『らんまん』第16週、万太郎(神木隆之介)は「日本植物志図譜第二集」を完成させ、次なる出版に向け植物採集の旅に出て、帰ってきたその日に妻・寿恵子(浜辺美波)が出産するという幸運ぶりを発揮した。
万太郎の幸運は、東大植物学教室4年の藤丸(前原瑞樹)が指摘していた。「万さん、運がいいもん。全部うまくいくもんね。運の悪い人のことなんか、わかんないよね」。藤丸が悩みを語る中での発言だった。教授の田邊(要潤)と留学中の伊藤孝光(落合モトキ)の「新種」発見をめぐる熾烈(しれつ)な争いを見て、その世界についていけない自分を知った藤丸が万太郎の住む長屋を訪ね、大学を辞めようと思っていることを話す。前週も書いたが、「万太郎はもののわかった大人だよキャンペーン」が絶賛展開中だから、ここから長い語りになる。
「すまん。藤丸のつらさ、わかっちゃあせんかった」と謝り、「万さん、運がいいもん」と言われると、「わしは運が悪いとかええとか、そういう話はしちゃあせん。わしは藤丸次郎の話をしゆう」と言う。そして藤丸のことを「人の痛みがわかりすぎるくらいわかる。その分、競い合いは苦手で、(そういう場面に接すると)息も吸えなくなる」と定義し、それが「特性」だと言う。そして、特性がわかったのだから「探したらええ」という。何を探すのか。そこからの台詞を再現する。
「この世でただ一つの藤丸次郎におおたやり方を、徹底的に人のおらんところを探したらええ、競い合いは生まれんき。徹底的に自分の道を見ゆうほうが、人とかぶらん道を見つけられるかもしれん。大学を休んで、ゆっくり落ち着いて探したらええ。弱さもよう知ったら、強みになる」
「植物大好き」だけを脱して立派な人格者へ
藤丸は「そっか、これが俺の特性なのか」とホッとしたように言っていた。「競争、上等!」の東大植物学教室についていけず離れようとしていたところを、「あなたはあなたのままで、あなたに合った道を探せばいい」と言ってもらったのだ。万太郎、大人の階段をすっごい勢いでのぼっている。『らんまん』もあと2か月余り、日本を代表する植物学者になってもらわなければならないわけで、「植物大好き」だけの万太郎は脱して、人格識見ともに立派な万太郎になってもらわねばという意図は大いにわかる。
わかりつつ、少し驚いたのが万太郎の発想。すごく昨今のマーケティング的だった。休学しながらどうするかというと、「人のおらんところ」を探す。つまり「ブルーオーシャンのすすめ」なのだ。同席していた長屋のゆう(山谷花純)が途中で、「それって、最初の人になれってこと?」と質問していた。思い出したのが、「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」だった。万太郎だけに「世界に一つだけの花」なのか?
名曲に楯突くつもりはないのだが、ナンバーワンになるのと同じくらいオンリーワンになるのも大変だと思う。藤丸は休学して万太郎の植物採集に同行することにし、田邊に「ただ槙野万太郎を観察しようと思う」と報告する。田邊は「驚くほどくだらん」と言っていた。「オンリーワン」を変なプレッシャーにすることなく、藤丸にはくだらない道をゆっくり歩いてほしい。
植物図鑑出版の資金はどこから……?
ところで16週では、植物学教室にもうひとつ動きがあった。藤丸の同級生・波多野(前原滉)が画工の野宮(亀田佳明)と手を組んだのだ。田邊からクビを宣告されかけた野宮が、波多野に顕微鏡の見方を教えてくれるように頼んだことがきっかけ。波多野が見る、野宮が描く。そう話がまとまった。2人は涙ぐみながら握手し、「いい日です。今まで寂しくて死にそうだったのに」と波多野が言えば、野宮も「俺もわりと死にそうな気分でしたよ」と返す。いいシーンだが、ひとつ疑問が。野宮はこれで食べていけるのだろうか?
福井で美術教師をしていて田邊に見込まれ、専属の画工になった野宮。田邊との関係が行き詰まりかけているのに、学生の波多野と組んで収入は途絶えないのだろうか? 田邊に父と子どもが東京にいると訴え、「それはおまえの事情だろう」と一刀両断にされていた。それとも田邊との仕事は続けて、同時に波多野と組むのだろうか? それって田邊が認めるかなあ?
このように『らんまん』ってば、「生計」を蔑ろにしている。そもそも万太郎と寿恵子の家計はどうなっているのかが、今ひとつはっきりしない。第15週で万太郎は大畑印刷所を訪ね、大畑夫妻(奥田瑛二、鶴田真由)に図譜出版を語った。版元はどこも、「自分で金を出すなら引き受ける」という反応だったと説明していた。つまり「自費出版」なのだ。完成した図譜を見て、長屋のえい(成海璃子)が「これなら、かのとケン坊にもよくわかるね」と言っていたが、子どもたちに人気が出るという予告だったのか? 学術書が?
第二集が出たし、第三集も動き出したということは、お金は回っているということだろう。だけど寿恵子は質屋に通い、臨月のお腹で内職も始めていた。どうやって出版業を維持しているのか、さっぱりわからない。ここがはっきりしないから、いくら大人度が上がっても、万太郎への信頼度が上がらない。『らんまん』にとって、すごく大きい問題だと思う。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。