国際規制に高齢化という高いハードル
「絶滅のおそれがある動物は希少動物保護を目的とするワシントン条約によって、売買が禁じられています。そのためゾウやゴリラ、コアラなどの動物を海外から輸入することはできません。絶滅危惧種をまとめた“レッドリスト”に掲載される動物は、年々増えているのが現実。こうした事態は乱獲や温暖化、つまり人間の行動によって引き起こされています」
海外から購入できる動物であっても、新興国からの需要増により動物の価格が高騰、入手のハードルを一層押し上げている。
輸入できないとなれば、国内で繁殖を……と思ってしまうが、これも難しい。動物園にも高齢化の波が押し寄せ、天寿を全(まっと)うするケースが増えているからだ。
前述したラッコも高齢ゆえ繁殖が絶望視され、主な輸入元であるアメリカでは絶滅のおそれがあるとして、捕獲を規制している。
「そもそも国内で繁殖させること自体、どんな動物にとっても簡単ではありません。繁殖には遺伝的な多様性を確保する必要があるのです。それには莫大な費用と適切な飼育環境が必要になってきます」
前出・平川動物公園も繁殖の難しさについてこう話す。
「将来にわたって健全な繁殖を進めるには、複数の動物園同士で協力し合い、一定数以上の個体数を維持する必要があります。そのためにはある程度、動物の種類を絞り、維持コストを集中せざるをえない状況です」
動物園そのものが消えてしまうかも
加えて、動物へ向ける人々の意識の変化も影響しているようだ。
「(ストレスや苦痛が少ない飼育環境を目指す)動物福祉に配慮した方法で飼育されるべきという考え方が広がってきています。
そのため飼育施設や方法により高水準のものが求められ、それを満たせない施設は飼育を断念せざるをえなくなってきている。そうした状況も(動物確保の難しさに)影響しているように思います」(平川動物公園)
このままではおなじみの動物たちがいなくなってしまうばかりか、動物園そのものが地域から消えてしまうかもしれない──。そう成島さんは懸念する。
「日本にある動物園は、自治体が運営する公立施設が大半。財政状況が厳しくなれば真っ先に削られるのは動物園などの文化施設の管理運営に要する費用です。財政難に陥れば健全な運営は、さらに難しくなります。なかなか動物を確保できないし、お金もないし、少子化も進んでいるから、いっそ動物園を閉めてしまおうと考える自治体が出てきても不思議ではありません」(成島さん、以下同)
実際、コロナ禍では自治体の財政悪化に伴い、懐事情が厳しくなった動物園も珍しくない。京都市動物園では企業や生産者から、野菜や剪定(せんてい)した枝などをエサとして募るニュースが報じられ、衝撃を与えた。
展示のあり方を考え直す機会
「そもそも日本の動物園は入園料が安すぎます。例えば、上野動物園は一般600円ですが、海外では2000~3000円が標準です。そうして集められた入園料や寄付金を投じて動物たちを繁殖し、もとの生息地に戻して、個体数を増やそうとする取り組みも行われています」
さまざまな問題を抱え、岐路に立たされている動物園。ただ、園側も手をこまねいているわけではない。繁殖のために、動物園や水族館同士で動物を無償で貸し借りする「ブリーディングローン」制度は全国に広がっている。また、動物たちの生態に合った飼育環境を整え、魅力を伝える展示を行うなど独自に工夫を凝らす動物園も多い。
「動物園や水族館は、エンターテイメントとしての存在だけでなく、人間と動物が共存するにはどうすべきか? という方法を考える場でもあります。文化資源として、動物園や水族館はまだまだ社会に必要です」(成島さん)
「人気動物がいなくなったとしても、動物園本来の目的である“動物の生態や能力や魅力を伝える”という役割は変わりません。(動物確保の困難という現在の状況は)人気動物に頼った展示のあり方を考え直す機会になると考えています」(平川動物公園)
(取材・文/高橋もも子)