VR版よりも現実に近いものになっていると思う
──昨年のVR版とは脚本もリライトされているとのこと。演劇版で分厚くされたのはどの部分ですか?
「VR版を発表してから1年経って、僕もいろいろな経験をしていて。例えば、僕にはALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っている友人がいて、パラリンピックの開会式にも出てもらったのですが。もちろん設定は違うけれども、この物語に出てくる人たちと同じような環境の人と接する機会があったり。間接的にはいろんな文章を読んだりしました。
それでわかったのは、障がいを持つということは、その人個人の問題だけじゃなくて、家族とか社会とか広いところまで、たくさんの解決しないといけない問題があって。それはVR版のときには把握できていなかったことでもあるので、この1年間で経験したことを脚本の広田(淳一)くんに話してリライトしてもらいました。VR版からより現実に近いものになっていると思う。群像劇として、登場人物たちがいろんな悩みを抱えていることが、より強く描かれているような気はします」
──作品によって違うとは思いますが、舞台の演出で最も大切にされているのはどのようなことですか?
「はい、作品によって違います(笑)。でも、あくまでも僕がやっているのは集団作業なので、あえて大事にしていることを言えば、関わってくれる人たちが楽しかったり、ワクワクしたり、幸せであることだなと。最近は特にそう思いますけどね」
──舞台『僕はまだ死んでない』の演出で大事にされていることは?
「演劇的な虚構の世界の中で、会話劇の部分をどうやってリアルに感じるものとして作っていくかが課題ですし、一番大事だなと思っています。そこは初心に立ち返って丁寧に作りたいです」
「東京2020パラリンピック」開会式の演出を経験して
──昨年の「東京2020パラリンピック」開会式は多くの人を感動させました。演出を担当されたことはどのような経験になりましたか?
「2時間、3時間でも語りつくせないくらいありますけど……短く話すのは難しいな(笑)。一番は楽しかったです」
──ご苦労されたことは?
「僕は大して引っ張っていたわけではなくて、スタッフみんなが自由にアイデアを出しやすい環境を作ったり、そのアイデアを上手くつなげて、見てくださる方に何か伝えるということに特化して作業をしていたので。もちろん、いろいろなことがあって、大変な思いもしましたけど、でもそれは結局チームに助けられましたし。やっぱり、ひとりじゃなくてチームのみんなで作ったっていうのは、ある種の達成感がありました」
──完成したパフォーマンスをご覧になって、どんな思いでしたか?
「感動しました、本当に。パワーを感じましたし、それがたぶん画面越しでも見てくださった方にも伝わったんだなと。それは嬉しかったですね」
演劇に惹かれた一番の理由
──昨年、50歳を迎えられて、心境の変化などはありましたか?
「演劇人生は、70歳くらいまでかなと思っているので。あと20年だとして、すごくやりたい作品もまだ40本くらいできるんだって思ったら、わりと長い間やれるなと思ったり。でも、長いスパンで作品に取り組むこともやっていきたいですね。ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』は6年間やっていたのですが、そう考えると、残りあと20年だと早く始めないとあっという間に終わっちゃうので。もちろんひとつひとつの作品もちゃんと深掘りしてやっていきますが、やっぱり長いスパンをかけて作るようなことをやっていかないと、残りの人生もったいないなと思うようになりました」
──これまでのお仕事や人生経験を振り返って、転機になったと思える出来事は?
「そうですね……最初はもちろん、神戸大学在学中の22歳のときに『劇団☆世界一団』(現sunday)を旗揚げしたことですし、その後、29歳くらいで海外に挑戦したこともそうですし。同じ時期にフェスティバルディレクターとして仕事を始めたことも、自分の演出家としての人生にとって、とても大きい転機になっています」
──演劇に惹かれた一番の理由は?
「最初は、自分で考えた話をみんなに演じてもらうってことが、単純に楽しかったですね。物語を考えるのは、小さいころからすごく好きで、小説家になりたいと思っていたくらいだったのですが、演劇という媒体と出合って、友達みんなでワイワイしながら、物語を上演するってことの喜びも見つかったので、そこが大きいかなと思います。演劇を始めたころは、戯曲家としてのほうが7~8割を占めていました」
──では、演劇人生が進んで行くにしたがって、演出の仕事が広がっていったのですね?
「その通りです。先ほどもお話したフェスティバルディレクターを担当したり、海外公演を経験したことで、演出っていうことを考えるようになったという感じですね」
──戯曲家・演出家として作品を生み出すという常にアウトプットされるお仕事ですが、インプットはどのようなことでされているのですか?
「最近は、アウトプットとインプットにそんなに差はなくなってきている気はします。演劇は他人との共同作業なので、その場にいる人たちによって全く違うから、常に自分から何か出すっていうことがなくても、“三人寄れば文殊の知恵”じゃないけど、なんとかなるんですよね。逆に、若いころは自分ひとりで何とかしようみたいな気持ちが強かったので、挫折は結構ありました。今のほうが、クリエイティブなことのエネルギーはあるな、という気はします」