブだけではないし、バイトでも仕事でもやりながら続ければいいからね」
──増子さんにとって、バンド活動を続けていくっていう選択肢以外はないのだなって感じます。
「ライブやって、アルバムを作っていくことしかできないもんね。好きで自分たちが勝手にやっていることなんだし(笑)。昔は“なんでこんなにやっているのに、お客さんが来ないんだ”とか、“こんないい曲を作ってもわかってもらえない”って思っていたけれど。こっちが勝手にやっていることだからね。そんなこと言ってたら、もう完全に逆恨みだよね(笑)」
あばら骨が折れてもライブ。コロナ禍でつらいのはファンが歌えないこと
──バンド活動の面白さはどこに感じていますか?
「それはいつか“全部やれた”っていう満足度が高いライブができることかもしれなし、決定打だって思える曲を作ることかもしれない。まあ不可能に近いんだけどね。でも、そこに向かっていくことが面白い。メンバーの全員が全員、気力体力のピークでライブを迎えることなんて、ほぼないよ。誰かが具合が悪かったり、腹痛かったりするしさ(笑)。それをメンバーでカバーし合って、いつものアベレージをちょっとでも超えてく。そういうことをやっていくのがやっぱり醍醐味(だいごみ)というかね。一番面白いし、それはもう何物にも代えがたい」
──増子さんの姿を見ていると、命がけでライブしているのが伝わってきます。
「死ぬかって思う時があるよ。でもなかなか死なない。自衛隊で鍛えたのがよかったのかな。骨折ぐらいじゃね、キャンセルしない。あばら骨が折れたことあるけど、さらしを巻いてライブしたよ。骨の1本、折れたぐらいならライブできるよ」
──力強さでいえば、私は増子さんと握手してもらったことがあるのですが、ものすごく強く握りますよね。
「握手ってそういうもんかなという感じ。軽く流す人はしょっちゅう握手しているんじゃない(笑)? 人と握手した時にあっさりされたら嫌じゃない。握手って調印式みたいな契約を結んでいるっていう気持ちで臨んでいる。ファンも自分たちのことをわかってくれている人たちだし、しかもチケットとか音源を買ってくれてるってのはとんでもない話。もう感謝しかないよ」
──今はライブではファンの声出し(発声)禁止ですが、歓声なしには慣れましたか?
「慣れはしないよ。お客さんに我慢してもらってるわけだし。本当、早くどうにかなってほしいよね。みんなで歌うように想定して作っている歌がいっぱいあるからね。そこを今、全部自分で歌わなきゃならないから物理的に大変だよね。早くみんなに任せたい(笑)。ライブって曲を聴かせるわけじゃなく、ファンとのやりとりで完結するもの。客席まで含めて全員で、一緒に作るもんだって思っている。ステージ上だけで完結するなら、リハーサルと変わらないからね。やっぱり俺はそうじゃないものを求めてライブをしているんだよ」
──いろいろなことを経験されていますが、増子さんが今後やってみたいことってありますか?
「やってみたいことね……。いい曲作っていいライブをやるのが最優先。それ以外だと、舞台やったりとか、芝居やったりは面白いよね。芝居の場合はOKラインが自分では判断できなくて、自分が“よしっ、できた”って思っても“もう1回お願いします”って言われたりするからね。そういうのが面白いよね」
50代はちょっと無理だと思うことに挑戦したほうがいい
──では、50代の読者の方達に何かメッセージはありますか?
「やっぱり、バンド結成かな(笑)。ゼロから1を作るっていう面白さ。なんにもないところから1個作る面白さって、奇跡に近いよね。それはみんなバンドやれば経験できると思うけどね(笑)」
──ほかにも、挑戦したほうがいいこととかありますか?
「俺なんて50代になっても知らないこと山ほどあるよ。だから50代こそ、自分にはちょっと無理かなと思うものをやったほうがいいと思うよ、マジで。ハードルが高いというか、楽にできそうなものじゃないほうがいい。バイク乗ってみるとかもいいよね。
あとは身の回りのものを全部、自分が納得のいく好きなものでそろえてみる。それがやっぱり理想だよね。靴はこれ、紅茶はこれ、みたいに、1つずつこれまでの知識と経験で“自分の好き”を決めていくっていう作業は楽しいね。例えばソースはね、名古屋の『コーミソース』っていうのがすごくうまいよ。そうやって1つ1つ見つけていくと物にも愛着わくし、楽しいよね。やっぱり身近なところから生活を楽しんでいけるといいよね」
◇ ◇ ◇
撮影から取材まで、ずっとしゃべりっぱなしで取材班を笑わせながらも元気づけてくれる増子さん。ドラマや情報番組に出演しても、増子さんの本質が音楽活動にあることは変わりません。いつまでも歌い続けていく姿に、ファンも勇気づけられています。
(取材・文/池守りぜね)
〈PROFILE〉
増子直純(ますこ・なおずみ)
1966年、札幌市出身。怒髪天のボーカル。一度見たら忘れられないエモーショナルなライブスタイルと、その真逆をいく流ちょうなMCが混在するステージは圧巻。その気さくなキャラクターで「兄ィ」の愛称で親しまれている。過去、ゲーム専門誌ファミ通で連載コーナーを持つほどゲームへの造詣も深く、また、お宝鑑定団へ出演するほどの生粋のヘドラコレクターでもある。楽曲提供、TVCM、映像/舞台作品出演も積極的に行うなどマルチに活躍中。
2022年10月19日(水)ダンスホール新世紀(東京/鶯谷)
2022年10月20日(木)ダンスホール新世紀(東京/鶯谷)
開場18:15 / 開演19:00 / 終演予定21:00
前売 1F立見 6600円(税込み/整理番号あり/Drink別)
チケット発売中!
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