今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2023年4月時点で4億8900人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
“石川さゆり=演歌”のひと言ではとても片づけられない、多彩な活躍
今回は、1973年3月にシングル「かくれんぼ」でデビューし、活動51年目となる2023年4月に通算132作目となるシングル「約束の月」を発表した石川さゆり。NHK紅白歌合戦には紅組最多となる45回の出場を果たしてきた石川は、まぎれもなく日本を代表する演歌歌手と言えるだろう。
しかし、実際にはロックバンドでも活動する椎名林檎、ラッパーのKREVA、さらには東京スカパラダイスオーケストラなどさまざまなJ-POPアーティストとコラボしたり、今年3月に発売したアルバム『Transcend』では、ジャズのビッグバンドや大編成オーケストラでのアレンジで過去のヒット曲を大胆に歌い直したりと、“石川さゆり=演歌”のひと言では済まされないほど、その活動はあまりにも多彩だ。
そんな石川のSpotifyにおける月間リスナーは’23年4月現在13万人。ちなみに、’22年末から’23年始には20万人前後で、やはり、“紅白”の季節に欠かせない存在なのだろう。本人に、ストリーミングサービスについて尋ねたところ、
「まだ使えていないんです……。私は、必要な音源があれば、スタッフのみんなに、“これ聴きたい! あれ聴きたい!”と、お願いしちゃうので(苦笑)」
とのこと。しかし好奇心旺盛な石川のことだ、いずれ新たなコラボ先を、ストリーミング発のスターからも見つけそうな気がする。では、さっそくSpotifyの順位を見ていこう。
「天城越え」実はセールスでは大苦戦していた! 発売に至ったワケは
Spotify第1位は’86年のシングル「天城越え」で、『NHK紅白歌合戦』では歴代最多の13回も歌唱されている楽曲。JOYSOUNDが発表したカラオケ30年間ランキング(’92-’22)においては、昭和の楽曲としては尾崎豊「I LOVE YOU」、岩崎良美「タッチ」に続いて第3位、つまり“演歌”に分類される中では歴代トップとなる超定番曲。また、イチロー選手が大リーグ時代に“いろいろなものを越えたい”という思いから、打席登場曲に起用したことも話題となった。
しかし、この誰もが認めるヒット曲、当時はセールス面で大苦戦を強いられた作品。その年の『紅白』のトリで歌唱したことで多少売り伸びたものの、それでもオリコン最高46位、TOP100内での期間中の売り上げは5万枚に届かず、レコードだと石川さゆりの中ではなんと26番目のヒットなのだ。
ちなみに、この前年には「波止場しぐれ」の売り上げが約13万枚、その翌年には「夫婦善哉」が約20万枚。当時はカラオケでも歌いやすい、穏やかな曲調の演歌を歌えば、オリコン最高30位前後で確実にロングヒットするという地位を築いていたのだ。
それにもかかわらず、なぜこのドラマティックかつダイナミックな楽曲を発売することになったのだろうか。
「(当時の売れる路線は)確かにありましたね。でも、作詞家、作曲家の先生方、ディレクター、そして私も、“もうひとつ別の石川さゆり”を作ろうと、これまでやったことのない世界を頑張ってみました。
でも発売したら、レコードがまったくと言っていいほど売れなくて、当時の事務所の方からは“ダメじゃないか! 早く新曲を準備しろ!って言われて(笑)。でも、現場のチーム内では、“いや、この歌は、とても意味があるんだ”という思いでした。NHKのスタッフの方たちも、“この歌を紅白で歌ったらどうなるのか”、というのを描いてくださったんでしょうね。そうしたら、年が明けてからすごく動き出した感じでしたね」
時代を超えて愛される名曲に。「天城越え」は進化し続けている
「天城越え」は、レコードのほうは96位での登場から最高74位どまり、1万枚以下でいったんチャート圏外になりつつ、年末の賞レース時期に話題となりTOP100に再浮上し、『紅白』歌唱後、46位まで上昇した。さらに有線放送では、年間36位と、 ’80年代の石川にとって最大のヒットに。それが、時を経てカラオケでも愛唱されるようになっていったのだ。当初、ほとんど売れなかったシングルを『紅白』で、しかもトリで歌ってもらおう、というNHKサイドも大英断だったと言えるだろう。
ちなみに、これまで『紅白』で13回披露されている「天城越え」、お気づきの方も多いだろうが、実はギタリストの布袋寅泰がゲストで登場したり、アニメ『鬼滅の刃』の音楽担当である椎名豪とコラボしたり、毎回、さまざまな趣向が凝らされている。
「同じ歌を同じアレンジで歌うだけでは、“今年1年、石川さゆりは何をやっていたんだ”って叱られるでしょうし(笑)、スタッフのみなさんと、演出も含めて音楽を一緒に考えています」
「津軽海峡・冬景色」、最初の紅白出場時は着物ではなくドレスだった
続いてSpotify第2位は、シングルでは最大ヒットとなった「津軽海峡・冬景色」。本作で初のオリコンTOP10入りを果たし、『紅白』に初出場後、さらにロングヒットとなり、TOP100圏内でのオリコン調べでは累計70万枚のヒット(日本コロムビアが発表している実売ではミリオンヒットとなっている)。当時はどういった状況だったのだろうか。
「それはもう、盆と正月が一緒に来るくらいの劇的な変化でしたね(笑)。あのころは音楽番組も多く、新曲が出るたびに歌えるところも多くて、何十万枚というヒット曲がたくさん出る時代でした。
そんなときに(作詞の)阿久悠先生と(作曲の)三木たかし先生が、どんな歌が石川さゆりの世界になるだろう、と試行錯誤しながら全曲オリジナルのアルバム『365日恋もよう』を作ってくださって。そこで『津軽海峡・冬景色』がハマって、年が明けて元日にシングルカットしたんです」
こちらも『紅白』では12回歌われている超定番曲で、いつも“冬景色”風のセットと着物のイメージがあるが、初出場時の衣装は白いドレス。いつから、着物で歌うようになったかを尋ねたところ、
「(’85年の)『波止場しぐれ』まではドレスでしたね。翌年の『天城越え』から着物になりました」
とのこと。つまり、衣装の面でも『天城越え』は、ターニングポイントだったようだ。
「ウイスキーが、お好きでしょ」はクレジットなしでCMで流れていたが……
そしてSpotify第3位は、’90年にサントリーのウイスキーのCMソングに起用され、翌’91年にSAYURI名義でシングルが発売された「ウイスキーが、お好きでしょ」。こちらも、シングル売り上げは2.5万枚と、石川さゆりの中では41番目と決して大ヒットではないが、ストリーミングでは堂々の第3位だ。
「えーっ!?(代表作と紹介される)『能登半島』や『風の盆恋歌』よりも人気だなんて、すごいですね! これは、CMソングとしてオファーをいただいたとき、CMには“石川さゆりとクレジットを出さないでください”ってお願いしました。当時は、“石川さゆり”という名前だけで、演歌だろうって思われるのがイヤで。それは、演歌を否定しているわけじゃなくて、もっと自由にみなさんが歌声や曲調でイメージを広げてほしいと思ったんです」
その後、あまりに問い合わせが多く、仕方なく“SAYURI”とクレジットを出して、その翌年にシングルが発売された。ちなみに、編曲者となっている“斎藤毅”は、のちに幅広い音楽ジャンルの作曲・編曲を手がけるヴァイオリニストの斎藤ネコだ。斎藤は前述の“超越”を意味する新録音アルバム『Transce
「私の場合は、もともと演歌という意識なくレコーディングの現場にいたんです。(前述の『津軽海峡・冬景色』のように)、まずオリジナルアルバムを作って、そこからシングル曲を選ぶというスタイルも、演歌の作り方ではなかったのでは」
そういったスタンスから、この「ウイスキーが、お好きでしょ」も時を超え、多様なアーティストにカバーされ、記憶されるヒットになったのだろう。また、斎藤ネコの名前を谷山浩子や椎名林檎の作品で見かけて知るJ-POPファンも多いだろうが、石川は、そのかなり初期から彼と仕事をしているというのが大変興味深い。さまざまなジャンルを積極的に取り入れる素地があるからこそ、J-POPファンをも魅了する演歌が歌えるのではないだろうか。
次回は、6位以降のさらにジャンルレスな人気曲に迫ってみたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
石川さゆり(いしかわ・さゆり) ◎熊本県出身・1月30日生まれ。1973年3月25日、シングル「かくれんぼ」でデビュー。「津軽海峡・冬景色」で第19回日本レコード大賞歌唱賞を、「波止場しぐれ」で第27回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。以降も「天城越え」「風の盆恋歌」「夫婦善哉」と数々のヒット曲を送り出すなど、長年に渡り多くのファンを魅了してきた。’20年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で主人公・明智光秀の母、牧役を好演。’22年3月に50周年を迎え、第73回紅白歌合戦では紅組最多となる45回目の出場を果たした。’23年4月5日にはシングル「約束の月」が発売に。
新曲シングル「約束の月」Now On Sale!
デビュー51年目の幕開けを飾る新曲は、稀代の作曲家・三木たかしの遺作。
遠く離れていても同じ月を見ながら想いが通い合うふたり、100年後に変わらない想いで、今日と同じ満月の日にきっと逢いましょうと約束したふたり。1250回の満月に永遠の想いが込められている。
カップリングは、’22年の50周年記念リサイタルで初披露した「みち 今もなお夢を忘れず」。50周年を象徴的に飾った楽曲。
※商品詳細は公式サイトへ→https://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/ishikawa/
◎石川さゆり 公式Instagram→https://www.instagram.com/sayuri_ishikawa_official/
◎石川さゆり 公式Youtubeチャンネル→https://www.youtube.com/channel/UC2MhoHT5v039W2I9WxpGwoA