今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2023年3月時点で4億8900人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、バブルのさなかとなる1988年にデビューし、その年末にリリースした3rdシングル「愛が止まらない~Turn it into love~」で平成の幕開けとともに大ブレイクを果たしたWinkに注目。当時からゴージャスな衣装と儚(はかな)げな雰囲気でオリコンTOP10シングルを15作もリリースしてきたが、現在でもSpotifyでは常時、月間20万人を超えるリスナーがいる。これは昭和デビューの女性アイドルの中では“神7”となるレベルの数字だ。
そして、その作詞のおよそ3分の2を手がけてきたのが及川眠子(おいかわ・ねこ)だ。及川は、平成でもっともカラオケで歌われた楽曲(JOYSOUND調べ)である「残酷な天使のテーゼ」の作詞家としても有名だが、ほかにも、やしきたかじん「東京」、ミュージカルなど舞台用の楽曲、さらに近年は、ドラァグクイーン・ユニット『八方不美人』の作詞兼プロデュースまで手がけるなど、多岐にわたって活躍している。今回は、そんな及川が持つエピソードを中心に、現在のサブスクにおいて支持されているWinkの楽曲を考察していく。ちなみに及川自身は今のところ、CDとYouTubeをメインとして音楽を楽しんでいるとのこと。
「淋しい熱帯魚」=Wink。空耳が広まりハロウィンの歌だと思っている人も
では、さっそくSpotify順位を見ていこう。Winkの場合、常時20万人前後のうち、海外リスナーが約4割! これは海外のカバー曲が多いということも人気の理由だが、後述するように彼女たちのカバーのほうが原曲よりも再生されている楽曲も多く、むしろWinkの世界観全体が、海外リスナーにも支持されているといえるだろう。
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第1位は、5thシングルとなった「淋しい熱帯魚」(’89年)。本作は発売当時、パナソニックCMソングに起用され、また「愛が止まらない」「涙をみせないで~Boys Don’t Cry~」と2曲カバーが続いたあとのオリジナル曲。前2作に続き大ヒット(当時オリコン年間第7位、累計56万枚)を飛ばしたことで、同年末の「日本レコード大賞」も納得の受賞となった。さらに近年でも、WANDA、虫コナーズ、日清焼きそばU.F.O.、UQモバイルと、複数のCMにオリジナルやその替え歌が使われまくっている。海外でも約2割が再生されているが、それ以上に日本で長く愛されてきたことで堂々の1位となっているのだ。
「これは、Winkのふたりを見た瞬間、“淋しい熱帯魚”という言葉がピッタリだと思って書いたんですね。ポツンと水槽に2匹だけが泳いでいる感じで、儚げで頼りなさそうなイメージ。あと、“さびしい”じゃなくて、“さみしい”なんです。濁音だと音に重さが出て、ヒラヒラしたイメージがなくなってしまうので。そして、漢字も、魚にかけているから“寂しい”ではなく、サンズイの“淋しい”。このほうが美しく見えるでしょ」
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「淋しい熱帯魚」といえば、サビ部分の ♪Heart On Wave〜 の発音と、操り人形のような振りつけが有名だが、昨今の若者には、当時とは異なる感じで伝わっているようで……。
「最近はハロウィンの季節になると、若い子たちが例の部分を“ハローウィーン”って歌っていますよ。もともと私は、Heart On Waveって書いたのに、それを(プロデューサーだった)水橋春夫さんが“ハローウェー”ってWinkに歌わせたもんだから、みんながハロウィンの歌だと思い込んでいるのでしょうね(笑)」
及川いわく、Winkは水橋春夫という天才プロデューサーのもとに、作詞家・及川眠子、編曲家・船山基紀(のちに門倉聡も担当)、振付:香瑠鼓、衣装:源香代子 という優れた職人が集まったことで成功した一大プロジェクトで、「淋しい熱帯魚」はまさにその象徴的な作品と言えるだろう。近年でも、デビュー30周年となる’18年に『第50回 思い出のメロディ』や『第60回日本レコード大賞』にて、この座組でのWinkのパフォーマンスが大きな話題となった。
「愛が止まらない」は30分で完成「Winkへの思い入れがないまま書きました」
そしてSpotify第2位は、彼女たちがブレイクするきっかけとなった3rdシングル「愛が止まらない」(フジテレビ系ドラマ『追いかけたいの!』主題歌)。こちらは、670万回再生となっているが、原曲のカイリー・ミノーグ「TURN IT INTO LOVE」は約180万回と、Winkの人気にカイリー版が引っ張られている形となっている。ちなみに発売当時も、及川がつけた“愛が止まらない”というタイトルでカイリー版がシングルをリカット、つまりWinkに便乗する形でヒットしていた(なお、このタイトル使用料は及川には入っていないとのこと)。
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それにしても、♪かさなりあった目の甘い罠~、♪走り出した愛に 理性のバリアは効かない~、など、ずいぶんとオトナな歌詞で攻めている印象だ。これはどういった経緯で生まれたのだろうか。
「実は、このときはまだWinkの顔も年齢も知らないで書いているんです。ドラマの主題歌になることが決まって、2人組という情報だけでカイリー・ミノーグの原曲を聴きながら書いたから、大人っぽくなったんでしょうね。しかも、私のマネージャーが“この作詞の仕事はコンペだから(頑張ってくださいね)”って、ウソをついたんですよ。私は、コンペだったら絶対に獲れないと思って、力まずに30分くらいでパパッと書いたら、それが採用になりました」
及川には、コンペには通らないというジンクスが長年あるらしく、その理由が最近、自分なりにわかったそうだ。
「コンペって、パラパラと紙をめくって何百曲もの歌詞を見るでしょう? そうすると、私の詞って、字面が悪いようなんですよ。だから、(文字だけ見て判断する)コンペは通らないと思っています。これまでも、紙で見たディレクターに“これはないんじゃないの?”ってしょっちゅう言われていて。でも、そのまま1回歌ってもらったらバッチリで、“ごめん、完璧にハマったね”って言われるんですよね。だって、私は曲に合わせた歌詞を書いているんですから(曲にのせたらピッタリなはずなんです)。
『愛が止まらない』のときも、この類のコンペだと思っていたので、Winkをどうしたいとか、どう感じたとかいう思い入れは一切ないまま書きました。だから、ディレクターに見せたら“うわぁ~、大人っぽい歌詞だ~”と。次のシングルの『涙をみせないで〜Boys Don’t Cry〜』も外国曲のカバーで、(彼女たちを意識せずに)曲調に合わせて書きました。そのあとのアルバム(『Especially For You〜優しさにつつまれて〜』)では、Winkに合うかどうかを試行錯誤しつつ何曲か書いて、作詞の時点で彼女たちをより強く意識したのは、その次のシングル『淋しい熱帯魚』あたりですね」
確かに「愛が止まらない」ではWinkとしては大人の色気が過多にも思えるし、「涙をみせないで」は、Winkとしてはやや不自然なほど明るいし、「淋しい熱帯魚」で彼女たちをバッチリ言い当てたという話にも納得がいく。
さらに、これらのカバー曲とオリジナル曲の作詞には大きな違いがあるそうだ。
「Winkが歌った海外のカバー曲は、単発の報酬で買い取ってもらっていて、もう私に権利はないんですよ。つまり、『淋しい熱帯魚』は、いろいろな形で印税が発生していますが、『愛が止まらない』はどんなにヒットしても、誰がカバーしても、もう私には一切入りません(笑)。
でも、日本のオリジナル曲であろうと、英語曲であろうと、そこに日本語をのせるのが得意なのは、それ以前にミュージカルの仕事をやってきたからかもしれません。ミュージカルってポップスだけじゃなく、クラシックやオペラから、先日、日本語詞を担当した『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のようなハードロックまで、いろんなジャンルをやらなくちゃいけない。その中で、感性に関係なく、職人としての作業に徹することができるので、ミュージカルの仕事はとても好きですね。そうして生み出したものは、私の中では、“poem”でも“lyrics”でもなく、“music words”なんです。スタッフクレジットでも、なるべくそう表記してもらっています」
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Winkは外国曲を使いやすい状況下にあった。3〜5位の楽曲は海外で大人気に!
外国曲のカバーは、先方への許諾が大変だという話をよく聞くが、Winkがこれだけ大量の外国曲を歌えたのはなぜだろうか。
「確かにミュージカルで既成の外国曲を使用する場合は、いったん粗く日本語に訳したものをもらってから、私が音にはまるように歌詞を書きます。それを今度は、英語に直して海外で許諾を取るという作業が必要ですね。
でも、Winkがフジパシフィック音楽出版に所属していたころ使用した外国曲は、そこの管理楽曲なので、原曲を気にせずに100%日本語で作詞しても問題がないんですよ。そもそも、(フジパシフィック音楽出版は)自社管理の外国曲を二次使用したくて、Winkをデビューさせて歌わせたという側面もありますからね。だからこそ、カバー曲が続いたあとに『淋しい熱帯魚』を出したのは、(賞レースの対象外となる海外カバーではなく)日本のオリジナル曲で日本レコード大賞を狙いにいきたかったからです」
このような話を聞くと、まさにWinkは巨大なヒット・ファクトリーだったということがよくわかる。
そして、3位には外国曲のカバーで、デビュー曲となった「Sugar Baby Love」、5位には、なんと1stアルバム『Moonlight Serenade』収録のキラキラなポップス「渚物語」、そして6位には、’94年のシングル「いつまでも好きでいたくて」のカップリング曲「愛を奪って 心縛って」がランクイン(これら3曲の作詞はいずれも及川ではない)。3曲とも、日本ではそこまで大人気でないということもあり、9割前後が海外で再生されているが、それぞれ事情が異なるようだ。
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3位の「Sugar Baby Love」は、’74年にイギリスやドイツでヒットした楽曲で、原曲の再生回数はSpotifyでも3000万回を超えるほど。その人気に派生して、Wink版もヨーロッパを中心とした海外のJ-POPファンに多く再生されている。
これに対し、5位の「渚物語」と6位の「愛を奪って 心縛って」は、ともに日本のオリジナル曲。前者は、シティポップに通じる陽気な曲のためかアメリカやインドネシアで人気。後者は、華美なアレンジや強めのダンスビート、それと対照的に儚げな彼女たちのボーカルが、海外のインフルエンサーを刺激したのか、アメリカやメキシコで人気と、曲によって好評な地域が異なるのが興味深い。
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ここまで追ってみると、Winkが当時のみならず、今のヒット事情もかなり特殊であるということがわかった。前述のように緻密に計算されたプロジェクトだからこそ、さまざまなフックがあちこちに引っかかって、これだけ多層的なヒットになっているような気さえしてくる。
第2弾では、さらなるヒット曲の数々や、それらを手がけた及川のプロフィールにも触れていこう。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
及川眠子(おいかわ・ねこ) ◎作詞家。1960年2月10日生まれ、和歌山県出身。’85年三菱ミニカ・マスコットソング・コンテスト最優秀賞作品、和田加奈子『パッシング・スルー』でデビュー。Wink『愛が止まらない』『淋しい熱帯魚』(’89年度日本レコード大賞受賞)、やしきたかじん『東京』、新世紀エヴァンゲリオン主題歌『残酷な天使のテーゼ』(’11年JASRAC賞金賞受賞)『魂のルフラン』、CoCo『はんぶん不思議』等ヒット曲多数。著書には『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『ネコの手も貸したい』(Rittor Music)などがある。数々の歌い手に詞を提供するとともに、ミュージカルの訳詞や舞台の構成、CMソング、アーティストのプロデュース、エッセイやコラム等の執筆や講演活動も行っている。
及川眠子 会員制オンラインコミュニティサイト「知のアジト」発足!
及川眠子が気になった出来事をつづったり、会員同士で「推し」を紹介し合ったり、及川眠子とさまざまなジャンルのクリエイターが語ったりする中で、会員の“知的好奇心”を刺激し、また、人と人との新たなつながりを生み出すためのコミュニティサイト「知のアジト」が’22年に誕生。詳しくは公式サイトへ!
◎「知のアジト」オフィシャルサイト→https://chinoagito.com/about
◎及川眠子オフィシャルサイト→http://www.oikawaneko.com/
◎公式Twitter→@oikawaneko