緊急事態宣言も解除され、観光地には旅行者も戻ってきた。気になるのがシャンプーやリンスなど宿泊先のアメニティ。よく見かける馬油成分のアイテムには意外な事情が! 仕掛け人に話を聞いた。
◇
新型コロナウイルスの感染の波もいったんはおさまり、緊急事態宣言も解除。全国の観光地には旅行客が戻りつつある。
「先日、母と叔母と近場の温泉宿に泊まってふと気になったことがあるんです」
そう切り出したのは神奈川県に住む30代の主婦。
「その宿のアメニティは『馬油(バーユ)シャンプー』でした。温泉宿でよく見かけるんですが、なんで温泉と馬油なのか気になってしまって……」(同・30代主婦)
大浴場や部屋に設置されているシャンプーやトリートメント、せっけん、基礎化粧品などアメニティ類は宿泊施設には欠かせないアイテム。前出の主婦が気になっていた『馬油シャンプー』も各地で見かけることが多い。
実は温泉宿のアメニティの中でも長年、愛されているアイテムというのだ。
では、なぜ温泉地に馬油シャンプーが多いのだろうか──。疑問を解決するべく、販売メーカーのひとつである株式会社アズマ商事(本社・大阪府)の担当者に聞いた。
「馬油はケガやヤケドに効くと言われ、昔から治療に使われてきました。肌なじみがよく、老若男女問わず安心して使ってもらえるアイテムです。乾燥しがちな肌や髪ケアにもオススメです」
温泉との相性もいいのだろうか? 尋ねると、
「どの泉質のお湯とでも相性はいいですが、温泉地で使うことだけを目的に商品開発しているわけではありません。温泉で使って気に入って購入しても自宅の浴室で使ってみるとよくなかった、となってしまったら意味がない」(同・アズマ商事担当者、以下同)
馬油シャンプーは2006年の発売以来、根強い人気があり、同社の人気No.1アイテム。
「旅先で気に入り購入、親子3代で愛用してくださるリピーターも少なくありません。ただ、弊社の商品はドラッグストアなどで購入できるわけではないんです」
その理由を前出の担当者が明かす。
使ってよければ購入する『体感販売』を考案
「馬油シャンプーに限らず、炭や柿渋などの自然派素材を使った弊社のアイテムはすべてまずお客さんに使ってもらいます。それでよかったら購入してもらう『体感販売』という形態をとっています。購入者の期待に沿えるかわからないものを販売するより、まずは使い、気に入ったら買ってもらう、というのが社長の考え方です」
これは同社の東村清代表取締役社長が35年前に考案し、始めた日本初の営業スタイル。
「パッケージの情報だけで購入し、使ってみると思っていた使用感と違うことがよくあります。ですが、うちの商品の場合は、アメニティとして展開しているホテルや旅館で使い、気に入ったら同じホテル内の売店で購入できるようにしています」
ユーザーは使い心地を納得し、購入できる。馬油シャンプーが長く愛される理由は「顧客を満足させたい」と取り組む商人魂の表れなのだ。
東村社長が考えた『体感販売』は、ビジネスモデルのひとつとして馬油シャンプーに限らず、宿泊業界内でさらなる広がりをみせている。
「ドライヤーやマットレスなども同様です。購入を検討していても使用感を試すのは難しい。ですが、宿泊時に使い、気に入れば購入するきっかけにもなる。宿泊施設は企業にとっても販路を広げるチャンス市場でもあるんです」
そう説明するのは旅行ジャーナリストの村田和子さん。
現在宿泊施設のアメニティ事情は大きな変化を迎えているという。
「バブル期のハイクラスホテルでは『ブルガリ』や『エルメス』など海外のブランドコスメのアメニティを用意、宿泊時のステータスにもなっていました。1990年代はそれらが各部屋に個包装で置かれていました」(村田さん、以下同)
もったいなくて使えず、お土産として持ち帰ることも珍しくはなかった。大掃除の際に未使用のブランドアメニティが大量に発見された、なんてことはよく聞く話だ。
「今は高級ブランドより、肌への優しさを考えたアイテムが注目され、自然派素材を使ったアメニティに移行する傾向があります。『ロクシタン』や国内なら『POLA』なども人気です。それに環境への配慮も欠かせません。SDGs(持続可能な開発目標)の観点と経費削減のため、据え置きボトルタイプのアメニティへ切り替える宿泊施設が増えています」
個包装されたアメニティは『レディースプラン』などの特典となり、宿泊先を選ぶ際の決め手になることも。