念願の一戸建てを購入し、引っ越したら向かいのアパートの住人から、糞尿やタバコの吸い殻が入ったビニールを庭に投げ入れられた人。さらに、自宅の庭に生卵を投げつけられたり、しまいにはビール瓶で窓を割られたり、ブロック塀を壊されたり──。
親を選べない「親ガチャ」ならぬ「隣人ガチャ」。賃貸物件を選ぶ際に、間取りや日当たりや家賃、さらに最寄り駅までの所要時間や周囲の環境は入念にチェックするが、隣人の人となりを調べるには限界がある。冒頭のような困った隣人とのトラブルで、いちばん多いのが、音に関するトラブル。都内のマンションに住む女性(50)は、思い出すのもイヤ、という表情でこう話す。
「隣の部屋はご夫婦と、小さいお子さん2人の4人家族。私が住み始めたころから、子どもを叱るような大声とともに、“ドンドン”と何かを叩く音が。また子どもの泣き叫ぶ声とともに“バカヤロー”、“チキショー”といった奥さんの声が聞こえるようになって……。
奥さんの声はマンション中に響き渡っていて、みんなが心配していました。いちばん驚いたのは、その奥さんが“警察呼びますよ!”って怒鳴ったとき。もう何がなんだかわかりませんでした。今は騒音もおさまってきて、以前のようなことはなくなりましたけど」
「うるさい」と拳を振りかざされて
引っ越しをしてから隣人が非常識な“モンスター”なら、日常生活全般が脅かされる。このような「隣人ガチャ」にハズレた人は大勢いるが、都内在住のアラフィフのOL女性・Aさんもそのひとりだ。
「10年前の2011年に引っ越したアパートの隣人が“モンスター住民”だったんです」
ひと部屋を隔てた部屋の男性は、彼女が帰宅すると壁を蹴る、床を強く踏むなどの嫌がらせをしてきたという。
「110番しても、男性は警察から注意されるだけ。大家と一緒に話し合いに臨もうとしたのですが、相手は部屋にこもって出てこようとしなかったんです」
もう引っ越しするしかないと諦めたときに、Aさんとモンスターの間の部屋に30代の塾講師の男性が引っ越しをしてきたという。これで男性も変わるかもしれないと、ホッとしたAさんだが──。
「今度はモンスター住人と塾講師が結託して、集合住宅のポストに届いた私あての郵便物を抜き取ったり、ごみ収集日にAさんのごみの袋を破って散乱させたりと、嫌がらせがおさまるどころか酷(ひど)くなったんです」
恐怖におののいたAさんは「逃げるが勝ち」と2018年1月に引っ越したが、それまでのストレスも一因だったのか、引っ越し先で体調を崩してしまった。不幸はそこで終わらない。彼女は引っ越し先でも「隣人ガチャ」でハズレを引いてしまう──。引っ越した築30年以上のマンションは縦長の1Kで鉄筋コンクリート。
「過去に隣の部屋の男性のいびきに悩まされたことがあったので、鉄筋コンクリートだから、騒音にはほど遠いとタカをくくっていました」
約1年は平穏な生活を送れていたが、その年の大みそかに、隣の“モンスター”が活動し始めたのだ。
「大掃除で外ドアをふいていたとき、いきなり隣から50代ぐらいの男性が出てきて“うるさい”と拳(こぶし)を振りかざしてきたんです」
彼女の後ろは自室のドア。ドアを開けて逃げ込むヒマもなく、絶体絶命だった。
「でも、開き直って“今日は大みそかだから、世間では大掃除をする日です”と答えたんです。そうしたら男性は、拳を引っ込めて部屋に戻っていきました。思い返せば、このときが始まりでした」
ビニール袋を私めがけて──
後日、キッチンで料理をしているとき、うっかり調味料の瓶を2、3本床に落としてしまった。すると、
「隣と私の部屋の間の壁を何度も強く蹴り上げてきたんです。おそらく“うるさい”ということだったんでしょう。その後もキッチンで瓶が倒れたり、水切りかごから洗った鍋が落下するなどの音がすると、隣の男が壁を強く殴打するようになったんです」
あげくの果てに、飼っている猫の名前を玄関で呼んだだけで、激しく壁を連打するという事態に。彼女はとうとう大家に報告したという。
「大家は同じマンションに住んでいたのですが、驚いたことに、大家もその男性に騒音を立てたということで訴えられていたんです。掃除機をかけただけで男性はうるさい、と乗り込んできたと」
男性の職業は警備員で、夜勤明けで帰宅すると機嫌が悪いと、大家は明かした。壁を叩いてくる件については、大家は不動産屋を通じて手紙で注意することを約束してくれた。しかし、男性の行動はヒートアップしていく。
「ごみの収集日にごみを捨ててから、3階の部屋に戻ろうとすると、隣の男の部屋のドアが少し開いていました。すると、男はその隙間から手にしたビニール袋の中身を私めがけて振りかけてきたんです」
ビニールの中身は小さなごみ。それが空中に散乱し、彼女は驚きと恐怖で自分の部屋に急いで逃げ込んだという。
恐怖のあまり交番に出向いて相談したが、警官は調書を取ることもなく「別の部屋に移動できないか」というあっさりした対応だった。
「警察がダメならと、自治体の代表に電話をすると4か所をたらい回しにされ、やっとたどり着いた区民相談室では、警察に動いてもらうのがベストだという答え。警察→自治体→警察と振り出しに戻ってしまったんです」
被害者が泣き寝入りになる場合も多い
壁を蹴る、ごみをまき散らす。集合住宅という生活空間で繰り返される迷惑千万な隣人に対して、効果的な対処法はないのだろうか。弁護士の高橋祐樹氏の結論は、「モンスター隣人に対処法なし」だ。
「賃貸契約に『迷惑行為を禁止する』という項目がありますが、そうとう悪質な迷惑行為でない限り、大家は迷惑行為の住民を追い出すことができない」
と、高橋弁護士。追い出されるどころか、居住権を主張する迷惑住民が居座っているケースが多いという。
「うるさいという住民に対して、生活音のつもりと主張する住民など、真っ向から主張が対立するときは裁判などをしないと解決できないことが多い。また壁を蹴ることが嫌がらせと証明することは難しいです」
壁を蹴るのは間接的な暴力に相当するのではないか。しかし──、
「隣人がモンスターの場合は、流れ弾に当たったようなもの。事故です。引っ越しをするか、我慢して気にしないか、戦い続けるかのいずれかを選ぶしかありません」(高橋弁護士)
警察が介入できない民事の事案のため、泣き寝入りになると高橋弁護士。憤りともやもや感が残る。
一方、例外もある。警察が介入した『奈良騒音傷害事件』では、騒音を出し続けた“騒音おばさん”が逮捕された。奈良県生駒郡平群町の主婦が2年半にわたって大音響の音楽を流し続けたため、近隣の夫婦を不眠やめまいなどで通院させた事件は、'05年4月傷害罪の容疑で主婦が逮捕され、'07年最高裁で実刑判決が確定した。
人が生活をする中で、大切な部分である住環境。住み始めてみないとわからない、「隣人ガチャ」のハズレに泣いている人は今も増え続けている──。
(取材・文/夏目かをる)