『らんまん』第10週、万太郎(神木隆之介)は印刷所で働き始めた。石版印刷の技術習得に向け、前進している。寿恵子(浜辺美波)は万太郎のことを「前だけを向いている人」だと言っていた。深い台詞が満載で、脚本の長田育恵さんの意志が伝わってくる週だった。
長田さんは『らんまん』で、時代の変革期に生きる庶民の強さを描こうとしているのだと思う。万太郎もお金持ちだが、権威ではない。お坊ちゃんの万太郎にはこれから、権威でないがゆえの困難が待っている。でもそれを跳ね返すだけの健やかさがあり、今は強さを絶賛習得中。そんな様子が伝わってきた。寿恵子もそんな万太郎の生き方を理解し、意志を持って伴走する。大きくはそういう方向だろう。
と、ここまでは理解したのだけど、ひとつ疑問が。万太郎も、寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)も、「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」が苦手なのはなぜなのだろう?
そのことを書くために、9週のおさらいから。万太郎は最後、まつのいる和菓子屋・白梅堂に行った。「わしはわしにできる一番の速さで、お嬢さまを迎えに来たい」。そう宣言し、するべき仕事を終えるまではここへは来ないと告げていた。それに対しまつは、娘は17歳、いい縁があればそちらを優先すると言い、万太郎は「そのときはあきらめる」と返していた。つまり「プロポーズ予告」を、双方が認識し合う。そういう展開だった。
それなのに、何故かまつは「万太郎はしばらく来ない」とだけ寿恵子に伝える。そこに「玉の輿(こし)派」のみえ(宮澤エマ)がやってきて、実業家の高藤(伊礼彼方)と寿恵子の親密さが話題になっていると話す。すると「相手はお寿恵に決めさせる」とまつは言う。つまり高藤=ベストの相手とは判断していないし、万太郎に魅かれている寿恵子の気持ちもわかっている。それなのになぜ、「プロポーズ予告」を寿恵子に報告しないのだろう。
寿恵子に言い寄る高藤のしたたかな手口
「報・連・相」ができないと、昨今は新入社員でもアウトだろう。昭和の新入社員だった私でさえ、「ほうれんそうって」と思いつつ、なんとなくだが理解はしている。「報告」は起こったこと、「連絡」はこれから起こること、それを組織内で共有する。そんな感じで合っているならば、まつは「連絡」は得意だった。娘にこれからのことを語るまつ、人生の先輩感ハンパなかった。
その前に、高藤だ。寿恵子に「人生のパートナー」になってほしいと告げる。横浜に小さな屋敷がある、西洋人の設計で庭もある。そこに住まないか、と。妾になれ、と図々しく迫る男として描かないところが、長田さんのうまいところだ。
ダンスのレッスンから寿恵子の堂々とした精神を見てとり、そのことを褒める。一方で、妻は妻だがそれだけだと言い切る。そういう時代だとはいえ、己のダブルスタンダードには気づいていない、いや気づかないふりで口説いているのか。とにかく一筋縄ではいかない人物で、これでは寿恵子も断りにくかろう。そう思わせて、興味をそらさない。
寿恵子は、万太郎の不在を嘆いている。だからまつは、「高藤さまからの話もあるし、いい折だから聞きなさい」と「連絡」を始める。お妾さんだった自分の来し方を踏まえて、名言満載で語る。
「誰かを待つことを暮らしの真ん中に置くと、何をしても寂しさでいっぱいになっちまう。自分が値打ちのない捨てられた気持ちになるからね」。すべての片思い経験者に響く名言だ。
「奥の手を教えてあげる。男の人のためにあんたがいるんじゃないの。あんたはあんた自身のためにここにいるの」「だからいつだって、自分の機嫌は自分でとること」。女性なら誰でもグッときたはずだ。
万太郎のプロポーズ予告を伝えないのは、まつの戦略?
さて万太郎だ。石版印刷の技術を覚えるため授業料を支払ってまで働いているのに、これまた「報告」が苦手だ。自分で描いて自分で刷るから働かせてくれと頼むと、印刷所のトップ・大畑(奥田瑛二)は「うちの画工がダメだから、自分でやるのか」と尋ねる。「そうです」と答えて言ったのは、「研究の図版が必要ですき」。正確に印刷したい、そうでないと世界に伝わらない。それだけ補足する。現場で同僚に「なぜ働くのか」と聞かれたときも、「楽しそうですき」が答え。自分で描いたままが刷れるなど、こんな楽しいことはない、と。
うーん、もう少し説明したほうが、お互いにスムーズだと思うけどなーと見ていると、器用で熱心に働く万太郎は、すぐに大畑にも石版印刷の絵師にも認められる。試し刷りする機会をもらい、万太郎は植物画を石板に描く。出来上がりを見た絵師は、万太郎の狙いを理解する。
「これは、本物を伝えるための手立てとしての絵だ」。同じ方向を向いて仕事をしていれば、報・連・相なしでも理解し合える。そういう長田さんからのメッセージのようで、「成果主義」とかそういう言葉がなかったころはそんな感じだったなー、などと郷愁を感じたりもした。
だけど、やっぱりまつは、万太郎の「プロポーズ予告」を寿恵子に報告したほうがいいと思う。11週、いよいよ万太郎vs高藤の決戦も大詰めを迎えるはずだ。どちらか1人を選ぶためには、万太郎についての情報もすべて開示されるべきだ。そんなふうにヤキモキしつつ、こう思う。まつは人生の達人だ、「報・連・相」もここからが本番かもしれない。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。