2020年のコロナによる危機を乗り越えた後も、さらなる成長を続けるセンジュ出版。その背景には、改めてスタッフと取り組んだブランディング(自社の強みの言語化)がありました。どんなきっかけで、どのような強みを導き出したのか。そして、センジュ出版はどのような変化を遂げたのか。前編に引き続き、センジュ出版の代表吉満明子さんに伺いました。
コロナ禍の危機を越え、見いだした「対話」という一筋の光
──2021年には、自社のブランディングに取り組まれたとお聞きしています。どんな経緯があったのでしょうか?
「2020年の危機を乗り越え、事業は軌道に乗り出したものの、売上や利益は必ずしも順調とはいえなかったんです。そんなことをいろんな所で話していたら、知人の紹介で“センジュ出版の経理を見させてほしい”という経理のプロの方が、スタッフとして加わってくれました。
当社の決算書を見てその人が言ったのは、“吉満さんの持っているポテンシャルと売上がアンバランスだから、あなたに何かブレーキになっていることがあるはず。会社としての強みを意識した見せ方をすれば、求めているお客様ともっとつながれます”というアドバイスでした。私もその正体を突き止めたくて、“センジュ出版とは何の会社なのか”、“センジュ出版はこれまで何をしてきて、これからどうしていくべきなのか”を、スタッフとオープンに話し合いました。
実は、スタッフとはこれまでにも何度も会社について話し合っており、そのたびにスタッフから“吉満さんは、会社の魅力を言語化しない”だとか“曖昧な言葉ですぐはぐらかす”と、怒られてきたんです。
当時は、周りからも当社のことを“メディテーション(瞑想している)の会社だ”とか“カウンセリングの会社だ”と言われてきましたが、そのたびに“確かに”と思うものの、会社のすべてを言い表すまでには至っておらず、答えを出せぬまま6年という月日が過ぎてしまいました。それがようやく今回のブランディングを通じて、私たちのやっていることは“対話”なのだということに気がついたのです」
──「対話」という言葉に、スタッフみんなが共感できたわけですね。
「著者の本を編集するのも対話から生まれますし、文章講座の受講生や、カフェにくるお客様に対しても対話が欠かせません。そして私とスタッフとの間にも常に対話が関わってくる。みんながこのことに納得できたとき、“センジュ出版の武器は対話だ”ということが腹落ちできたのです。実は、それまで“経営者向けの講座をやってほしい”という依頼があったものの、“なぜ出版社の私たちが、それをやらなければいけないのか”といった戸惑いもありました」
──それが経理の方に指摘されたブレーキだったのでしょうか。
「おそらく、そうだったと思います。でも、私たちの価値(強み)を認識してからは、“それ(経営者向けの講座)も、うちが絶対やるべきだ”という意識に変わり、今では積極的に取り組むようになりました。結局、経営者向けに話していることも、編集者として著者さんに話すこともすべて同じ。相手が変わっただけのことなので、私もストレスがなくできて、相手にも喜んでいただけるので、こんなに嬉しいことはありません。なぜこれまで戸惑っていたのか、今では不思議なくらいです」
“対話”という共通言語のもと、メニューもリブランディング
──その他に、会社としての変化はありましたか?
「対話という共通言語ができたおかげで、私のプロフィール写真ひとつとっても、“こうするべきだ”という意見がスタッフから飛び交うなど、センジュ出版としての情報発信の仕方や表現方法が大きく変わりました。
私たちがやってきたことが、すべて“対話”だと認識できたとき、まさに目の前の霧が晴れ、道がすーっと先まで伸びていく感覚になり、みんなで目指すべき道が見えるようになりました。それに、新たなサービスが続々生まれたきっかけにもなりました」
──具体的にはどんなサービスですか?
「創業当時から提供している文章講座『文章てらこや』では、新たにオンライン講座をスタートさせ、今では対面とオンラインのハイブリッド型で講座を行うまでになりました。また、これまで個別で行っていた経営者向けの表現講座もカリキュラムを整え、複数名が同時に参加できるようにしました。
特に、経営者の言葉は従業員全体の士気にも影響するため、会社の売上をも左右します。しかし、私も含めて、普段言葉を無自覚に使っていることで、無意識下のさまざまな思いを言語化できないばかりに“どうして社員に自分の意図が伝わらないんだ”と社員とのコミュニケーションに苦労している経営者が多いです。意識下の自分と、無意識下の自分が対話することで、伝えたい思いが言語化され、一番大切なことがスタッフやお客様に伝えられるようになります。実際私も、この数年でそのことを強く体感しました」
──ここにたどり着くまでは、苦労の連続だったと思います。吉満さんの原動力とは何でしょうか?
「これまでずっと謎だったのですが、先日知人と話しているときに気づきました。例えば、センジュ出版を必要としてくださる方々は、どこかで自分の弱さを抱えていたり、何かに立ち止まっていたり、苦しさを抱えていたりする方が少なくありません。つまり、私がそういう人を求めている、もしくは私の中にそういう自分がいるのだと思います。では、そんな自分とは何なのか──。
思い返すと、大学生のときに児童養護施設のボランティア活動で見た光景が、原風景としてありました。山口県にある施設でグループに分かれて、子どもと遊ぶ研修を行いました。研修中は子どもたちも本当にうれしそうで、一緒に楽しい時間を過ごしていたんです。ですが、私たちが帰る時間になり、マイクロバスの窓から手を振ろうとすると、そこから見えたのは、施設の前で手を振る、寂しく哀しそうな子どもたちの姿でした。
非常におこがましい言い方ですけど、世の中からあの寂しい瞳をなくしたい。私はそういう思いでセンジュ出版を続けているんだと、先日改めて思いました。
もちろん、大学生時代のその瞬間に“私は出版社を立ち上げなければ”と思ったわけではありませんが、あのとき何かを感じた私に、どんどん戻っている気がしています。当時感じたことを捨て去ることができずに、ずっと20年以上きてしまいました。
会社員時代は、その感情にフタをして、目の前の仕事だけに向き合ってきましたが、今は大学時代に感じたあのときの私の憤りや悲しさ、やるせなさを非常に思い返します。もし地球上からあの哀しい姿がなくなったら、私はセンジュ出版を辞めると思います」
吉満さんの、“ここが気になる”聞いてみた!
■書籍の執筆を依頼する際の、著者選びのポイントは?
私の著者選びのポイントはふたつです。ひとつは、その方の言葉や行動力が、必要としている読者に伝わるものなのかどうか。さらには、10年、20年たってもさびない内容があること。これがセンジュ出版で書籍化するうえでは重要な要素になります。
そしてもうひとつ大事なのは、著者の「声」です。これはまったく言語化できず、本当に私の直感で決めています。私は本の編集をしているにもかかわらず、文章をあまり信用していないところがあります。なぜなら、文章は本人が悲しいと思っていても明るく書けますし、楽しく明るいときでも、暗いことを書くことができます。でも、声はウソをつけません。話すときのトーンやリズム、そして間が、文章の行間と呼ばれる部分に匹敵すると思っているので、著者に話を聞いた際に、本で伝えたいことと違和感がないかどうかは、非常に重要なポイントにしています。
人生においてのマイルールは?
対話を大事にしている会社だからこそ、相手から「答え」を求められないように気をつけています。もっと言うと、センジュ出版に絶対解を求める人が来ないようにしています。文章講座では、「こういうふうに書けばいい」といったテクニック的なことや、経営者向けの講座では「こうすれば売上が伸びます」といったノウハウは一切教えていません。常に私が言っているのは、“あなたの中に答えがあり、それを対話しながらあなたが思い出す、あるいは見いだしていくことで解を見つけていく”のだということを、お伝えしています。
■吉満さんにとっての「本」とは?
本がこんなに奥深かったかと気づいた(思い出した)のは、実はセンジュ出版を立ち上げてからです。大学生のときに感じていた本の存在や編集という仕事への憧れを、ある意味、資本主義の中で忘れて(フタをして)しまっていました。当時は売上や利益を追いかけることに、自分のミッションや意義を感じていた時期でもあったと思います。そのころは何万部、何十万部と本を売っていたものの、今ほど読者に会ったり、生の声を聞いたりしたことはほとんどありませんでした。
そういう時期を経て、その都度更新されていきますが、今私が考えている“本”といえば、自分を思い出させてくれる道具だということです。(本の中の)他者の言葉によって、どんどん昔の私に戻っていく感覚になり、そんな風に自分を呼び覚ましてくれる機能が、本にはあると思います。これからもそういう本と出会い、そういう本を読者に届けていきたいですね。
■おすすめの本屋さんは?
東京都江戸川区の篠崎にある『読書のすすめ』という書店です。ここのスタッフの小川さん、この方に会わなかったらセンジュ出版はつぶれていました。今でも、小川さんはうちの新刊が出ると毎回、数百冊を買い切りで注文してくださいます。彼と出会ったのは、ある先生の講演会のブースです。私の隣で書籍販売をしていました。
当時センジュ出版は、まだふたつのタイトルの本しかなかったころですが、小川さんはうちの本の装丁にただならぬ雰囲気を感じたそうで、しかも私がひとりで本を持ってきて販売していたので「見ればわかる。この本は絶対にいい本だ。あの本をそのまま持ち帰らせるわけにはいかない」と思ってくださったようでした。
それから、小川さんは全国のいろんな人の講演会に出張販売で行くたびに、センジュ出版の宣伝もしてくださって。小川さんのおかげで、「センジュ出版が出す本なら必ず購入します」という人が増えました。
■生涯大切にしている本は?
私が12歳のときに、母からプレゼントしてもらったミヒャエル・エンデが書いた『モモ』ですね。誰かの話をじっくりと聴き、その人が笑顔になっていくのを幸せに感じる。いつかは主人公の『モモ』のようになりたいと思っていました。
先日、死生観を養うワークショップに参加しました。自分が大切にしている思い出や人・モノ、夢や希望を紙に書いて、主催者が話すストーリーに従い、それらを1枚ずつ捨てていきます。そこで私が最後に残したものは、母からプレゼントされた『モモ』でした。
ワークの最後に、便箋に夫への遺言をしたためますが、そこにも「母からプレゼントされたモモを私のひつぎに入れてください」と書きました。まだまだ人に説明しきれていない私の『モモ』への思いがあるようです。
(取材・文/西谷忠和、編集/本間美帆)
【PROFILE】吉満明子(よしみつ・あきこ) 1975年、福岡県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、高齢者福祉専門誌編集、美術写真集の出版社勤務を経験。その後編集プロダクションにて広告・雑誌・書籍・WEB・専門紙など多岐に渡る編集を経験し、同事務所の出版社設立とともに取締役に就任。2008年より小説投稿サイトを運営する出版社に中途入社、編集長職就任後に出産。2015年4月に出版社を退職、同年9月1日、足立区千住に“しずけさとユーモアを大切にする小さな出版社”、株式会社センジュ出版を設立。多数のメディアに出演実績を持つ。