アジア最大級の繁華街・歌舞伎町。この町には多種多様な人がいる。いま日本で最もダイバーシティが成立している都市のひとつといえるだろう。そんな歌舞伎町で20年以上、ホストクラブや飲食店などを経営するSmappa!Groupの会長が、手塚マキさんだ。
今回は歌舞伎町の変遷を見てきた手塚さんに「歌舞伎町が多様化できた理由」についてインタビュー。歌舞伎町に根づいている他者との接し方・考え方を伺うと、なんとも禅的で飄々(ひょうひょう)とした「生き方のヒント」が見えた。
ファッションのない町・歌舞伎町
──手塚さんは歌舞伎町という町の特徴について、よく「多様性」を挙げています。どういった部分を見て、そう感じたんですか?
「まぁ、働いている人も遊びに来る人も歌舞伎町にはいろんな人がいますよね。
僕はよく“ファッションがない”と言います。例えば下北沢には下北沢っぽい服装の人がいるし、その地域っぽいファッションってあるじゃないですか。その点、歌舞伎町って一概にはくくれない。いろんな人が共生していますよね」
──たしかに「歌舞伎町っぽい人」という像はさまざまです。ホストの方、スーツのサラリーマン、ジャージの若者、外国人観光客も多いです。なぜ歌舞伎町にはいろんな人が集まるようになったんでしょうか。
「戦後、商店街の人たちが歌舞伎町を文化の街にしようとしたんですね。それまでは劇場、映画館など大きな建物から、ジャズ喫茶など極地的なお店まで、長いあいだ東京のカルチャーを牽引するような街だったんです。しかし、ビルオーナーが二代目三代目と引き継がれていくごとにそういうビジョンは薄れていって、何でもありの風潮になっていった。
自然といろんなお店ができて人が集まったのは、多様化するうえで重要だったと思います」
──まったく別の属性の方が集まって、分断が起きないのがすごいですよね。
「いや、歌舞伎町内でも分断はありますよ。どうしてもホストはホストで集まるように、全員が垣根なく絡んでいるわけではないですね。
でもどこかで他者と自分との”重なり”を発見して尊重する文化は根づいていると思います。だからいろんな人が一緒に生活できるのかな、と」
──なぜ歌舞伎町の人は他者を尊重できているんでしょうか。
「“適度な無関心”という感覚を持っている方が多いんじゃないかな。みんな他人に無関心だからこそ、結果的に尊重できていると思うんですよ。
例えば歌舞伎町には雑居ビルがたくさんありますが、ビルオーナーも“自分のビルに入る店の業態”はよく確認しないのが普通でした。もちろん経営に口出しをすることもない。オーナー自体は歌舞伎町にいなかったですからね。
これが大きなビルだと、そうはいかないじゃないですか。例えば『渋谷109』で何かトラブルが起きたら東急さんの責任が問われます。でも雑居ビルってあんまりオーナーの責任は問われない。
だから結果的には相手のやりたいことを尊重できているんじゃないかな、と思います。適度な距離感を保ってコミュニケーションを取るのは歌舞伎町に共通していると思いますね」
自分の価値観を相手に押しつけないという優しさ
──面白いです。”無関心”は相手を受け入れる優しさでもあるな、と。自分の考えで相手をコントロールしたくなるところを「一歩引く」能力ってすごく大事です。
「相手への尊厳さえ持っていれば、社会は多様化していくと思うんですよ。
例えば、効率を求めず“自分の手で畑を耕すのが好きだ”という人に“いやいや機械化したほうが便利だし早いじゃん”と価値観を押しつけるのは、あまりに想像力がないですよね。たとえマイノリティだとしても、その人は鍬(くわ)を振ることに幸せを感じているわけですから。
社会のルールを作るうえで、マジョリティを作ったほうがコントロールしやすいのは確かだと思います。でもその結果、多様性からは遠ざかっていく。
歌舞伎町で生きる人は他者に対して適度に無関心だからこそ、結果的に各々の考えを尊重できている。“それぞれの価値観のまま暮らせる社会”を作りたいのであれば、歌舞伎町のマネをすればいいじゃんって思いますけどね」
──なるほど。ただ「自分の意見を押しつけないこと」って人間としてハイレベルだと思います。みんなつい社会的欲求を求めてしまい、口出しをしてしまうわけで……。そう考えると歌舞伎町で生きる方は一人ひとりが自立できているのかもしれません。
「なんというか、“ムラ”なんですけど、ムラっぽくないですよね。なんだかんだ歌舞伎町では“お金が正義”という価値観が根付いているのが、その要因なのかなと思います。
例えば港区だと新店のオープニングや周年パーティーは無料で招待するのが普通だと思うんです。でも歌舞伎町はどんなに仲がよくても、必ずお金を取ります。みんなそのことをわかっているので、思い切りお金を使ってお祝いする文化がありますね」
──お金を取ることで一定のラインを引くというか、距離感を保っているわけですね。
「そうです。お客さんに対しても同じで、知名度や社会的地位は関係ない。“今日〇万円使ってくれる客”というクールなラベリングをします。僕が行くときも同じで、“経営者の手塚マキ”でもないし、“現代アート好きの手塚マキ”でもない。ただ“今日3万円使ってくれる人”と見られますね。
お金を尺度にすることで過度に他人に踏み込まない。一人ひとりが独立できているんだと思いますね。だから他者に対して適度に無関心な状態を保てるんじゃないかな」
──そこが飄々としていて素敵です。客の立場でいうと「柳緑花紅(※)」というか、経営者であっても有名人であっても、人としてむき出しの状態で存在できるわけですね。
※禅語。人の手を加えられず、自然のままにいることのたとえ
「歌舞伎町に遊びに来るお客さんは、それが楽なんでしょうね。日常生活とは無縁の空っぽな状態で過ごせる。だからこそ普段の自分では絶対に出合えない体験ができますしね。
働いている人も色眼鏡で客を見ることはない。だから誰でも受け入れられるわけで、自然と客層も多様化しているんだと思います」
──なるほど。
「ただ一人ひとりが独立していながらも、歌舞伎町で働いている人って、基本は歌舞伎町内の店で遊ぶんですよ。つまり歌舞伎町の経済って、かなり内々で回っている部分も多い。そのあたりは”ムラ”として成立している。これはまた独特な文化ですね」
過去や未来などない。歌舞伎町にはただ「今」だけがある
──「お金が正義」の話でいうと、以前歌舞伎町で働く方に取材した際「”かわいい”じゃなくて”〇万円稼げる顔”って褒めてほしい」と言われたんです。そのことを思い出しました。
「ホストもよく整形して、”今”お客さんに喜んでもらえる顔に変えていますよ。“1年後はこの顔は流行(はや)らないけど、どうしよう”とも考えない。この1年でお客さんを獲得する、という気概で商売をしています。経営側も3年かけて従業員を教育しようなんて考えません。
歌舞伎町って常に刹那的なんです。だから他の町にはない勢いとインパクトが生まれるわけですよね。そのエネルギーに魅力を感じる方も多いんじゃないかな」
──未来や過去を振り返るのは意味がなく、常に「今」しかない。「而今(過去や未来ではなく今に集中すること)」というか……これも禅的で自由な考えだと思います。
「私自身、子どものときから”将来の夢”とかを考えるのは嫌いでしたね。未来なんてわかんないですからね。本来は人生って“今”の連続であって、過去とか未来は結局のところ今を生きるための安心材料でしかないと思うんですよ。
それでも社会は未来の不安をあおって、住宅ローンとかを組ませるじゃないですか。為政者がそういったことを後押しして今(現実)から目を逸らさせ、未来や過去に目を向けさせるのは、私は無責任な気がします。
資本主義社会では理想論かもしれないけれど“1円もなくて職もなくたって、今を生きていこう”と前を向ける社会がやっぱりいいですよね。働きたい人が働けばいい。私は資本主義というルールもゲームのようで好きだから仕事をするわけであって、そういう風に仕事をしたい人が仕事をすればいいと思っています。誰もかれも未来や過去の話を押しつけるのは、よくないと思います」
──さっきの肩書きの話にも通じますが「今しかない」という考えは「”ただのひとりの人”として扱う」という考えにも近いものがありますね。その人のバックグラウンドなんか関係ない。
「その人が何をやってきたか、何をする予定なのか、なんて関係ないですからね。“で、今どんなことに気づけるの?”“今、何を感じるの?”というだけです。
だから歌舞伎町では、誰もが素の自分として存在できる。そのうえで受け入れてくれる。だから当然、いろんな人がやってくるようになるんでしょう」
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)