里奈さんの病気をきっかけに、二拠点生活へ

 慶さんの思惑通り、徐々にではあるが認知され、お客がつくようになった。コロナ禍前まで開催していた受注会では、時間前から行列ができるなど、すっかり人気のブランドとして定着。

 順風満帆に進んでいた『atelierBluebottle』だが、2021年春、里奈さんがパニック障害を患う。

 慶さんは家事のほとんどを担うこととなり、自宅にミシンを持ち帰ることに。

「病気になる前から、料理以外の家事はやっていたんです。僕はわりと毎日同じ時間に同じことをしたいほう。で、それを調整しようとするとけんかになる。じゃあ、自分でやろうって。料理は里奈さんの病気がきっかけですけど、もっとうまくなりたくて、料理教室に通いたいくらい

 バックパックに使う布を作業場で裁断し、自宅に持ち帰って縫製して、最後の仕上げは作業場で、というのが、現在の慶さんの仕事の流れ。同時に家事をこなし、犬を散歩させて。

以前のようにずっと作業場で働くよりも、家で仕事をするほうが気分もよくて、はかどりました。もともとは、ずっと家で仕事をするのが嫌で作業場を設けたんですけど、通うようになったら大変なこともあって。自宅と作業場で仕事内容をわけると、バランスがすごくいい。だから今は、いい感じなんです(笑)」

辻岡慶さん 撮影/伊藤和幸

 とはいえ、コロナ禍もあり外出しづらい時代。自粛が解除されても里奈さんの病気のため、どこにも行けない子どもたちのことが心配になってきた。出した解決策が、“那須に家を買う”。

「ほぼほぼ勢い。思ったら行動するほうなんですよ。思ったんだからできないことはないと始めて。ダメなら売ればいいし。二拠点生活は思っていたとおり、気が楽ですね。どこかに子どもを連れて行かなきゃいけないプレッシャーみたいなのがなくなりました。気分が違いますよ。もう1か所、いる場所があるっていうのはすごく楽。安心感みたいなのがある

 あれ? それって、今の仕事のスタイルと似てますよね? 家と作業場の両方で仕事して……。

「あ、そうですね。同じ場所に居続けることが苦手なのかもしれないです。那須では家族みんなが東京にいるときより仲良くしている気もするし(笑)。犬を散歩しているだけで1日の時間の流れをすごく感じる」

奥秩父の金峰山に家族3人で登ったとき

 里奈さんも言う。

家がもう1つあるのは、すごくいい。東京には子どもが手放しで走れる環境がないですよね。いろんな意味で危ないので。だから那須の、手放しで走り回れる自分だけの空間があるってほんとうにいい。もうちょっと長く向こうにいて、那須で仕事をできたらなあ。今は子どもの学校の都合でできないですけど。だから老後に

 里奈さんは病気から回復し、仕事も復帰。日常を取り戻せた。だからといって慶さんから家事を引き継ぐつもりはないという。

「家事は向こうのほうが向いているんで。わたしは子どもとの時間が増えてよかったです。慶くんも見えない家事が見えるようになってくれたし。だからある意味、病気になってよかったですよ。それはほんと。慶くんに言ったら『あ、俺もそう思う』って。二拠点生活は将来いずれ、とは思っていましたが、病気というきっかけで早く買えました

辻岡里奈さん 撮影/伊藤和幸