『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』など、アニメ作品の劇場版が立て続けにヒットを飛ばしています。そして、作品に負けない人気を誇るのが、登場人物たちの“声”を担当する声優です。洋画に日本語の声をあてる“吹き替え”も、声優の大事な仕事の1つ。ベテランになると、ほとんど専任のようなかたちでハリウッド俳優の声を担当します。
羽佐間道夫さんも、そんな声優の1人です。インタビューの第2回(全4回)では、羽佐間道夫さんが吹き替えを担当する『ロッキー』シリーズのシルベスター・スタローンのお話を伺います。
吹き替えをやった映画は7000本以上
──羽佐間さんのキャリアは50年以上に及びますが、吹き替えた映画や俳優の数は覚えてらっしゃいますか?
「正確には覚えていません。ただ、調べてくださった方がいて、その方が言うには、映画は約7000本、ハリウッドスターの吹き替えは275人になるらしいんですよ。まあ、50年もやっていれば、そのくらいにはなるだろうとは思います」
──そんなになるんですか! 吹き替えをやるに当たっては、俳優ごとに声のあて方を変えているのでしょうか?
「275人をすべて口跡(セリフ)に合わせて変えているとか、意図的に変えているかと問われたら、さすがにそれはないですよ。もし、変わっているとしたら、呼吸や心拍数ではないかと思います。ぼくはよく言っているんですが、“吹き替えは呼吸と心拍数を合わせる”んですよ。声を出すときは、誰もが息を吸ったり吐いたりしますよね。
セリフもそれに合わせるということです。それがすごく大事だと思っています。呼吸や心拍数というのは、人によってそれぞれだし、極端な話、同じ俳優でも役が変われば違うわけです」
──つまり、“この俳優だからこうする”ということではなく、作中の演技によって声のあて方が変わってくるということですか?
「そうでしょうね。もちろん、俳優独特の呼吸とかクセというのありますよ。でも、それ以上に、映像を見ながら、その演技に呼吸を合わせて声をあてているほうが多いです。だから、結果的に“Aという映画で演じている俳優B”と“Cという映画で演じている俳優D”という、まったく違う映画、違う俳優でも、ぼくの声のあて方が同じようになることはあります。
ぼくの中では変えているんだけど、見ている人にとっては変わっていないと思われることはあるでしょう。以前、浪川大輔(※1)が『踊る!さんま御殿!!』に出演していたときに、明石家さんまさんから“何の役をやるときも同じようなしゃべり方やな”って突っ込まれていたんです。彼は“変えてますよ”と反論していたけど、周りも「変わってねーよ(笑)」と。でも、ぼくは浪川が反論する気持ち、わかるんだなあ。本人は、毎回、声をあてる俳優の演技に懸命に向き合っていて、変えようとして頑張るんだよ。それが声優だよ」
(※1)浪川大輔(なみかわ・だいすけ):子役として『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』の主人公・アル少年(アルフレッド・イズルハ)を演じるなど、幼少期から長く活躍中の声優。46歳の現在は、アニメや洋画の吹き替えのほか、歌手、映画監督など、活動の幅を広げている。
シルベスター・スタローンは腹の底から獣のような低い声を出す
──テレビ初放送となった1983年から吹き替えをされている『ロッキー』シリーズのシルベスター・スタローンは、羽佐間さんのはまり役の1つですね?
「スタローンはおなかの底のほうから深い呼吸をして、そこから獣のような低い声を出します。しかし、引き受けた当初は、ぼくの声とは明らかに合わないと感じていたので、どうしていいかわからず、とにかく声のトーンを下げようと思い、海に向かって大声で浄瑠璃を長時間演じました。そうやってわざと喉を嗄(か)らせて、最初の収録に臨んだのを覚えています。
だから、それ以降の作品で彼の声を吹き替えるときは、ディレクターにも“あの声を出すには、1週間くらい時間をくれないと出ないからね”と言ってるんですけど、“明日収録したいんですが、いいですか”とか言われるんだよな(笑)」
──翌日に収録するようなときは、どうやって対応したのですか?
「声を嗄らせるのは自己満足ですからね。海に向かって大声を張り上げれば声のトーンは落ちます。落ちるんだけど、一時的なものなんです。プロとしては、普段の訓練でさまざまな声を自在に出せるようにしておかなくてはいけない。そういう意識に変えて準備するようになりました」
──収録現場はいかがでしたか?
「『ロッキー』の1作目は、まだ28分間通しで録音をする時代でした。実際の映画は、それぞれのシーンをつないでいるけど、吹き替えは完成作品を流しながら声をあてます。『ロッキー』という映画は、激しいトレーニングや試合から一転して、静かで真面目なシーンに切り替わることが多いんですよ。クライマックスでも、15ラウンドもの間“ウォー!”とか“フン!”とか唸(うな)るような声を出してボカボカ殴り合いを続けた直後に、あの“エイドリアーーン!”でしょ。テープが回りっぱなしの中で、感情を瞬時に切り替えるのが大変でした。
現在だったら、当たり前のようにあの場面は別録りしてつなぎあわせるでしょうね。当時はそれができなかったから、感情をうまく切り替えられるように、前の日から何度もリハーサルをして現場に向かいました」
『ロッキー』の吹き替えも、他の人に替わってもらおうと思った
──『ロッキー』シリーズの吹き替えをもう40年近くも続けられていますが、これだけの長い年月を経ると、スタローンも歳をとります。俳優の年齢の変化に合わせて、羽佐間さんも意図的に歳をとった声になるよう変えていきましたか?
「そこは自然と年齢の変化に合わせた演技になりますね。スタローンも歳をとるし、ぼくも歳をとっているから。特に意識して変える必要はないと考えています。それにしても、長くやりすぎだよね(笑)。
そもそも、スタローンは、ささきいさお(※2)に“あなたがやったほうがいいよ”と言ったことがあるくらいです。ぼくよりも彼の声のほうがスタローンに合っていると思うんですよ。彼も“やっていいですか?”と言うから、“別にぼくが許可する問題じゃないよ”と言いました」
(※2)ささきいさお:デビュー当初は「和製プレスリー」と称された低音域の力強い声を特徴とする歌手。その後、『宇宙戦艦ヤマト』などのアニメソングを歌って人気に。声優、俳優としても活躍。
──『ロッキー』シリーズ以外では、『ランボー』シリーズ(※3)の一部や『コブラ』(※4)、『オーバー・ザ・トップ』(※5)といった1980年代の作品までは、羽佐間さんがスタローンの専任という感じでしたが、それ以降は、ほかの声優がスタローンの吹き替えを担当することが多くなりました。しかし、『ロッキー』だけは現在も羽佐間さんが担当を続けています。
(※3)『ランボー』:シルベスター・スタローンがベトナム戦争の帰還兵ジョン・ランボーを演じるアクション映画。『ロッキー』に続くヒットシリーズとなり、1982年から現在までに全5作が製作されている。
(※4)『コブラ』:シルベスター・スタローン主演のアクション刑事映画。1986年公開。
(※5)『オーバー・ザ・トップ』:シルベスター・スタローン主演。アームレスリング(腕相撲)を題材に父子の絆を描いた映画。1987年公開。
「ぼくは、『ロッキー』もほかの人に渡すつもりでいたんですよ。でも、プロデューサーや関係者の人たちが“やってほしい”と言うのでね。スピンオフ作品の『クリード』(※6)のシリーズでもやっています。ロッキー=羽佐間という既成概念みたいなものをみんな持ってしまっているのかね。“頼めばやってくれるだろう”と思われているみたいだし、実際引き受けているけど(笑)。でも、もう40年近くになるのでさすがに……、という思いはありますね。だいたい、ぼくはスタローンが好みじゃないから」
──39年もロッキーの声を吹き替えていて、シルベスター・スタローンはお好きじゃないんですか?
「好みじゃないなあ。ああいうマッチョなタイプはぼくとは全然違うからね。でも、ぼくのファンだと言う人は男性が多いんですよ。8月に行われた『ロッキー4』再構成版の公開前夜祭イベントに登壇したときも、来場者の多くは男性で、しかも年配の方が多かった。長い間、ロッキーを演じているところが大きいからだと思いましたね。そういった意味で『ロッキー』という作品に愛着はあるし、もちろん感謝もしていますよ」
(※6)『クリード』:『ロッキー』シリーズのスピンオフ作品。ロッキーのライバルであり、後に親友となったアポロの息子、アドニス・クリードの成長を描く。2015年の第1作(『クリード チャンプを継ぐ男』)、2018年の第2作(『クリード 炎の宿敵』)に続いて、2023年3月に最新3作目が全米で公開される予定。
『ロッキー』は羽佐間さんの代表作の1つですが、苦楽を“共にされた”はずのシルベスター・スタローンを好みじゃないとは! 次回は、羽佐間さんが声優としてどのようにスキルを修得してきたのかについて、お話を伺います。
◎第3回:羽佐間道夫さん#「アドリブのやりすぎで監督と口論。それで番組を降板したこともあったね」(11月12日18時公開予定)
(取材・文/キビタキビオ)
《PROFILE》
羽佐間道夫(はざま・みちお) 1933年、東京都生まれ。声優・ナレーター事務所ムーブマン代表。舞台俳優を志して舞台芸術学院に入学。卒業後、新協劇団(現・東京芸術座)に入団した。その後、おもに洋画の吹き替えの仕事から声優業に携わるようになり、半世紀以上に渡り第一線で活躍。『ロッキー』シリーズのシルベスター・スタローンほか、数々の当たり役を演じている。アニメーションやナレーターも多数こなす。2001年に第18回ATP賞テレビグランプリ個人賞(ナレーター部門)、2008年に第2回声優アワード功労賞、2021年には東京アニメアワードフェスティバル2021功労賞を受賞。自らプロデュースし、人気声優も出演するイベント「声優口演」の開催を15年にわたり続けている。