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生き方

等身大の自分で人々のありのままの心に触れてきた、センジュ出版・吉満明子さん──北千住で見つけた「ひとり出版社」という居場所

SNSでの感想
お話を伺った、代表の吉満さん 撮影/伊藤和幸
目次
  • 無意識にあった本音に気づき生まれた心境の変化
  • 等身大サイズの自分になって見えてきたこと
  • コロナ禍の絶望と起死回生の“感謝の手紙”

 2015年、東京・北千住の下町のにぎやかな商店街を通り抜けた場所に、“しずけさとユーモア”を掲げ、ひとり出版社の「センジュ出版」を立ち上げた吉満明子さん。今や、本の出版だけでなく、文章の講座塾である『文章てらこや』を開いたり、コミュニティースペース「空中階」を運営したりしている、非常にユニークな出版社です。なぜひとり出版社を立ち上げたのか。やりがいや、つらかったエピソードなどを前編と後編に分けてお届けします。

扉をあけると、吉満さんが笑顔で迎え入れてくれた。安心感が心地よい人なのだ 撮影/伊藤和幸
◇   ◇   ◇

無意識にあった本音に気づき生まれた心境の変化

──いつごろから、どんなきっかけで、センジュ出版を創業しようと考えたのですか?

「もともとは大手の出版社で、文庫事業部の編集長を務めていました。当時は、販売部数などの数字を追いかけることに喜びを見いだしていましたが、2011年の東日本大震災と、その翌年の長男の出産、このふたつの出来事が“私が本当にやりたかった編集”を、改めて考えるきっかけとなりました。それから“長きに残る本を作ってみたい”と、思うようになったんです。

 その後、社会人になってからほぼ初めて、平日の日中に街中を歩くという経験を通して、これまで見えていなかった町の活気や、安らげる雰囲気などをこの北千住に感じるようになり、改めてここで暮らしながら、私にできる情報発信を行いたいと考えるようになりました

──会社を退職すると同時に、すぐに出版社を設立されたのでしょうか?

正直、センジュ出版を立ち上げる直前までは経営者になりたいだとか、出版社をつくりたいとかは夢にも考えていませんでした。当初は個人事業主として始めようと思っていたのですが、ありがたいことに立て続けにいくつかのお仕事をいただくなかで、取引先から“この取引額だと与信調査を入れなくてはならないため、個人ではなく法人化してほしい”との要望があり、急きょ、株式会社として会社を設立することになりました。そういう意味では、あまりドラマチックなスタートではないかもしれません」

北千住の街中にひっそりと、その特別な隠れ家「空中階」は存在する 撮影/伊藤和幸

──会社の設立前と設立当時では、価値観は大きく変わりましたか?

「そうですね。会社員のころは、多いときで年間30冊近くの本を作り、増刷がかかることにやりがいを感じるほど、数字にこだわって仕事をしていました。いつも巻き髪にネイルとつけまつげをして、ヒョウ柄のカットソーを着て、ガツガツ仕事を取ってくるような装いで、今とは別人でした。当時の座右の銘は『弱肉強食』でしたから。

 その価値観が大きく変わったのは、東日本大地震であり、長男の出産でもあるのですが、それ以前にたまたま参加した『習慣力を身につける講座』で自分の無意識化にあった本音に気づいたことです

──どんな出来事があったのですか?

「そのとき講師に投げかけられた“もしもこの習慣を続けた場合、起こる最悪の事態とはどんなことですか?”という質問で、このまま私が家族の“暮らし”をないがしろにし続けたら、“主人に三行半を突きつけられるだろう”という危機感が、頭をよぎりました。まさか自分がそんな恐れを抱えていたとは夢にも考えていなかったので。それで帰ってすぐに主人に講座で感じたことを話すと“離婚とは思ったことがないけれども、ちょっとうんざりしてた”と言われました。

 当時の私はお盆も正月もなく仕事に明け暮れ、部屋のあちこちには原稿の束が散乱していました。しかし、それはノルマでも何でもなく、当時の上司にも“そういう働き方をすると、メンバーがひくからやめろ”と口酸っぱく言われていたくらいです。自分としては会社が伸びているこの時期に、“今ここでアクセルを踏まないでどうするの”という焦りや使命感を勝手に感じていたのだと思います

──まさに仕事漬けの毎日だったわけですね。

「家の中には何日も洗っていない食器がシンクにあり、取り込んだままの洗濯物がそのままの状態になっていて、部屋の四隅はホコリの山になっていました。それでも家にいるときは、私はそれらを見ないように、感じないようにしていたと思います。

 しかし、主人に本音を聞いた翌日から、出社する前に5~10分ほどかけてモノを少しずつ片づけ始めたんです。最初はテーブルの半分を、次の日はもう半分。そこが終わると部屋の中、その次は隣の部屋、家全体、そしてカバンのなかへと広げていくと、最後は“思考”が整理されていくようになりました。こうした行動の変化によって“本当に私が望んでいた編集のスタイルとは、こういうことだったのか”という、自分自身への問いが生まれていったのだと思います

会社員当時、忙しい日々のなかで、自分自身への問いが生まれていったと話す 撮影/伊藤和幸
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