発症2日目には体温が38.8℃まで上昇した 撮影/若林理央

「陽性」と告げられて

 私の症状が悪化したのは、その日の夕方である。関節痛、食欲不振、嘔吐、咳。体温は38度台のままだ。

 PCR検査を受けた病院はもう閉まっていたので、『東京都発熱相談センター』に連絡した。今朝、新型コロナの検査を受けて結果待ちだと言うと、一般の救急外来での診療を勧められた。自宅の近くにある救急外来は発熱相談センターでは見つからず、救急センターの電話番号を教えてもらった。

 救急センターで紹介された病院は4つ。すべてに電話したが、高熱の患者は受けつけていない、もしくはベッドに空きがないとのことだった。

 3月半ばの東京は、感染者数が以前より少なくなっていた。しかし、診察時間外に病院を見つけるのは、こんなにも大変なのか。何件も電話しながら、苦しむ人を受け入れられない病院のジレンマも感じた。

 私は睡眠障害があるため、精神科で睡眠誘導剤を処方してもらっている。行ける病院がないので、それを飲んで寝た。幸い、夜中に苦しむことはなかった。

 目が覚めると、体温は37.2℃まで下がっていた。とはいえ、いつ昨夜と同じ症状になるかわからない。PCR検査を受けた病院に電話をして、昨日と同じ流れで診察を受けた。

 夫の症状は私と少し異なっていた。倦怠感と頭痛があり「味覚と嗅覚があまりない」と言っていたが、その日の夫は平熱だった。

 私だけ新型コロナの抗原検査を受けた。緊急性が高いと判断されたのかもしれない。これはPCR検査と異なり、15分ほどで結果が出る。昨日のインフルエンザと同じように、鼻の奥に綿棒を入れて検査した。

「いよいよ結果がわかる」という緊張感と安心感が、同時に押し寄せてきた。

 看護師が、診察室の外で医師を呼んだ。高い声が印象的な女性だったが、そのときだけ声が低くなった。

「陽性です」

 はっきりと聞こえた。医師がすぐに戻ってきた。

「マスクの鼻のあたりを、もう少し押さえてもらえますか」

 そう言った医師は平静を保とうとしていたと思う。だが、明らかに驚いていた。

「病院から保健所に伝えます。保健所から今後の療養先などの連絡があるので、自宅で待っていてください」

 新型コロナ陽性。

 テレビの報道やネットニュースの見出しが、めまぐるしく頭の中をよぎる。

 どうやって患者を帰らせるのがいいか、医師と看護師が相談している。この病院で陽性患者が出たのは初めて、もしくは久しぶりなのかもしれない。

「タクシーなどは使わないで歩いて帰ってください」

 そう言われたので、夫と一緒に人があまり通らない道を選んで帰った。

 自宅のあるマンションの前で、管理人さんが掃除をしていた。「おはよう」と、いつものようにあいさつしてくれる。

 彼は高齢者だ。マスクはもちろんしている。だが、何か発すれば飛沫(ひまつ)が飛んで感染するかもしれない。管理人さんに万一のことがあれば私のせいだ。心の中で謝りながら、離れたところで会釈してマンションに入った。管理人さんは、不思議そうに私たちを見ていた。

 この日の東京都は、新型コロナ感染者数が300人ちょうどだったことを覚えている。

 その中のひとりが自分だった。