2019年の春、インドに行くことにした。

 新卒で入った会社を思いつきで退職し、YouTubeチャンネルも立ち上げる前という、人生何度目かのモラトリアムに浸っていた時期だった。

 なぜインドを旅行先に選んだかは今もよくわからない。

 けれど、それまでのサラリーマン生活とは真逆のカオスを期待していたことは確かだ。

 そしてそんな期待を、インドという国は軽々と裏切り、もはや超越した場所だったと振り返って思う。

 こんなことを書くとインドに魅了されたお決まりのバックパッカーみたいで恥ずかしいので先に伝えておくと、個人的に「インドには二度と行きたくない」と思っている。

寝台列車の洗礼

 旅の目的地はいくつか決めていたが、その一つがヒマラヤ山脈の麓にある「リシュケシュ」という町だった。ビートルズのメンバーも60年代後半にこの場所でヨガや瞑想に励み、名盤『ホワイト・アルバム』の楽曲の多くが生み出されたらしい。

 インドに到着してからはデリーで一泊し、翌日、寝台列車でリシュケシュに向かうことにした。

 出発するターミナル駅の電光掲示板にヒンドゥー語の表示しかないことに加え、発車が3時間遅れということもあり、列車に乗り込んだ時にはかなり疲弊していた。

 無事に自分の席を見つけ、ところどころ破けたビニール張りのソファに腰を掛ける。安堵と共に眠気を感じ始めていた。

「少し横になろうかな……」と思ったその時、足元を何かが横切った。嫌な予感がする。

 ソファから身を乗り出し車両の前方に目をやってみると、その予感が的中してしまっていることに気づいた。

「この列車にはとんでもない数のネズミが同乗している」

寝台列車で絶望の表情を浮かべる筆者

 すぐさまパッと立ち上がり、ソファを眺めた。案の定、ネズミの糞尿が至るところにこびり付いている。

 しかしながら、これからこの空間に6時間ほど閉じ込められるのだ。立ちっぱなしはしんどすぎる。

 妥協策として、ソファにティッシュを敷き詰め、可能な限り浅く座りながら、足を空中に浮かして過ごした。なぜか腹筋を鍛える姿勢を取り続ける私を不思議そうに見ていたインド人のおばちゃんたちはすぐに熟睡し始め、彼女たちの日常を楽しめない自分の度量の小ささを寂しく思った。

いざリシュケシュへ

 列車を降りてからリシュケシュまでは、オーストラリア人の女性とタクシーを相乗りした。

 彼女の職業はヨガの先生で、師と仰ぐインド人指導者がいるアシュラムにこれから半年間籠ると言う。

「本当に自分なんかが来てもいい場所なのだろうか?」

 夫を説得して小さな息子も残してきたという彼女の話を聞いて、つい先週の思いつきでここまで来てしまった自分を受け入れてくれる場所があるのか不安になる。

 そんな気持ちをあおるように、車は舗装されていない山道を、対向車をギリギリでかわしながら物凄いスピードで突き進んでいく。

 道脇に生い茂るマリファナを楽しそうに撮影する彼女の笑い声が、耳に刺さった。

リシュケシュ到着!

 気づくと人通りも増え始め、車を降りるよう促される。

 パッと見えた景色に「鬼怒川温泉みたいだな」と思った。

 少しひんやりとした空気が心地よく、デリーのような喧騒もない。通りを闊歩する牛たちの糞の臭いを気に留めることもなく、人々が河原でくつろいでいた。

町の掲示板に貼られた紙を食べているリシュケシュの牛

 私も同じように河原で一休みしてから、ビートルズが修行をしたというアシュラムに行くことにした。

 町の人からは「10分で着くよ」と言われたが、結局1時間ほど歩いた。

 リシュケシュで一番の名所だけあって、観光客ばかりだ。至る所にビートルズのメンバーや指導者のグラフィティが施されており、建物の東洋的な造りとのミスマッチが異様だった。

アシュラムに施されたビートルズと指導者のグラフィティ

 広大な敷地に廃墟のような建物がいくつもあり、すべてを見て回るとなると相当な時間を要することに気づいた。すでに日は暮れ始めている。

 来るまでの道中、たくさんの物乞いから声を掛けられたのを思い出す。

 暗くなってからあの道を通るのは気が引ける。急ぎ足で町の中心部へ戻ることにした。

チャクラがパカリ

 予約をしたゲストハウスの近くへ着いた頃には、すっかり町全体が暗くなっていた。

 しかし、明日の朝までの分のミネラルウォーターを調達しなければならない。

 長かった一日の疲れがピークに達しながらカラカラの喉でさまよい続け、ようやく明かりの灯った建物を発見した。

 外装からしてお店であるのは確かだが、何を販売しているのか外からは判断できなかった。

 ギシリと音の鳴る、立て付けの悪い扉を開けて入ってみる。

 すると部屋いっぱいに金属のお椀状の物が置かれており、小太りの中年男性がそれらを熱心に磨いていた。

 どうやら彼が店主のようだ。

「これはシンギングボウルという楽器だよ」

 彼は脚立を立てて、その数えきれないお椀の中でも最も大きなものを棚から降ろした。

「身体の正面に置いてコイツを鳴らしてみれば、7つのチャクラを開くことができる」

 彼は布にくるまれた棒を優しくお椀の縁に当て、円を描くようにゆっくりと動かし始めた。

 金属の振動音が大きくなるにつれ徐々に気持ちが落ち着いて、頭がぼんやりとしてくる。

 音を鳴らす間も彼は囁くようにチャクラの場所や意味を説明してくれた。そのザラッとしたしゃがれ声もたまらなく心地よかった。

 次第に、全身がその金属の倍音に共鳴するような、今まで味わったことのない不思議な感覚になっていく。

 気がつくと彼は7つ目のチャクラの説明を終え、ふっと僕のお腹の辺りに手を当てた。

 その時、「これはマズイぞ」と思った。

 ギンギンに勃起をしてしまっていたからだ。

 現実とは思えない、変な夢でも見ているようだった。

 結局、音が鳴り続ける間に勃起がおさまることはなく、そそくさと店を後にした。

 小太りのおじさんに欲情したのとは、おそらく違う。

 なぜならそれは決して衝動的なものではなく、心の底からじんわりと込み上げる安らぎに満ちた勃起であり、性欲とはまた違う類のものだったのである。

◇  ◇  ◇

 このリシュケシュでの不思議な体験は、今まであまり振り返ることがなかった。

 その後のインドでの時間がトラブルとスリルの連続だったからだ。

 次回は、「インドには二度と行きたくない」と思った苦い思い出について書きたいと思う。

(文/池田ビッグベイビー、編集/福アニー)