マーちゃんも結婚しとったかもね
遠くから爆音が聞こえてきた。見上げると飛行機が近づいてきた。高度100メートル以下の低空飛行だった。
「グラマンだ! 敵機だ!」
操縦席には鼻の高いアメリカ兵が、白いスカーフをなびかせていた。顔まではっきりみえた。
「伏せっ!」
と河原の茂みに隠れた。
素通りしたグラマンは、旋回して戻ってきた。
「ダダダダッと機銃掃射してきたんです。銃弾がキンキンと河原の石を弾きました。通り過ぎたあとマーちゃんは伏せたまま何も言わない。背中に出血の跡はなかったので“おいっ!”と身体を起こすと、お腹に大きな穴が開いていて腸が飛び出していた。身体の下は血まみれでした。どんな気持ちだったか、ショックで覚えていません。僕はマーちゃんの家に走り、“おばちゃん、たいへんだ!”と告げ、一緒に河原に戻りました」
撃たれると、弾の入り口の傷は小さく、出口の傷が大きいことをあとで知った。ふたりが隠れた茂みは、背の低い五三竹で上空から丸見えだった。
「おばちゃんはワンワン泣いたりせず、マーちゃんを抱きかかえて帰りました。僕はそのあとについていきました」
大学卒業後、高橋さんは朝日新聞の記者になり、結婚したときに同村を訪ねた。マーちゃんの母親に結婚を報告し、「お墓参りをしたい」と言うと、「生きとったらマーちゃんも結婚しとったかもね」と自分の息子のことのように喜んでくれたという。
「動くものならば犬でも人間でも撃つ。一瞬で死ぬ。それが戦争です。テレビゲームとは違う。平和憲法は絶対変えちゃいけない」
※高橋さんの「高」は「はしごだか」が正式表記
※2013年取材(初出:週刊女性2013年8月20・27日合併号)
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する