街にはいろいろな“モノ”があふれています。
それは普段、当たり前のように存在するため、特に気にすることなく、目の前を素通りしていきがち。しかし、その“モノ”は、街にとって、私たちにとって欠かせない“モノ”だったりします。
素通りせず、足を止めてその“モノ”を見入ってしまう人たちも……。
そんな、街のなにげない“モノ”を「素通りできない」人を深掘りしました。
会社員の中島由佳(なかしま・ゆか)さんは、「ゴムホース」を被写体に写真を撮ってツイッターやインスタグラムに投稿し、ゴムホースの写真集やグッズを個人サイトやメルカリで発売しています。
水やガソリンなどの液体やガス気体を運ぶ器具……と改まった説明も回りくどい、町にあふれる“なにげないモノ”に、彼女はなぜ惹(ひ)かれるのか?
東京都内はだいたい巡ってきたという中島さんがまだ訪れたことがない街で、ゴムホースを探しながら話を聞こうと、本人のリクエストで旧中川エリアを歩くことにしました。
その街はゴムホース天国だった
取材当日、江戸川区・墨田区・江東区の境界を流れる旧中川に近いJR平井駅で待ち合わせるも、筆者には一抹(いちまつ)の不安が。
そもそもゴムホースって簡単に見つかるものなのか? まったくないってことはないだろうけど、“見映えのいい”ゴムホースなんてあるのだろうか? もし1本も見つからなかったら企画倒れになるのでは……と、いつの間にかゴムホースをツチノコや河童のようなUMA(未確認生物)と同じに考えるように。取材オファーした際、《ゴムホースならさまざまなところにあるのでご安心ください》と断言していた中島さんの言葉を信じ、いざ出発。
歩きはじめてわずか3分足らずで、その不安は取り越し苦労だとわかりました。
駅近くの工事現場で目ざとく水色のゴムホースを見つけた中島さんは、「可愛い」とすかさずスマホで撮影。気づかずに素通りしてしまうところでしたが、「工事現場には必ずあるんです」と言うとおり、それは存在していました。
写真家の活動を始めて9年目になる中島さん。
「街にある“なにげないモノ”には、必ず持っている人やそこに存在する理由がある。“どうしてこれがここにあるんだろう”と、いろいろ想像するのが楽しい」と、目についた街にあるモノの写真を撮るように。中でもゴムホースに強く惹かれるようになったのは、美術大学での写真の授業がきっかけといいます。
「カメラを持って大学構内をウロウロしていたときに、たまたま見つけたゴムホースを写真に撮ったら、芝生の緑色とゴムホースの青色が素敵に入り乱れていた。こういった“なにげないモノ”でも、美しい画にできるんだって気づいたんです」
それにしても、思った以上に街にはゴムホースがあふれていました。歩きながら話を聞きつつ、ゴムホースを見つけてはどんどん写真に収めていきます。
「撮影するいちばんの理由は、ゴムホースの素材が持つ“コシ”が描く線の美しさが好きだからです」
見つけるのにも法則があり、工事現場以外にも水を使用する器具やモノの近くによくあるとか。
「ゴムホースは洗濯機やエアコンの室外機、植木鉢とかと相性がいい。1回でも“型”を覚えると、あっちから視界に入ってきます」
歩き進めていくうちに、一行は川沿いにある住宅街に到着。
そもそも中島さんが取材場所にこのエリアをリクエストした理由は2つあり、1つは「旧中川の形がゴムホースに似ているから」。いざ目の当たりにすると、川がイイ曲線を描いた巨大なゴムホースに見えてくるから不思議なもの。
もう1つの理由は、「私調べですが、平井には道の外に植木を育てている方が多い」。そのとおり、あちこちの住居にはゴムホースと植木鉢のセットが。ゴムホースを求める彼女のインスピレーションとリサーチは完璧でした。
散策していくうち、次第に私たち編集スタッフも見つけるのが楽しくなってくるように。中でも、撮影を生業とするカメラマンは、スクープとばかりに次々とゴムホースを見つけていきます。
こちらのゴムホースもカメラマンが最初に発見したモノですが、地面の色とほぼ同化していて、ひと目でそれとは判別できない代物。「このぐらいの長さのゴムホースはよくあるんですけども、これは周囲にモノがまったくなくて、ニュッと生えているように見えるのが素敵」と中島さんは評価します。
ほぼ一家に1本のペースでゴムホースが備えられてあり、一般家庭のほかに、塗装会社や運送会社らしき建物もあったため、まさにゴムホース天国と呼びたくなるほど、平井の街にはゴムホースがあふれていました。
街の延長にして無意識のアート
そんな中、取材スタッフ一同が絶賛したゴムホースが。無造作な曲線を描くホースの下で、小さな雑草が一面に生える様子がジブリ映画『もののけ姫』に出てくる幻想的な森のようにも見えてきませんか……? 青と緑のコントラストが映えて、中島さんが大学時代に初めて撮った写真(本記事の写真2枚目)にも通じるものがあります。
ツイッターやインスタグラムでは、何もコメントせずにゴムホースの写真を投稿する中島さんですが、リアクションはあるのでしょうか。
「ゴムホースの写真を見てタイトルを付けてくれたり、タグ付けして広げてくれたりする人もいます。アメリカに旅行したときは、『いいね!』を付けてくれた現地の人と一緒に、ニューヨークのゴムホースを見て回ったことも」
ゴムホースの写真集も、インスタを見たオランダ在住の韓国人美大生がメインとなって作ったそうです。
撮影の際は、ゴムホースには触らず、気に入ったアングルを決めて、1枚撮ったらすぐその場を去るのを鉄則にしています。散水用のモノしか撮らないのもこだわりのひとつ。
「洗濯機などに備えつけているモノは形のパターンが決まりきっているので……散水用は使われたり置かれたりするたびに、使う人によって一期一会的に、違う形に変化するのが面白いですね。
街の景色とも似ていると思うんです。1週間前と今日で道が変わっているみたいに、ゴムホースは街の延長みたいなものだと思う」
「ゴムホースは地場産業みたいなもので、全国各地で製造されています。海がある町では広い範囲で水掃除が必要なので、ものすごい長さのゴムホースがあるんですよ」
ゴムホースを語らせたら右に出る者はいないと思うほどのトリビアを豊富に持つ中島さんですが、飽くなき探求心は尽きません。
「ホースの寿命ってどれぐらいか知りたくて、ずっと昔から買って、家で保管してるんです。使わずに置きっぱなし状態にして、耐久年度を調べています」
写真家として一本立ちする気はないそうですが「ゴムホースは“無意識に人が作ったアート”」と言う中島さんは、今後も活動を続けていきたいと語ります。
「街で撮ってきた写真を合成してつなげて、ものすごい長さのゴムホースにした作品を発表したこともあります。
写真撮影はあくまでも趣味の範囲でやっていきたいですが、(もしあるのなら)ゴムホースメーカーの業界誌の巻頭グラビアを飾ってみたり、製品カタログに載ってみたいです(笑)」
ちなみに中島さんは、フムフムニュースにも登場していただいた電線愛好家の石山蓮華さんと親交があり、ほかに鉄塔マニアの加賀谷奏子さんと3人組ユニット「いい線いってる夜(よ)」を組んで活動しています。似たような趣味や考え方を持つ人々は、出会うべくして出会い、集まる。まさにジョセフ・マーフィーの「類友の法則」を体現しています。
(電線愛好家・石山蓮華さんインタビュー記事はこちら→「電線への偏愛が止まらない女優・石山蓮華と新橋駅前の飲み屋街で“電線映え”スポットを探してみたら」)
「私はゴムホースが気になって撮っていますが、そういう心の琴線って誰もが持っていると思うんです。人それぞれが楽しいなって思うモノを見つけてほしいですね」
人には何かしらの気になるモノがあると思います。もし現在、それがまったくないという方も、もしかしたら街を歩けば、心の琴線に触れる“なにげないモノ”に出合えるかもしれません。
(取材・文/松平光冬)