※本記事は漫画『チェンソーマン』『呪術廻戦』(ともに集英社)のネタバレを含みます。
漫画『チェンソーマン』第2部の連載が2022年7月13日にマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」で開始されました。今回は高校が舞台の学校編で、同じくジャンプ漫画である『呪術廻戦』も、連載を開始した当初は、呪術師を目指す若者が通う学校「都立呪術高専」が舞台でした。
どちらも現実の日本をベースにした世界に“悪魔”、“呪霊”といった異形が登場し、異能を持つ登場人物たちのバトルが繰り広げられるダークファンタジー作品。アニメ制作はともに『MAPPA』が手がけるなど何かと共通点が多いですが、両作には似たようなシーンや設定が描かれていることをご存じでしょうか。
筆者である私は両作の大ファンでもあるのですが、普段から古美術、工芸、アートといった民芸分野に関心が多く、今回は両作品の世界観の違いを、民俗学的な観点から紐解いていこうと思います!
ジャンルを問わず、どんな作品でも過去に制作されたものをヒントにしたり、過去にあった作品の設定に新解釈を取り入れることは珍しくありません。ただ作品の類似点を比較すると、作者の意図や世界設定の違いを推察することができるはずです。
たとえば、『呪術廻戦』に出てくる呪術師・伏黒恵は式神を呼び出す際、「玉犬(ぎょくけん)」「鵺(ぬえ)」「大蛇(おろち)」など手で印をつくることでそれぞれの式神を発動させます。『チェンソーマン』第1部でもデビルハンターであるアキが狐の悪魔を呼び出す際、狐の頭に見立てた「狐手」と呼ばれる手の印を作るシーンがあります。
手で印をつくり異形を召喚する、という意味ではどちらも似ているのですが、比較するとまったく異なる世界観の物語であることが見えてくるのです。
『呪術廻戦』と『チェンソーマン』の世界観の違いを、類似している手の印のシーンと、両作主人公たちのキャラクター設定を見比べて考察していきましょう。
同じ世界か、異世界か。動物をかたどる手の印から異形の存在を読み解く
まず『呪術廻戦』の伏黒恵は、影を媒介にして自分が使役する式神を呼び出す術式「十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)」を、手で印をつくることで発動しています。恵にとって自分の影は、別の空間から何らかのものや存在を呼び出す窓口となっているとも言えるでしょう。
『呪術廻戦』では、多くの呪術師に生まれ持って刻まれる「生得術式」があるとされ、恵の術式は、呪術師名門の家系「禅院家」相伝の術式です。このことから登場人物である呪術師自体が、一般人とは異なる能力を持った異能者であることが推測できます。
また、物語の基本コンセプトとして呪霊が人の負のエネルギー(呪力)から生まれた存在であるとされていることから、呪術師がはらおうとしている呪霊や呪物たちも、人由来のものであり、人間たちと同じ世界にいる存在として描かれているのです。
対して「ゾンビ」や「幽霊」など、人々の恐怖の対象が悪魔となって登場する『チェンソーマン』。第1部では、デビルハンターが悪魔を倒すために、自分たちが契約している別の悪魔を呼び出すシーンがありました。デビルハンターは召喚した悪魔に皮膚や髪といった自分の身体の一部を与えることで契約を結び、敵対する悪魔を喰う、といった要望をかなえてもらいます。
デビルハンターの登場人物であるアキも狐の悪魔と契約しており、呼び出すときには手で狐の頭を作り、「コン」と唱えて、狐の悪魔を召喚していました。
このときに注目したいのは、狐の悪魔の召喚方法です。アキは狐をかたどった指で丸く囲った穴から、攻撃対象をのぞく形で悪魔を呼び出しています。召喚された狐の悪魔は、指に囲われた中に見える攻撃対象の体に喰いついています。
つまり、手でつくるサインは悪魔召喚のトリガーになるだけでなく、指で囲った空間に悪魔が現れ、召喚者はその囲った指の中をのぞくことで呪術的な行為が実行されているのです。
日本で伝承される呪術的なしぐさをまとめた『しぐさの民俗学―呪術的世界と心性』(常光徹/ミネルヴァ書房)には、呪術的なしぐさである「狐の窓」が紹介されています。下記の記述(「第三章 股のぞきと狐の窓」より)から、この呪術的なしぐさが異界の住人との接点になると考えられていたことがわかります。
〈日当り雨の際に特別の指の組み方をしてその窓(穴)から覗くと狐の嫁入り行列が見えるというほかに、狐火がでたときにもこの窓からのぞいて相手の正体を見破ったり、あるいは、窓から息を吹きかけて退散させる。〉
〈(前略)両手の中指と薬指を曲げて親指につけた狐頭の形をつくり、それから順に左右の指を組んでいく。特徴的なのは、手の平と甲が同時に両面にある点で、これは裏と表が同時に存在するという形で、象徴的に解釈すれば、異なる二つの世界に接していながらそのどちらでもないという境界性を表現している。そこに開けられた中央の窓(穴)は、まさしく妖異の潜む異界を透視する隙間としての意味を帯びている。〉
さらに第1部の後半で、アキが銃の悪魔に憑かれて「銃の魔人」となったときの訪れ方は、ドアの前に現れるというものでした。魔人化したアキは、まるで「ナマハゲ」のように登場していると思いませんか? これは魔人化したアキが来訪神(まれびと)のような存在として現れている描写とも取れるでしょう。「まれびと」とは他界から訪れる神や霊的な存在のことです。
つまり、狐の悪魔の召喚方法や魔人化したアキの登場場面から推察すると、『チェンソーマン』では、人にとって脅威である悪魔が異世界の存在として描かれていることがわかるのです。
心臓を取るか、与えるか。異形と交わした契約の違い
『呪術廻戦』と『チェンソーマン』(第1部)では、どちらの主人公も呪物や悪魔といった異形と契約する際、心臓にまつわる契約を交わしています。この心臓に関わるやり取りからも、世界設定の違いを見て取ることができるのです。
まず『呪術廻戦』の虎杖(いたどり)が呪術師になった経緯を振り返ってみましょう。特級呪物である「両面宿儺(すくな)」の指を飲み込んだ虎杖。普通の人間なら命をなくすような猛毒の呪いである宿儺を受肉するも、その器として「千年生まれてこなかった逸材」だったことで、肉体や自我を保つことができていました。
しかしコミックスの2巻における特級呪霊との戦闘シーン。宿儺に肉体の主導権を譲った虎杖は、身体を乗っ取られている間に自身の心臓をえぐり取られてしまいます。そして「宿儺が『契闊(けいかつ)』と唱えたら1分間身体を明け渡すこと」、「そしてこの約束を忘れること」の2点を“縛り”として誓約を交わし、虎杖は蘇生されました。
ここで確認しておきたいのは、主人公と異形との関係性です。
異形に能力を与えられる人物が登場するダークヒーローものの作品では、憑かれた存在が闇堕ちせずに理性を保てるか、どちらが肉体の主導権を握れるか、といった“憑かれた存在と憑いた存在との関係性”や、“肉体のイニシアチブを取る対象”について、必ずといっていいほど設定されています。
『呪術廻戦』では、虎杖が宿儺に肉体の主導権を取られ、主体が入れ替わるシーンが何度となくありました。つまり器となる肉体はひとつで、その中に入っている存在は2体あるため、このような入れ替わり方をしているのです。
『チェンソーマン』(第1部)では、どうだったでしょうか。両親の死、父親が残した多額の借金、身体の一部を売る……といった不幸な生活を送っていた主人公のデンジ。ゾンビの悪魔に憑かれた人間たちに殺された際、頭からチェンソーが生えた犬の姿をしているチェンソーの悪魔・ポチタと契約を交わし、ポチタの心臓をもらって生き返りました。
チェンソーマンとなったデンジは、支配の悪魔であるマキマとの最終決戦(第1部)で劣勢を強いられるも、ポチタの心臓を切り離して別々に行動することでマキマをあざむき倒すことに成功します。つまり、デンジの身体に悪魔であるポチタの肉体が合成した“共同体のような生き物”として登場したのが、人でも悪魔でもないチェンソーマンでした。
これらの設定から、呪霊が人間と同世界の存在として描かれている『呪術廻戦』と、悪魔が異世界の存在でありながら、現実世界で人間と共に存在するものとして描かれている『チェンソーマン』の世界設定の違いが読み取れるでしょう。
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さて、呪術師たちのデスゲームが繰り広げられる「死滅回游」編が連載中の『呪術廻戦』。同作初の映画化作品である2021年公開の『劇場版 呪術廻戦0』の主人公・乙骨憂太や新キャラクターたちが、現実とは異なる世界観の日本を舞台にバトルを繰り広げています。
そして内臓やはらわたが飛び散るシーンが目白押しだった第1部に対して、「田中脊髄剣」という、異次元レベルの武器が登場した『チェンソーマン』は第2部がスタート。登場人物である高校生・三鷹アサが、身体を求めていた戦争の悪魔に、脳を半分残した形で憑かれ、チェンソーマンとは異なる存在に変貌を遂げています。
どちらの作品も新しいキャラクター設定や世界観が見られることが期待できるのではないでしょうか。引き続き、人気の両ダークヒーロー作品の展開を追っていきましょう!
(文・石水典子/編集・FM中西)
【参考文献】
◎『しぐさの民俗学―呪術的世界と心性』常光 徹 (著)/ミネルヴァ書房
◎『魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信 』常光 徹 (著)/KADOKAWA
◎『呪術廻戦』芥見下々 (著)/集英社
◎『チェンソーマン』藤本タツキ (著)/集英社