自身の体験をもとに、山の楽しさや魅力を伝えるコミックエッセイ『山登りはじめました』の著者である漫画家の鈴木ともこさんが、2022年10月27日に、新刊『山とハワイ 上-登れ!世界最大の山 ハワイ島篇-』と『山とハワイ 下-行け!断崖秘境のビーチ カウアイ島&オアフ島篇-』(いずれも新潮社)を発売しました。
約10年ぶりとなる新刊のテーマに選んだのは、観光地の定番・ハワイ。上巻ではハワイ島を、下巻ではカウアイ島とオアフ島を中心に、鈴木さんが見て、歩いて、体験した様子を現地の人々との出会いも交えて紹介しています。
親子3世代で約1か月ハワイに滞在し、これまであまり深掘りされることの少なかったハワイの歴史や文化についても本作で描いている鈴木さんに、出会った人々とのエピソードや、知られざるハワイの魅力についてなどをお聞きしました。前編と後編に分けてお届けします!
「木曽駒ケ岳は初恋の山」
──鈴木さんは、初めて行った高尾山をきっかけに山にほれ込み、2011年に家族で長野県松本市に移住されましたが、山のどんなところに惹(ひ)かれたのでしょうか?
私はもともとインドアなうえに運動音痴なので「山登りなんて」と思っていたんですが、友人たちと行った高尾山のハイキングが想像以上に楽しくて“もっと歩いてみたいな、私でも行ける山はどこかな?”と探して見つけたのが、長野県の木曽駒ヶ岳でした。ロープウェイで2000mを超える雲の上の駅まで一気に行って、そこから約2時間歩くと山頂に着くんですけど、降りた瞬間、青い空と山に囲まれて「千畳敷カール」と呼ばれる、氷河が山を削ってできたお椀型の谷が見えて“日本にこんな場所があったんだ!”と驚いたんです。
自分の歩いた1歩1歩でしかたどり着けないところにこんな場所があったんだ、ということに衝撃を受けて“もっと山を知りたい、山登りがしたい!”と思うようになりました。私は木曽駒のことを“初恋の山”と呼んでいて、今も行くたびに“山に出合えた人生でよかったな”と思う場所です。
──『山登りはじめました』シリーズは、登山初心者がどんな準備をして、どんな心構えで臨めばよいのかをわかりやすく紹介されているほか、鈴木さんが登山中に感じたことや、山頂に立ったときの感動も描かれているので、一緒に登ったような気分になるんですよね。私は食いしん坊なので、「この山小屋の薪ストーブで焼いたトーストが食べてみたい!」と、つい食べ物ばかりに目がいってしまいます。
それも素敵なことですよ。何に楽しさを見いだすかは自由なので、私も下山後のビールは欠かせないし、そういうご褒美もセットで「山」を楽しんでいます。
──前作から約10年ぶりの新刊となりますが、本作のテーマを「山とハワイ」にされた経緯を教えてください。
編集の方からお話をいただいて、次はどんな方向性にしようかと考えていたときに、なんとなく“ハワイ”が気になったんです。ハワイって、ハワイが大好きな人と“ちょっとベタすぎるな”と思う人に分かれると思うんですよね。実は私も後者だったのですが、ハワイに行った人がみんな“ハワイ最高だよ!”って言っているのがすごく気になって。
それで少し調べてみたら、ハワイ島にあるマウナ・ロア(上巻に掲載)という、富士山の50個分もの体積を持つ超巨大な山があると知り、行ってみたいなと思いました。ほかにも、断崖絶壁を片道8時間かけて歩いた人しか行けないカララウ・ビーチ(下巻に掲載)にも行ってみたいと思い、この2つを軸にハワイを旅した漫画を描きたいと思いました。
──「ハワイ」と言えば定番のビーチやショッピングではなく、「山」に着目したところが鈴木さんらしいですね。
山登りを好きになってから、世界にはどんな山があって、その国で山がどんなふうに楽しまれているんだろうということに興味があるんです。マウナ・ロアは海底からそそり立っているという成り立ちや、常に溶岩がどこかしらで流れていること、いつ噴火してもおかしくないといったハワイの山のことを知れば知るほど、ハワイの山という切り口にすごく興味がわきました。
──私も「ハワイ=山」というイメージがあまりなかったですし、ハワイにこんなにも神話があるということも、恥ずかしながら初耳でした。
いやいや、当然です。私もそうでしたが、きっと多くの日本人の方にとって“ハワイ”と聞いて思い浮かぶのは、キラキラした海と、ショッピングといったワイキキのイメージなんですよね。私もハワイと山がまったく結びつかないまま過ごしてきましたが、“実際に行ってみたら思った以上に深くてこれはただのハワイの観光の本や、ただの山登り体験の本では終わらせられないな”ということを強く思ったんです。そこから歴史や神話も調べ始めていったら、上下巻という大ボリュームの本になりました(笑)。
自分が行って、体験したことを本にして届けたい
──今回の旅のメインイベントは「マウナ・ロア」(最大の活火山)に登ることと、「カララウ・ビーチ」(片道約8時間歩いてたどり着く秘境)に行くことでしたが、この2か所を選んだ理由を教えてください。
マウナ・ロアは、単純に“世界最大の山ってすごい!”と思ったんですよね。果てしない惑星のようなところを歩いて、自分が何を感じるんだろう、どんな景色が見えるんだろうっていうことを漠然と想像してみると、強烈に惹かれたんです。カララウ・ビーチは、マウナ・ロアの黒い溶岩とは対極の、深くて青い海を見てみたかったのと、なかなか人が行けない場所だからこそ、自分が行ってその体験を本という形で届けたいという思いで選びました。
この本はガイドブックではないですし、“ここに書いたのと同じように行ってきてください”と提案する本でもありません。もちろん参考にしてくださってもいいのですが、それよりも、山登りに興味がない方や、登る自信はないけど、この本で疑似体験できるような冒険の旅行記として読んでいただきたいと思って描きました。
──上巻に描かれている「マウナ・ロア」の章の見開きが、ほかのページとは少し違う趣で描かれているのが印象的でした。
実はこのページはすごくこだわっていて、見開きにすることは最初から決めていました。この本を読むときに“私”の目線で進むように心がけて描いたのですが、それは読者の方が“私”に乗っかって、一緒に景色を見て、驚いて、心が動いてほしいと思っていたので、創作の漫画によくあるような、現実にはありえないような構図で描いたコマが少ないんです。それがここだけは“神様の視点”というか、まったく別のカメラから写したように描いたのは、“なんだかとてつもない山にいる”という情景を伝えたかったからです。
──「溶岩以外に何もない」と書かれていましたが、その「何もない景色」から、どんなことを感じましたか?
登っているというより、続いているという感覚でしたね。同じ火山でも、噴火した年数や種類によって登山道の形や色も変わってくるので、そういうのは面白いなと思いつつ、本当に体力を消耗するので、自分の山登り史上、一番キツかったです。
──登っている途中に、特にテンションが上がるようなこともあまりなかったのでしょうか?
日本の山ってわりと親切で、特に北アルプスのような人気の山は、ところどころで“あと何分ですよ”と山小屋の方が設置した看板があったり、お茶が飲めるような有人の山小屋があったりとお楽しみポイントがあるのですが、マウナ・ロアは山小屋も無人で、わかりやすい人工物が途中にあるわけでもないんですよ。ただ、未知の世界にいるワクワクと”今、自分はすごい体験をしているんだな”ということは感じていました。
──そのほかに、ハワイの山と日本の山の違いはどんなところに感じますか?
私、世界の山のことは全然知らないんですよ。こんなに歩いたのはハワイだけなので比較はできないのですが、山はその土地の人たちの信仰の対象であり、敬意を持って暮らしているということを、ハワイでは特に強く感じました。それに、火山の女神・ペレという存在が現地の人々にとっては当たり前で、みなさんが当然のこととして捉えているというのは学ぶものがありましたね。
まだ見ていない、知らない景色があることは明日を生きる希望になる
──カララウ・ビーチに行ってみたいなとは思うものの、片道8時間と知って怖気(おじけ)づいてしまって。
私は山の高さや厳しさが価値を決めるわけではないし、楽しみ方って人それぞれで自由だと思っているので、本で疑似体験してもらって、行けないと感じたら行かなくていいと思うんです。世界は本当に広くて、まだ見ていない景色がいくらでもあるので、そのことを想像できるだけで「明日を生きよう」と思える。そういうことが伝わる本が書けたらいいなと思っています。
──さまざまな理由で外出できない状況にいても、本や映像から想像して広がる世界を感じることができるし、「いつかここに行ってみたい!」という希望にもなりますよね。
昨今のコロナ禍で、表面的には見えなくても、一人ひとりが日常の中で踏ん張って、頑張っているんだなということは私もここ3年で感じています。以前はファンの方々と一緒に山登りをするイベントを行っていたのですが、それが難しい状況になり、オンライン登山ということをやってみたところ、お身体が不自由な方や、“登ってみたいけどちょっと無理かも”と思っていた方がとても喜んでくださったんです。同じ空間や場所にいることはできなくても、景色や感動を共有して分かち合えることはできるんだなと思いました。
──鈴木さんはInstagramで毎朝、松本の空を撮影した写真を上げていますよね。
状況が変わっても、みんな同じ空の下にいて、それがハワイにもつながっているし、日本のどの山にもつながっているということを少しでも感じていただけたらなと思って始めましたが、それが今では、私自身の勇気にもなっているんです。
インタビュー後編では、ハワイの人たちの自然との向き合い方や、「自分が大切にするものを堂々と大切にしながら、異なる他者の価値観も尊重する」という現代のハワイ社会にある考え方から鈴木さんがどんなことを思ったのかお聞きします!
(取材・文/根津香菜子、編集/福アニー)
【Profile】
●鈴木ともこ
東京生まれ。漫画家・エッセイスト。著書に『山登りはじめました』シリーズ(KADOKAWA/メディアファクトリー)などがある。現在は家族で長野県松本市に暮らし、松本市観光大使も務めるほか、雑誌やウェブでの連載や、テレビやイベントなどで山の楽しさや魅力を発信している。